166 ラジエルの書③
そこは先ほど桜さんが居たフロアに近いだろう。大きなステンドグラスがあって天使の像があって、様々な装飾が施されていて。
ただ違うところがあるとすれば、そこのステンドグラスから差し込む光は太陽のような明るい光ではないことだ。
「まるで月の光。なんだか幻想的ね」
リュディは呟く。
月光のような光だそれがステンドグラスから差し込み、部屋全体を淡く照らす。
「観光やお祈りに来る分にはいいんだろうけどな」
先ほどの桜さんのいたフロアと作りは同じなのに、こうも様子が違うとは。
そして俺たちが進んでいくと俺たちは彼女を見つける。
「あれは……桜、さん?」
伊織はそのステンドグラスに照らされた一人の天使を見て呟く。
確かに天使の見た目は桜さんだった。しかしここにいる誰もが彼女を桜さんだとは思わないだろう。そもそも桜さんは俺たちのそばにいる。
「天使というより悪魔という言葉が似合いそうですね」
結花がいう通りだ。彼女の羽は漆黒だった。また、まとっている空気も桜とは違うような気がする。
またこちらを押しつぶすような圧力みたいなのが彼女から放たれており、並みの人間なら動けなくなってしまいそうなほどだ。
その圧力は彼女に近づけば近づくほど受ける力は強くなっていく。
「あれが『ラジエルの書』よ」
桜は彼女を見て言った。
ラジエルの書は目を閉じていた。
ステンドグラスから差し込む光を浴びながら、瞑想しているようにも見える。俺たちが彼女へ近づいていくと、彼女はゆっくり目を開いた。
辺りに緊張が走る。
それまで受けていた圧力が倍増したからだ。強風が暴風になるかのように、力の奔流に飲み込まれそうになったのだ。
つい先ほどですら押しつぶされそうだったのに、今なんか体中の穴という穴から汁を垂れ流してその場に倒れこんでしまいそうだ。
勿論俺は彼女はこんなもんじゃないことを知っていたから、ちょっとビビったぐらいで済んだ。しかし先輩や紫苑さんですら表情が少々ひきつっているのを見るに、リュディやカトリナはちょっと辛いかもしれない。
現にカトリナは額から汗をかいていて、少し呼吸が乱れている。まだラジエルの書からは距離があるのに、体はいつでも動かせるように中腰で、ダガーを逆手に持って真剣な目で桜を見ていた。
「おいおい大丈夫か、カトリナ?」
俺が呼ぶと彼女は目線だけこちらに動かした。
「アタシはさ、戦闘をこんな風にすれば相手倒せんじゃね、みたいなイメージすんのよ」
「おう」
「でもさ、こんなの初めてだっつの」
カトリナがコクとつばを飲み込む音が聞こえる。
「戦おうと、逃げようとも殺されるイメージしか浮かばないってのは」
カトリナはそれほどまで大きな戦力差を感じているのだろう。いや、皆がラジエルの書と自分たちの戦力差に気が付いている。
でもそれを知っているはずだけれど、伊織はひるんだ様子はなかった。
彼は歩みを止めなかった。彼には決死の決意があった。
近づく伊織にラジエルの書は何も言わなかった。彼女は首を動かして少しの間桜さんを見るも、桜さんも何も話さない。ただ桜さんが自身の武器である魔本を召喚すると、ラジエルの書は伊織に視線を戻す。
瞬間、ラジエルの書の周りにいくつもの魔法陣が浮かんだ。そしてゆっくりと足が地面から離れていく。
現れた魔法陣はまるで彼女を包み込むように、いくつもいくつも、彼女の周りに浮かぶ。そしてそこから何十冊はあろう本が召喚された。
召喚された本は、まるで太陽を中心に星々が回るように、彼女を中心に回る。それはゆっくりと回っている。
そのうちの一冊を引き寄せ手をかざすと、その本は光輝き勝手にページがめくられる。
俺はその様子を見て少し急ぎ目に前に進むと、伊織の横に立つ。先輩も俺たちのそばにやってきた。
皆がすぐにでも戦闘が始まると思っているのだろう。全員が今すぐにでも動けるような体制になっていた。
伊織は俺を横目でちらりと見る。準備和いいか? と問われた気がした。
だからニヤリと笑ってやった。
伊織は剣をラジエルの書に向ける。俺もストールを活性化させラジエルの書を見る。
「世界は、僕たちが守る」
そんな俺たちを見てラジエルの書は
「……愚かな」
と吐き捨てるように言った。そして彼女は本の前にかざしていた手をおろすと、魔法が発動する。
「なーんか、嫌な予感しかしないんですケド……」
結花がそうつぶやく。
今の現象を例えるなら『そよ風に吹かれた』だろうか。もちろんそんなわけがないだろうが。
「皆様、辺りに気を付けてください!」
ななみが叫ぶ声を聞き、俺たちはあたりに視線を向ける。
異変が起こったのは天使像だった。
それはヒビだ。バキバキと音を立てながら天使像にヒビが入ると、その隙間から光が漏れだす。
そしてヒビが全体に回ると、岩がポロポロとはがれ、中から肌が露出する。
「ほ、そうこなくちゃの」
紫苑さんは挑発的な笑みを浮かべてそういった。扇子を構え、今すぐにでも魔法を放てそうな状態だ。またすぐにでも魔法を放てそうなのはフラン副会長もだ。
彼女は片手で武器を構えつつ、眼鏡を直す。
「これだけ多くの問題児を相手にするのは初めてかもしれません」
天使像の中から現れたのは漆黒の羽をもつ天使だった。それも1、2体どころではない。両手じゃ足りないぐらいいる。
堕天使たちは各々が持つ武器を構え、こちらに狙いを定める。
「行け」
ラジエルの書が手をかざすと同時に、堕天使たちは俺たちに襲い掛かってきた。