167 ラジエルの書④
数多の堕天使たちがこちらに攻めて来るのを見ながら考える。
今回の勝利条件は何か?
桜さんと結花を守り、ラジエルの書を封印することである。
いつもならばどうやってラジエルの書を倒すかに頭を悩ませなければならなかったが、今回はそんなことできやしないので守ることがメインになる。
だから俺はその襲い掛かってくる天使達に向かって、思考放棄突撃するだけではダメだった。結花たちに負担が行かないように俺らは戦わなければならない。
つまりこの堕天使たちが結花たちに行かないように、なんとしてでも止めなければならなかった。
飛んでくる堕天使達に先輩が動く。先輩は少し前に出て薙刀に水をまとわせると、タイミングを見計らいつつ、一回転しながら横薙ぎにふるう。
先輩の振る薙刀から現れたのは大きな氷の刃だった。まるでギロチンを連想させるようなその鋭い刃は、彼女が薙刀を振り切ると同時に前方に勢いよく放たれる。
俺達は薙刀を振った先輩を追い越し、氷の刃の後ろを走る。すぐ後ろには伊織とカトリナも来ているのがわかった。
大きな氷の刃に対して天使たちは盾で防御をしようとしているようだ。
威力が強いのがわかっているのだろう。腰を少し下げその刃を2体の天使たちが受け止める。まるで巨大なガラスが割れるような音と同時にそれは砕け、破片がその受け止めた天使達や近くにいた堕天使たちに飛んでいく。
受け止めた堕天使の一人はその破片で顔を切ったのだろう。まるで人間のように赤い血を頬から流し、先輩をにらみつけていた。
また先輩の刃が防がれると同時にそのガードした堕天使の横を別の堕天使たちが飛んでいく。盾役と攻撃役と、しっかり分かれていていい連携だ。だがこっちも。
「それ以上は進ませないわ」
リュディ、ななみ、そしてフラン副会長が横を抜けようとした天使に魔法と矢を放つ。連携は負けていないだろう。
機動力が高い堕天使は、遠距離苦手の俺と相性が悪い。だから遠くのはリュディ達に任せて先輩をにらみつけている堕天使に向かって殴りかかることにした。
「先輩だけじゃなくて、こっちにもいるぜ!」
第三の手を使い、その盾を思い切りぶん殴る。一瞬盾を持つ腕が上がったところに第四の手だ。
盾を手放さなかったことは褒めよう。だけどバランスを崩し隙だらけの体が見えている。そんな堕天使のフォローに来たのか、一体の堕天使が俺に攻撃しようと魔法を詠唱していた。
ここで攻撃すれば俺に魔法が飛んでくるかもしれない。しかし構わず俺は刀を抜いた。
しかし、俺に向かって魔法は来なかった。
それはピンク髪の小柄な女性が俺を追い抜き、詠唱している天使に切りかかったからだった。
「アンタ馬っっ鹿じゃないの?」
堕天使の魔法陣を切り裂いたカトリナは俺にそういう。攻撃来るの気が付いてたでしょ、脳筋なの? とでも言わんばかりだ。
俺は魔素に変わる堕天使を視線から外し、カトリナの援護に行きつつ、
「後ろにカトリナがいたから大丈夫だと思ったんだよ」
当然だろ、とばかりにそう言う。
「やっぱバカだったわ」
それを聞いた彼女はあきれたように呟いた。魔法陣を壊された堕天使は形勢不利と思ったのか、後方へ下がる。入れ違いにレイピアのような尖った剣を持った堕天使がカトリナへ向かって勢いよく飛んでいく。
俺はカトリナに『任せろ』と言いながら前に出て、第三の手第四の手を展開し防御する。
「信頼してるぜ?」
「……ま、アタシも今日は信頼しといてあげる」
「今日だけかよ、毎日信頼してくれよ」
カトリナはそう言ってレイピアの堕天使に攻撃を加える。一対一なら彼女一人で大丈夫だろう。さらにななみもこちらを着にかけてくれてるみたいだから、とりあえずは大丈夫そうだ。
さて俺たち以外はどうなっているだろうか。
俺たちがそんなことをしている間に桜さんたちは封印の準備をしていた。
結花は桜さんが用意したのであろう本に向かって手を伸ばし、魔力をこめているようだ。桜さんはその本に触れ魔法を発動したらしく、ラジエルの書に変化が見えた。
ラジエルの書の肌にロープで縛るような食い込みがいくつかできたのだ。その食い込みからは古代語のようなものが浮かび上がっており、多分封印魔法の一種が働いていたのだろうと推測できた。
その様子を例えるなら、文字のロープで体を縛られるような感じだろうか。
「…………そうか」
自分に浮かぶ文字を見てラジエルの書は呟く。彼女は察しただろう。結花がかつて自身を封印した初代聖女の力の一部を持っていることを。
ラジエルの書はそれ以上何も言わず本を自分の元へ引き寄せ、何らかの魔法を使用する。
すると彼女を包む文字がほんの少しだけ薄くなったように見えた。
「させない」
しかし桜さんの言葉と同時にその文字はまた濃くなっていく。
伊織がラジエルの書の目前まで来たのはその時だった。
彼は先輩のフォローを受けながら、一直線にラジエルの書へ向かったらしい。
「はぁぁぁあああ!」
掛け声をあげながら伊織は剣を振り下ろす。
ラジエルの書は封印解除をあきらめたのか、今度は別の本を引き寄せると魔法を発動させる。
「まるでアンタみてーなことするじゃん」
カトリナはその魔法を見て俺にそういった。
魔法発動後、ラジエルの書が着ていた服の一部が動き出したのだ。
服についていた装飾品は伊織の剣に向かって飛び、自身に向かう刃を逸らす。
さらにほかの装飾品が彼女から離れ、伊織に向かって飛んでいった。
「あれだけなら俺の方が上だけど、ラジエルの書はそれだけじゃないからな」
ストールの操作は彼女以上にできる自信があるが、彼女は遠距離もできる上に桜さんが使える魔法はすべて使える。総合的に見たら間違いなく俺より上だ。比べるのがおこがましいぐらいに彼女は強い。
彼女が他の本を引き寄せるのを見て俺は叫ぶ。
「……伊織、気を付けろ! ほかの魔法が来るぞ!」
ラジエルの書の後ろにいくつもの光槍が生まれていく。普通の魔法使いなら二つ三つ生み出すので精一杯だろうそれが、何十と生まれていく。信じられないことに、まだ増えているじゃないか。
伊織は下がり剣と盾を構えなおすも、あの量を無傷で防ぐのは不可能だろう。
明らかにやばい。
俺はすぐに伊織の元へ行こうとしたが、ほかの堕天使が前をふさぐように立ちはだかった。そいつらの攻撃をさばきつつ、何とか伊織の元へ行こうとするもそれは叶わない。
「お兄ちゃん!」
結花は叫ぶ。
無情にもラジエルの書が作り出した幾重もの槍は伊織に向かって射出された。





