16 花邑家 リュディイベント
さて、ついにこのときが来てしまった、と言うべきなのだろうか。いずれあるだろうとは思っていたが、それは唐突だった。
目の前にはディスプレイ越しに何度も拝見し、幾度となく我が息子がお世話になった、リュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフル殿下が着席している。その隣には素晴らしい弾力の尻を持つ美女が立っている。名前は忘れた。とりあえず素晴らしい尻をした女性が、実用性が疑問視されるエロ鎧を着て、凜と立っていた。腰には金属製の杖と細身の剣がくくりつけられている。なぜ完全武装しているかの理由が分からない。はて、彼女は俺を成敗しにでも来たのだろうか? 身に覚えがありすぎる。
「ごきげんよう、毬乃様、はつみ様、そして幸助様」
リュディはそう言って俺のことをじっと見つめる。俺はごきげんよう、と初めて使う挨拶を返す。もしかしたら声がうわずったかもしれない。
「毬乃様から紹介されているとは思いますが、改めて。リュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフルと申します。こちらは見ておわかりかもしれませんが、私のメイドです。名は」
「クラリスと申します」
はて、メイド? 鎧着て帯剣した美尻メイドか。この世界と日本とではメイドの概念が違うかもしれない。
「これはこれはご丁寧に、私は瀧音幸助です」
と自己紹介を終えて、そろそろ土下座でもしようかと思ったときだった。
「瀧音様、この度は誠にありがとうございます」
先に礼をしたのはリュディの方だった。彼女と同時にクラリスさんも礼をする。急に頭を下げるもんだから、少しの間放心してしまっていた。
「あ、頭を上げてください。僕はたいしたことはしてないし、その、むしろ謝らなければならないのは僕の方というべきで、ですね」
「いえ、こちらは命を救われました。それに謝る必要はございません、アレは事故でしょう」
と、リュディが凍り付くような笑顔で言うと、なぜかクラリスさんが剣に手を掛ける。
何で剣に手を掛けるんですかね。怒っているのだけれど、不問にすると言っているのだろうか。ただ少しでも返答を間違えれば、その場でたたき切られてもおかしくなさそうだ。
「そ、そうですか。しかしやはり一応謝らせてください。申し訳ございませんでした」
と、深々と頭を下げる。
「お顔をお上げくださいな。分かりました、謝罪は受け入れます。それでこの話はなしにしましょう。それよりも」
「今後の事ね」
と、毬乃さんが会話に割って入る。リュディはあの件についてさっさと忘れてくれ、と言いたいのだろう。俺はきちんと常識を持っているから口には出さない。ただあの感触を生涯忘れることはないだろう(確信)。
「ええ、まずはご報告を。今回私を狙ったのは……私どもの国の左派と邪神教が関係しているようです」
邪神教、と聞いてはつみさんの体がぴくりと反応する。そして横目で俺を見た。
リュディは話を続ける。
「学園に入学してしまえば、私に対する攻撃はなりを潜める、と思っています。ただ……」
「完全に、とはいえないわね」
毬乃さんがリュディの代弁をする。
彼女達の予想は、実を言えば当たっている。この先マジエロと同じ展開になるならば、リュディらは邪神教信者共に狙われる。それがきっかけで、主人公とリュディは急速接近しパーティに加入、と言った流れのはずだ。
「我が国の諜報と捕らえた者の拷問によって、邪神教についてある程度の情報を得ることが出来ました。信じられないような情報も混じっています」
そういえば邪神教についてを語ってくれるのは、ゲームでもリュディだったな。たしか邪神教のイベント攻略中に語ってくれた。結構機密性の高い話だった気がするが、果たして今話しても良いのだろうか。
「ええと、その話に俺は参加しても良いのですか? なんだか話が大事になってきたし、セキュリティ的にもどうかなと」
その秘匿性は国家レベル。だからこそマジエロ主人公達は邪神教に絡まれるまでは、情報を一切教えて貰わなかったはずだ。
「大変申し訳ないのですが……」
と、言いづらそうなリュディに変わって、クラリスさんが言葉を続ける。
「実のところ花邑一族は元々邪神教に目を付けられていたのであります。そして花邑一族の幸助様がリュディヴィーヌ様をお助けしたことで、すぐに排除すべき目標のひとつと認定されたようなのです」
「へぇー……は?」
今なんて言った。
「排除すべき目標のひとつと認定されたようです。それで当事者の一人となってしまった幸助様には全てを話そうと、皇帝陛下がお決めになられました」
「そ、そうなんですか」
マジエロで狙われるのはリュディと主人公だったはずだ。それが何で俺まで狙われることに!?
「申し訳ありません……」
俺が動揺しているのを見てリュディが謝る。
「ま、まあ元々目をつけられてたんですし、別段気にしてないので気にしないでください」
「ええと、気にしてないではなく、気にしなければならないんです、これからは」
うん。リュディの言う通りだ。狙われているのであれば、気をはらわなければならない。
「さて、幸助様も状況を理解されたことだと思います。では……クラリス」
「はっ」
と、敬礼をするクラリス。あなたどう考えてもメイドではなくて騎士ですよね。
クラリスさんはキラキラした装飾がたくさんついた鞄(小並感)、から皮の封筒を取り出し、毬乃さんの前に差し出した。封筒は紺色の紐でがっちり結ばれている。
毬乃さんは手に魔力を込めると、ふわりと何かの紋章が浮かび上がる。
ああ、これはゲームで見たことある。トレーフル皇族の紋章だ。
毬乃さんは封筒に魔力を通すと、するすると紐がほどける。
そこから紙が独りでに飛び出してきた。
俺ははつみ姉さんと一緒に、毬乃さんの後ろに回る。そしてその紙をのぞき込む。
■拝啓■
身も凍るような記録的な冬を越えた陽春の候、いかがお過ごしか。
朕の末娘は萌えた草花に心揺さぶられたようで、今も元気に庭を走り回り、花々や小動物と戯れている。
どうやら末娘の振りまく笑顔は朕のみならず城内全てに影響を及ぼすようだ。おかげで城内部はこれまでにない活気に満ちている。そのかわいさは神ですら嫉妬するであろう。
さて、話は変わる。先日は信じがたいことが起きた。まさか朕の最愛の娘であるリュディを狙うとは。幸助殿には心から感謝申し上げる。犯人は我が手で血祭りにしてやった。
その間に聞けたことではあるが、どうやら学園内にスパイがいるらしい。ただし本当にそうかの裏がとれぬ。気をつけて欲しい。
気をつけて欲しいといえば我が末娘なのだが、最近好奇心が限界突破しているようで、幾多の物に興味を示すようになった。最近のお気に入りは魔法のようだ。まだ魔法を習うのは早いというのに、杖を持って魔力遊びをしている。不安だ、しかし期待も膨らむ。末娘は魔力の扱いが非常に上手い。これは将来大魔法使いになるであろう。ああ、皆にも杖を持った末娘を見せてやりたい。世界一可愛い、いつ求婚すべきか。
さて陽春のみぎり、どうかご自愛専一に。ますますのご活躍を祈る。
■敬具■
頭をかきながら手紙から視線を外すと、はつみ姉さんと目が合った。まるで、見た目は美味しそうなのに食べてみるとあんまり美味しくない料理を食べたような、そんな顔だった。
さて、クッソ長ったらしくかつ面倒で面妖な文章で書かれているが、彼が言いたいことは少ない。
①末娘可愛い。
②リュディたすけてくれてありがと
③学園にスパイが混じっている可能性があるよ。あくまで可能性だけど一応気をつけて。
④末娘天才可愛い結婚したい。
ツッコミどころが多すぎる。とりあえず確認しておかなければならないことは、
「(陛下がコレで)国は大丈夫ですか?」
「……政治に関しては敏腕であると言えるでしょう」
クラリスさんが渋い顔で答えたのを見て、同情の念がわき起こる。リュディがはてな顔なのは、彼女も蝶よ花よと育てられたからなのだろう。彼女のルートに入ると、学園に陛下が来るイベントとかあったぐらいだし、彼女が溺愛されているのは間違いない。
「学園にスパイねぇ……」
そう言う毬乃さんは渋い顔で手紙を見ている。口に出していないが、顔には『本当に居るのかしら』と書いてあった。だけどスパイは本当にいるし、数人どころじゃない。そのせいでいくつかのイベントが発生するのだが、まあそれは追々主人公が解決してくれるだろう。
「一応、心にとどめておいた方が良いと思いますよ。花邑家のホテルでテロなんて起こす連中ですし」
と俺が言うと、毬乃さんは「確かにそうね」と呟いた。
「それで父上から提案があるの」
とリュディが言ってクラリスに目線を送る。クラリスはこくりと頷いて話し始める。
「トレーフル皇国では学園にて特に狙われるであろう人物が、リュディヴィーヌ様、幸助様、と予想しております」
「え、僕もですか?」
話の途中だったが思わず聞き返してしまった。
「ええ。幸助様は花邑家本家筋のご子息であり、リュディヴィーヌ様を助けてくださったのです。あちらから見れば苦汁をなめさせられた、と思って居ることでしょう」
また『毬乃さん親子は魔法使いとしての実力を考えれば、俺達よりも狙われる可能性は低い』とのこと。まあ確かにその通りだが。
「それじゃあ、トレーフル皇国が幸助くんのために何かしてくれるのね?」
毬乃さんが嬉しそうに笑う。
「ええ、幸助様に護衛をつけようかと考えて居るのです。ただご自宅には毬乃様がいらっしゃるので、護衛など不要なのかもしれません。しかし毬乃様はお忙しく、いらっしゃらないことも多い」
「そこで我々がフォローに入ろうかと考えています」
なるほど。しかしそれは……ちょっと勘弁して欲しい。これから先自分強化のためにやらなければならないことは多い。それは危険なこともだ。護衛がいれば色々と止められそうだし、行動が制限されそうだ。
「えっと、僕のことは良いです。それなりに身を守るすべはあるので」
「私も反対。知らない人がこの家に来るのは許容できない」
と今まで黙っていたはつみ姉さんが口を開く。イイゾー。もっと言ってやれ。
「ええ、なのではつみ様の面識のあるクラリスをつけようかと思って居るわ、わたしも気が楽だし」
いや、人付き合いが苦手そうな姉さんならば、多少知っているぐらいでは断るのではないだろうか。ちらりと視線を向ける。
「それならいいわ」
満足そうに頷いていた。いいのかよ。
「さて、ここまで話したところで、ご提案に戻るのですが」
「ええ」
リュディの言葉に毬乃さんが相づちをうつ。
「父上は考えました。護衛対象が二人居るなら、いっその事二人をまとめておいておけば楽なのではないかと」
まあ、確かにそうだろう。護る側としてはその方が圧倒的に楽で、人件費もかからない。
「なるほどねぇ、読めたわ」
と、毬乃さんがうなずく。
「ええ、もう分かってしまったでしょう、でも一応言わせていただくわ。私リュディヴィーヌとクラリスを花邑家で居候させてもらえないかしら」
「い、いそうろぅ!?」
声が裏返った。いやそんな事はどうでも良い。
居候なんて、彼女達はいったい何を考えているんだ。ダメに決まってんだろ。そもそも年頃の女の子が居候って、そんなアホみたいな展開はエロゲでもな……失礼、よくある王道展開だな。
ゲフン。とりあえず絶対ダメだ。そもそもこの家にはエロ真っ盛りな男子が居るんだぞ! 月に2本エロゲを買っていた紳士の心を持った奴がいるんだぞ。邪神教徒の危険は抑えられても、貞操が危険だ。つかゲーム内で皇帝はリュディのことも溺愛してたよな? リュディルートでマジギレした皇帝陛下が、魔法騎士隊を出動させかけたよな。あいつが居候を許したのか。信じられない。
いや、ちょっとまてよ。
そもそもだ。こちらには毬乃さんがいるんだ。彼女はれっきとした大人で、はつみさんを立派に育てたのだ。エロゲキャラとはいえ、しっかり常識をわきまえているはず。
ならば、今ここで何をすべきか分かってるはずだ。
毬乃さんに視線を送る。すると彼女は俺の視線に気がつき、『任せて』とばかりに笑顔でウインクした。
さすが毬乃さんだ。学園長であり、魔法協会の重役をやっているのは伊達ではない。
1つ屋根の下に親戚じゃない年頃の男女。この肉体的危険性と体面的な意味でのまずさがわかるはずだ。
「大丈夫よっ。幸助くんの言いたいことは分かるわ」
やはり頼れるのは節度と良識ある大人。いってやれ!
「ふふっ……歓迎会の準備、よねっ♪」
そうだっ。新しく生活を共にする人が現れたら、まず仲良くなるために歓迎会だよな! ………………………………あれっ? おかしくない?
「こうすけ。お姉ちゃんに、まかせて」
はつみ姉さんが親指をビッと立てる。
おお、貴方が救世主か! 今俺の好感度が一気に上昇したぞ。告白されたら即OKだす事は間違いない。
よし、姉さん頼んだ。きっぱり言ってやれ!
姉さんを見つめると、彼女はボリューミーな胸をはって口を開く。
「ケーキが美味しいお店を知ってるわ」
そうじゃねえよ。





