143 おでかけ(リュディ)
本格的なダンジョン攻略はもう数話待ってくだしあ。色々準備しなきゃならんです。
「なんだか新鮮ね、二人きりでダンジョンだなんて。それも……こんな綺麗な場所に」
そう言ってリュディは咲いていたコスモスに視線を向ける。
彼女に言われてふと思い返すと、確かにそうだと納得する。完全な二人きりは初めてだ。
「大抵誰かしらと一緒にダンジョンへ挑んでいたからなぁ」
ななみや先輩、最近は結花も一緒に行く事が多い。
しかしながら、今回は彼女達は彼女達でしなければならないことがある。
それは『からくりの城』で更なる忍者スキルの習得である。先輩やななみ、そして結花にはまだまだ入手出来る有用スキルがある。
だが、俺はと言えばそうではない。
目的だった投擲スキルと逃走用のスキルなんかを取ってしまえれば、後はさほど必要としていない。いや、有ってもいいのだが、優先されるべきかと言われれば別にと答えられるぐらいな物だと思う。
だから彼女達は『からくりの城』へ行き、俺とリュディはこのダンジョンに来た。
もっともこのダンジョンが特殊であるから、連れてこれすらしないのだが。
「二人だけでしか入れないダンジョン、ね。こんな変なダンジョンもあるのね」
「俺も初めて知ったときは驚いたな。実際見てみると冒険というよりピクニックが似合う場所だよなぁ……」
リュディはダンジョンと言えばモンスターがいて罠があって宝があって、幻想的な世界が広がっている場所だと思っているだろう、いや大抵の人はそう思う。
しかしこのダンジョンは特殊だ。
確かにモンスターはいる。しかしそれはボスモンスターだけだし、道中に宝と罠は一切ない。そして五人のパーティで攻略することが普通なのに、ここに入れるのは二人だけ。
またフロア内部も特殊だ。
そこは、ただただ美しい花畑が広がっているのだ。
照りつける太陽。流れる小川。そして辺り一面に咲くラベンダーやコスモスやポピーなどの花々。
辺りに漂うのは咲き誇る花の甘い香り、ミツバチには桃源郷に映るだろう。まあ俺たちからしても桃源郷に見えるのではあるが。
「本当に素敵な場所ね……ここに住みたいぐらいだわ」
てとてと歩くリュディはガーベラの前で止まる。微笑む彼女は花に手を伸ばし優しくなでると、花から手を放す。
「……クラリスにも見せたいわね」
「クラリスさんに?」
「ええ、そうよ。だってクラリスって花が大好きなの」
「そうなのか?」
「エルフの中でもかなり好きな方ね」
この世界においてエルフという種族の大半が自然好きなことは、半ば常識化している。しかしそのエルフのリュディがそう言うのだから、クラリスは相当好きなのだろう。
何かに使えるかもしれないし、覚えておこうか。
「そういえばクラリスにはあの件について話さないの?」
「あの件……て、なんだったか?」
「ほらっ。幸助ったら黙って食事に混ぜたじゃない」
ああ、と苦笑する。確かにそんなこともした。
「別に言わなくていいんじゃないか? だってクラリスさんに言ったらすごく気にしそうだし」
「そうね、気にすることは間違いないわ、もしかしたら退職して幸助のところで働くだなんて言うかもしれない」
「そこまでかな?」
「そこまでよ、すごくそういう事を気にするエルフだから。でもクラリスに辞められるのは困るわ」
「何かない限り言うつもりは無いよ」
「うん、なんとなくそんな気はしてた。……でもちょっと嬉しい」
「嬉しい?」
「ええ、だってクラリスったら最近すっごく楽しそうに日々を過ごしているから」
「楽しそう、か」
鍛えれば鍛えるほど強くなるならば、それは楽しいに違いない。
「そうよ。クラリスったら最近破竹の勢いで実力をつけているじゃない? 今日なんて雪音さん達と『からくりの城』に行きたいと言い出すくらいだし」
クラリスさんがダンジョンへ行きたいと申し出たのは、今日の朝だった。彼女は俺やリュディが行かないならば代わりに行きたいと申し出て、そのまま行ってしまった。
俺たちに付いて来たそうでもあったけど、残念ながらここはお二人専用だ。
「確かにそうだな」
以前から思って居たが、今も順調に成長中だ。あのままの成長を続けられたら、彼女はいったいどこまで強くなるのだろうか。ゲームに居ないキャラだったから、そこは未知数だ。
もしかしたらモニカ会長以上に強くなるかもしれないし、そうでないかもしれない。
「それでね。もしかしたらだけれど、幸助はずっとお礼を言われないままかもしれないから、私が今のうちに言っておくわ。ありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ。だって俺がクラリスさんを利用しているようなものだからな。だから感謝の印みたいなものだ」
多分だが今後も何個か手に入れるだろうし。
「へえ、それはそれは、大きな感謝だこと」
そういってリュディはくすくすと笑う。
「そりゃあ、俺は皆に感謝してるしな。さ、次の階層へ行こうぜ」
そう言って、花畑の真ん中にある転移魔法陣を指差す。
転移魔法陣を抜けると、そこにあったのは藤のトンネルだった。
それを見て二人とも言葉を発さなかった。照らされる光に輝く藤の花を見つめ、そして数分ほどしてリュディがポツリと「きれい……」と呟いた。
俺たちがその紫色のトンネルを抜けると、そこに広がるのもまた色とりどりの花が咲き誇る花畑だった。
「ああ、もう。凄い凄いっ。見て幸助っ! 藤のトンネルだけでも凄いのにこんなにっ」
そう言って彼女は駆け出す。そして両手を広げ笑顔でこちらに振り向く彼女の周りはカラフルに咲くチューリップが広がっている。まるでオランダにでも来たようだ。
二人でチューリップ畑を堪能していると、不意にリュディが目を細めじっと花を見つめる。
「それにしても良いの?」
「何がだ?」
「だってここへは……魔法使い用のスキルを獲得しに来たのでしょう?」
リュディが言うように、ここへは魔法使い用のスキルを入手しに来た。なぜそんなことを知っているかは、調べたと言うことにしている。もう隠す必要性がないのではとも思い始めてもいるが。
「そうだけど、それがどうした?」
「だって幸助には意味がないじゃない」
リュディは申し訳なさそうにそう言うが、俺が思うにその疑問の答えは彼女自身が持っている。
「じゃあリュディは何で『からくりの城』へ一緒に来たんだ?」
『からくりの城』は盗賊系スキルや接近戦闘を行う者がスキルを得るために行く場所だ。リュディ自身がスキルをあまり覚えられない事を伝えている。
それでも彼女は俺たちと一緒に何度もダンジョンへ潜った。だから同じ事なのだ。
「それは……」
そもそもだ。俺自身に直接意味はなくても、それがリュディにとって意味があるなら、それは俺にとっても意味あることだ。
「だからさ、俺は思うんだ。俺たちは二人で同じように思ってるんじゃないかって」
「……そっか」
リュディはそう言って顔にかかった髪を流すと、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「なんだかうれしいわね」
確かにそれは。
「ああ、うれしいな」