154 図書館ダンジョン②
フラン副会長視点です
今年の一年生はおかしい。
多分それは私だけで無く、雪音も紫苑も……会長達だって同じ思いを抱くはずだ。
「また広い部屋……」
伊織君は辺りを警戒しながらそう呟く。
もういくつ目だろうか? このダンジョンに来てから広間で戦闘が起こっている可能性は百パーセントである。
だからこそ、伊織君だけでなく皆が皆警戒するのは当然だった。
しかし、ここの部屋はまた今までの広い部屋と違っていた。それはここは行き止まりであることと、そのフロアの中心に四つの天使像があることだ。
そして予想通りというか、案の定というか、本棚から本が飛び出してくる。
本から現れたのは、先ほどから何度も出現していた光の兵士達だった。
伊織君は私たちの前に出ると、近くに居た槍を持つ兵士に接近する。槍を持つその兵士は向かって剣を振り下ろす。
私が伊織君の話を会長から聞いて、直接彼を見て、一緒にダンジョンへ行って、この子は化けると思った。
全身がスポンジで出来てるのかしら? だなんてモニカ会長が言う言葉に私は頷くしか無かった。
技術を簡単に習得していく彼は、さながら乾いたスポンジが水を吸収するかのようだった。こんな逸材は滅多に現れることはないだろう。
そう思っていた。
しかし伊織君の妹である結花さんもまた、逸材だった。
彼女は本棚から本が動き出すと同時に武器を構えていた。そして敵が姿を現すと前に飛び出しており、既に一人の兵士をサンドバッグにしていた。右、左と体を揺らし、フェイントを入れながらの攻撃。
素早く力強く、頭の回転が速い。状況判断能力も優れているし、連携が得意。これだけでも十分だというのに、回復魔法が得意とも聞いた。
現時点では大きな怪我が無いため、簡単な魔法しか唱えていないが、
回復して居る姿を見たことがないので、どの程度の実力かは分らない。伊織君が言うとおりならば、どのパーティでも引っ張りだこになるであろう。
「結花ちゃん!」
一方的に攻撃し続ける結花さんに、一人の兵士が向かっていた。エルフ特有の尖った耳をした彼女、リュディヴィーヌ殿下は結花さんの名前を叫ぶと魔法を発動させる。
彼女の魔法を受けた兵士はまるで巨大なハンマーを打ち付けられたかのように、その場に押しつぶされる。そしてその場から大きな風が吹きつけた。
リュディヴィーヌ殿下もまた、逸材の一人だ。その実力、知力は学園有数で雪音がわざわざ勧誘するほどに。現にこれだけ距離が離れているというのに、風と振動を感じられるほどの高威力だ。
さて、逸材である事は間違いないが、一番よく分らないのは彼女、ななみさんだ。
いつでもどこでも着ているメイド服に、学園長しか発行できない特別なカードを持っているかと思えば、実は天使らしい。
また実力も確かだ。正確無比なその射撃で、援護はもちろん個人でもこの場をしのげるであろう。
ななみさんの矢を受けた兵士に、赤いストールが襲いかかる。
それはななみさんが崇拝し、学園の誰もが注目し、三年生でさえも一目置く人物、瀧音幸助。
「おい、何か聞こえないか?」
「確かに聞こえるのう、これは……歌か?」
紫苑がそう呟くのを聞いて、私は耳を澄ませる。
確かに空から歌声が聞こえた。
それは女性の声だった。その歌声は時が経てば立つほど大きくなっていき、私だけで無く、皆がこの声の主がどこに居るかと辺りを見回す。
しかし辺りには誰もいなかった。
それは一般的に使われている言語では無く、何を言っているのかはさっぱり分らなかった。リズムがあってハモリがあって、なんとか歌である事が認識できた。
しかし、一人だけこの歌の内容を理解する者がいた。
「皆様、お気をつけ下さい! 石像が動き出します!」
ななみさんの声に、全員が中央にあった石像へ視線が向く。
ボロボロと小さな砂や石を落としながら、だんだんとその紺色だった石像が白くなっていく。
その女性らしい体つきの天使の像は、四つあった。
一つは剣と盾を持ち
一つは巨大な盾を持ち
一つは槍を持ち
一つは弓を持つ
その頭の上に天使の輪が浮かぶと、彼女らは目を開いた。完全に白くなった羽で羽ばたくと、辺りに落ちた砂がぶわっと巻き上がる。気がつけば歌声は聞こえなくなっており、代わりに武器を抜く音であろう、カシャンという金属音が聞こえた。
「ほう、やる気か。上等じゃのう」
彼女らは各々の武器を構えてこちらを見ている。
「今までのモンスターに比べたら、圧力が全然違いますね」
私はそう言って眼鏡の位置をなおす。
「だが、する事は一緒だよな」
そう言って真っ先に飛び出したのは瀧音君だった。
彼は弓を持つ天使に何かを投げつけると、一番前にいた大きな盾を持つ天使へ一回転しながらそのストールを振り下ろす。
辺りに大きな金属音が響き渡る。
一体どれほどの力だったのだろう。回転することで勢いをつけたそのストールは、天使の盾に当たる。するとその天使は地面に引きずるような跡をつけながらのけぞった。
一対一なら、チャンスだっただろう。しかし剣と盾を持つ天使が、盾の天使の援護に来ていた。しかし彼は何ら慌てることは無く、その振り下ろされる剣にあわせて抜刀する。
「もー、一人で何してるんですか! 私にも下さいよ!」
そう言って結花さんが今度は剣と盾を持つ天使に殴りかかっている。見れば槍を持つ天使には伊織君と雪音が対応していた。
そして弓を持つ天使はその羽で浮かび上がろうとしていたが、その瀧音君が投げた物に拘束されていた。
何かは分らないが、粘着力と伸縮性のある何かにとらわれているようだ。
ふと、以前のことを思い出す。
「アネモーヌ大丞に依頼していたのは……コレのため?」
捕縛された天使は暴れるも、まだ抜け出せそうではない。
私は大盾を持つ天使に狙いを定め、魔法を発動させようとした。が、私はそれを放たなかった。
「楽しくなってきたのう、何体出てくるんじゃ?」
本棚からは数え切れないほどの本が飛び出し、そして魔法陣が浮かび上がる。