164 ラジエルの書①
桜の周りにはいくつもの本が浮かんでいた。その中の一つが輝いているのを見るに、彼女はあの本を利用して魔法を放ったのだろう。
それは十字架のような物と言えばいいだろうか。光の十字架のようなものが桜の後方に浮かんだと思いきや、すぐに伊織に向かって一直線に飛ぶ。
しかし伊織は剣も盾も構えなかった。それを見つめるだけで動こうとしない。
「伊織いいぃぃぃ!」
カトリナは叫ぶ。しかしそれでも伊織はその場を動かなかった。
それは勢いよく伊織の方へ飛んでいき、やがてぶつかりその地点から閃光が走る。
光が収まり俺たちは伊織の様子を見る。伊織はその場で立っていた。多分一歩も動いていない。
伊織は無傷だった。
桜の攻撃はどうやら床に直撃したらしく床に大きな跡が残っている。
「どうして、桜さんは攻撃を当てないんですか?」
剣をおろしたまま、伊織は桜にそう問う。
カトリナも紫苑さんもフラン副会長も驚いたように桜さんを見た。
桜さんは何も言わなかった。代わりに彼女は自分の周りに浮いていた本を一冊引き寄せると、その本は光り輝き先ほどと同じように光の十字架を生み出す。そしてそれを伊織に向けた。
「次は外さない」
そう言って彼女はそれを放つ。
多分言葉通りだったのだろう。それは伊織に向かって飛んでいく。俺はフラン副会長と紫苑さんに手で俺が行くと伝え、伊織の前に割って入る。そしてストールを展開した。
「どうして……」と桜の口から洩れたのを俺は聞き逃さなかった。
「幸助君、遅いよ」
「よお伊織。なんだそんな顔をして?」
伊織は複雑そうな顔をしていた。戦いだというのに覇気がなかった。
「瀧音君、僕はどうしていいのかわからないよ」
「なんで?」
「はっきり言うとね、僕たちは桜さんには絶対に勝てないんだ。それはみんなが気が付いていると思う」
紫苑さんもフラン副会長もカトリナも無言だった。否定はしなかったから同意なのだろう。
「ねえ幸助君。なんで僕は生きていると思う?」
「そりゃぁ……」
簡単なことだ。桜さんは。
「桜さんは僕たちを殺そうとしていない」
伊織はそのことに気が付いた。そして真実を知らないがゆえにどうしていいのかわからなくなったのだろう。
「どうしてなんだろうね」
そう呟いて脱力した。
ちらりと桜さんを見るも、予想外のことに動揺しているようだった。
この場を円滑に進めるには俺がある程度ネタバレしてしまった方がいいかもしれない。
「そりゃぁ簡単だぜ。桜さんは自害しようとしているからな」
「……それは、誠かの?」
「でも、それだったら……今までの戦闘も納得がいきますね」
紫苑さんとフラン副会長は武器をおろす。
なんとなくそうではないかと思っていたのだろう。伊織はうなだれた。
「瀧音君、それは何で?」
「それは……『ラジエルの書』のせいだよ。なあ桜さん」
桜さんの周りに浮かんでいた本から光が失われ、まるで何かで燃やされたかのように本が消えていく。
「なぜそれを?」
「これでも花邑家の一員なんだぜ?」
「そう、なら知っていてもおかしくはないわね」
そう言って桜さんは苦笑した。
「ねえ、幸助君。どういうこと?」
伊織は俺の服をつかむ。俺は落ち着けと言いながら伊織の手を外した。
「実は桜さんはラジエルの書の暴走を止めるために自ら死のうとしていたんだよ。なあ桜さん」
ため息をつきながら桜さんは答える。
「……そうね。もうこうなってしまったら、説明しないわけにはいかないわね。ああもうちょっと時間があれば私直通の扉も準備したのに……」
とぼやきながら桜は話し始めた。
「簡単に説明すると、私はこの世界と人々が大好きなの」
そう言って桜さんは目をふせる。何かを思い出しているのか、優しい顔だった。
「私は人々を導くために、自分の持つ知識、力、アルゴリズムを集結し自分と大きなパスをつなぎ本を作った。ラジエルの書と呼ばれる本よ」
それは今の俺には想像しえないぐらい高度に発達した『AI』みたいなものなのだろう。
「初めは正常に稼働していたのだけれど、ラジエルの書は途中から暴走を始めた。だから封印をしていたのだけれど、それはもう解けそうなの」
「なるほど……なら悪評はあながち間違いではないということですね」
フラン副会長がそうつぶやく。
「いくつか伝説として残っていることは、間違いとは言えない。ただ合ってるとも言えないわ。嘘ばかりのものもあるし」
ちょっと脱線したわねと、彼女は話を戻す。
「私はこの世界が好きなの。私とパスがつながっているラジエルの書はこの世界を破壊しようとしている。でもそのラジエルの書を倒すことはできない。だから」
彼女はじっと伊織を見て言う。
「私を殺してほしいの」
「……パスがつながってるから、ってことかよ」
カトリナがそう吐き捨てる。
「そう、私が亡くなれば、私と大きなパスがつながっているラジエルの書は自らを保つことができなくなる」
彼女は俺たちに近づいて、困ったような笑みを浮かべた。
「なるべくあなたたちの心に負担をかけないように、殺されようとしていたのに。ごめんなさい」
そう、だから桜さんはわざと悪役ムーブをしていたのだ。しかし桜さんは『それだけのために殺されることを選んだ』わけではない。
だったら『殺される』のではなく『自殺』すればいいだけの話だから。
しかし彼女はどうしてそのことを黙っているのだろうか。
「なんでそんな……できない」
伊織が呟く。しかし桜は引けないのだ。
「お願い。皆。私を殺して。私が作った本で私は世界を壊したくない」
それは壊れそうな笑顔だった。泣いてはいけないと思っているのだろう。泣くと相手が殺しにくくなってしまうから。
彼女は詳しく語ってはいないが、彼女の過去はかなり壮絶だ。正直俺が同じ立場になったら狂っているかもしれない。彼女は苦しみながら色々考えて、一つだけ答えを見つけた。
それは自分が死ぬことで、未来に希望を残すことだった。
伊織は顔を伏せ握りこぶしを作って歯を食いしばる。感情を抑えているのか体が小刻みに振動している。
「伊織」
俺は肩を叩く。すると伊織は
「そんなことできるわけないじゃないか……」
力なくそうつぶやいた。
そう、できるわけがない。だから俺は色々と準備をしていたんだ。
「伊織、別の方法がある」
俺がそういうと伊織は顔を上げた。
「ラジエルの書を倒せばいいんだよね? でも僕たちが勝てるのかな……」
俺は頷く。
「今の俺たちは無理だ。手加減した桜さんにこれだけ手こずっているようじゃ、ラジエルなんて夢のまた夢さ。だから倒せるときに倒そう」
「倒せるときに?」
もし討伐できるとしたらそれはゲームの2週目であるか、もしくは俺も含む全員がこの時点でもっともっと強くなっていなければならない。
だから俺たちが取れる最善の方法が。
「ラジエルの書を再封印しよう。」
「封印? 無理だわ、封印なんてできるのはあの子ぐらいなのに」
桜さんはそう言った。『あの子』それはたぶん初代聖女の事だ。
「ってまさかっ!?」
桜さんは話しながら気が付いたのだろう、はっとした表情で彼女を見る。
やはり桜さんは知っていたか。なら再封印も可能だと分かるだろう。だって封印の魔法は初代聖女が作ったのだから。
俺も桜さんと同じように彼女へ視線を向ける。
「って、ちょっとなんなんですか! そんな目で私を見て」
視線を向けられた結花は慌てていた。ラジエルの書を封印することに自分が関係していると理解したからだろう。
封印にはどうしても彼女が必要だった。
初代聖女の血を引く結花が。
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今回はちょうど桜さんの回です。
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