141 式部会へようこそ
「ようこそ式部会へ!」
ベニート卿がそう言ってグラスを掲げるのと同時に、俺とななみはクラッカーの紐を引っ張る。
「ははは、よう来おった、よう来おった!」
グラスを合わせると、結花に掛かったクラッカーのゴミを取り除く紫苑さん。
「うん、歓迎しよう」
そう言って笑顔を浮かべるのはエッロサイエンティストことアネモーヌさん。いったいどこに売られているのか見当も付かないエロマグカップを手に持っている。もしそのマグカップを一語で別の物に例えるなら『尻』であろう。こんな物存在しているんだな。これを作った人はいったいどんな気持ちで作ったのだろうか。
そもそもおしゃれなグラスが用意されていたというのに、なぜそのマグカップを使っているのだろうか。
「うっわー、ありがとうございまーす♪ こんなご馳走まで用意してくださって★」
少女漫画みたいに目をキラキラ輝かせながら、すっごい嬉しいですー♪ なんて言葉を連呼しながら皆と対話する結花。
それは明らかにおかしなグラスを使っているアネモーヌさんに対しても同様だった。ただほんの少し動揺していた事に俺は気がついている。
チラチラとこちらとカップを見る結花から察するに、早く瀧音さんツッコんでくださいとでも言っているのだろう。
ツッコミを入れても良いのだが、アネモーヌさんは嬉々として反応してくるだろう。あえて何も話さない方が良いのかもしれない。しかしツッコミをしたいかしたくないかでは、したい事を否定出来ない。
「アネモーヌさん、そのカッ――」
反応が早すぎる。まだすべてを言い切っていないのにアネモーヌさんはこちらへ、それも満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
「――ップはいったい……」
「うん、君は目の付け所が良いね。将来を感じさせるよ」
なんの将来でしょうかね?
「ええと、誰もが目に付いていたと思いますが、あえて声をかけなかったのでは?」
「どうだすごく良い形だろう? 雑貨屋で見かけて一目惚れしてね。思わず購入してしまったよ」
「アネモーヌさんって結構人の話聞かないですよね」
そこら辺はななみと一緒だよな。
「見てくれ、この腰回りから尻への素晴らしい曲線美。洋梨クラスの72点! もう少しで桃だったのだが……!」
うーん、ツッコミ所が増えてく一方だ。それで結花さん、口は笑ってるけど、目が笑ってない。君がツッコミしてもいいんだよ?
「あーほれほれ。そんなことより飯じゃ。卿のおごりじゃし、好きなだけ食べるがよいぞ」
助け船を出してくれたのは紫苑さんだった。
「そうそう、足りなかったら追加も頼むから、どんどん食べてね!」
色々押しつけた事の罪滅ぼしなのだろうか、今日はベニート卿のおごりらしい。自分史上最高の黒歴史が出来てしまった俺からすれば、破産するまで食い尽くしてやりたいところだ。
まあギャビーの為だと考えれば、別にあれぐらいの事、魔法少女、い、いくらでも……来い…………いえ、なるべく手加減をお願い申し上げる。
「それにしても珍しいの、こんなにメンバーがそろうなぞ」
「そうだね、基本僕と紫苑ちゃんだけだったしねぇ……」
そう言うとアネモーヌはやれやれと肩をすくめる。
「ああ、なんて言い草だよベニート。それじゃまるで私がここに顔を出さないみたいじゃないか」
「そう言われても、アネモーヌは滅多に来ないかな」
「そうじゃの。忙しいのは理解しておるが、アネモーヌ殿は滅多に見んな……あやつよりはマシじゃが」
「ベニートだけでなく紫苑までも手厳しいな。欲求不満か?」
「久々というのに、相も変わらずじゃの」
苦笑する紫苑さん。
その様子を見ていた結花は小さく首をひねり、頬に指を当てる。あざとかわいい。
「んーあれー? 式部会のメンバーって集まる事ってないんですか?」
結花の疑問はもっともだと思う。本来なら全員で集まり、次にしなければならない仕事の相談だったり、進む方向性だったり話し合うと思うのだが、ここは変人達が集まる式部会である。
ベニート卿や紫苑さんのように内心はとても真面目なメンバーもいるが、アネモーヌさんのように癖が強くひねくれたキャラも存在する。
とはいえ、別の会にもぶっ飛んだキャラはいるが。
「妾と卿以外も稀に来てたりするが、一堂に会するところは見たことないの」
「僕もないね。生徒会や風紀会はともかく、式部会は少々特殊だからね。三会大戦なんかのイベントがあれば問答無用で引っ張って来なきゃいけないんだろうけど」
それを聞いて結花は頷く。
「あぁー……確かに式部会は特殊ですもんねぇ……初めて聞いたときは色々驚きました」
「へえ、色々おどろいた、ねぇ?」
結花はえっへっへと笑い、頭を掻くと目に掛かっていた前髪を払った。
「実はなんとなくですけど、裏で暗躍しているだろうなーとは思ってたんです!」
「なるほどね。僕の経験上そう思う人は結構いるみたいだね。大抵は好き勝手遊んでいるだけと思ってるみたいだけど」
「なんだベニート。好き勝手やっていることに間違いないではないか」
「妾も多少自覚はあるが、アネモーヌ殿が言うと説得力が段違いじゃのう」
「ほう、紫苑。しばらく見ないうちに言うようになったじゃないか」
アネモーヌさんは笑いながら紫苑さんに近づくと、紫苑さんが食べるために取っていた菓子を自分の口に持っていく。
確かにアネモーヌさんはある意味でぶっ飛んでいるからそう見えるが、自由奔放さなら紫苑さんも負けてないと思う。特に服装。
「アネモーヌ殿……?」
「ははは、すまない。まだあるから食べるといい」
「それ僕が用意したんだけどねぇー」
「ベニートは金を出しただけだろう」
はははと仲睦まじげに笑う三人を見ながら、俺はこっそり結花のそばに忍び寄る。
「結花、笑って誤魔化しただろ?」
びくりと体を震わせ、勢いよくこちらを振り向く。そしてさりげなく体をこちらに寄せると、小声で話しかけてきた。
「っはぁー? 瀧音さんですか、驚かせないでくださいよ……それになんの事ですか?」
「裏で色々しているだろうなーって思ってたんだろう? 色々ってなんだ?」
「ああー」
ばつが悪そうに笑うと「言わないで下さいよ」と前置きし、彼女は話し始める。
「疑問があったんです。でもそれがベニートさん達から説明された事では解決しなかったんですよ」
「疑問?」
「ええ、そうです。でも……あぁー」
そう言いながら眉をよせて訝しげにこちらを見る。
「瀧音さんって式部会が好きですか?」
「……うーん。式部会自体がって事か? 式部会の人達は好きだけど」
「そうです、式部会自体がって事ですよ」
「好きでも嫌いでもないかなぁ」
「ふー。なんですかそれ、話して良いかどうか微妙な所を付いてきますね」
結花は仲睦まじそうに話す式部会の先輩達に視線を向ける。
「不快感を与えるかもしれませんよ」
「俺にだったら大丈夫さ。ああ、ななみもいるけれど大丈夫だ」
「ご主人様に誓って、他言は致しません。もし私が話しでもしたらご主人様を好きになさって構いません」
「俺が生け贄なんだ。まあ言わないの分かってるから良いんだけど」
「えっとー、それってななみさんに無理矢理言わせるのも有りですかね……!」
「……おいおい。冗談もほどほどにして、本題行こうぜ」
冗談じゃないんですけどねぇと笑う結花だったが、ベニート卿達に視線を向けると笑みを消し、小声で話し始めた。
「ホント、言わないでくださいよ?」
「分かってる」
「では……私はこの三会というシステムのほころびが大きいと思うんです。なんで破綻していないのか理解できません」
その言葉を聞いて思わず声を上げそうになった。
聖結花は何カ所かのダンジョンを攻略するときに、パーティメンバーにいなければならないキャラの一人である。結花以外だと、アネモーヌやななみ等でも構わない。
彼女らは発想が柔軟で、それでいて非常に鋭い。だからダンジョンの違和感に気がつき、先へ進むためのスイッチやら何らかのイベントを発生させ、先へ進むことが出来るようになる。
彼女の勘の良さは普段から感じていた。ちょっとした発言から核心を付いてきたりする彼女らには、迂闊に変な事を言ってはいけないであろう。
「なあ、結花。それを思ったのは三会の役割の話を聞いて、か?」
「当たり前じゃないですか。正直言えば三会とかどうでもよかったですし、考えることもありませんでしたよ」
そうだな、結花は興味のないことはマジで関心を持たないタイプだ。口先だけは皆に合わせたりもするが。
「それで、まあ関わるとなったんで色々考えてみたんです。そしたら根本的におかしいなと。考えてみれば詳しい話を聞く前の方が、まだ納得していた感がありましたね」
おもわずため息が出る。呆れのため息ではない。感嘆のため息だ。
本当に、本当に結花はすごい。天才だよ。知識的な天才さではアネモーヌなんかには負けるだろうが、そのカンの鋭さには称賛しかない。
「……ってどうしたんですか、瀧音さん。そんなにニヤニヤして。怪しい人ですよ?」
「怪しくねえよ」
どうやら笑っていたらしい。
俺は小さく咳払いをすると、じっとこちらを見ていたななみに視線を向け問いかける。
「ななみはどう思う?」
ななみは小さく息をつくと、少しの間沈黙していたがやがて口を開いた。
「ご主人様はご理解しておられるでしょうが、私は少し世間からずれた知識と常識を持っております。それを前提にお聞き下さい」
俺が頷くとななみは続けて言う。
「私は異常だと思います。この学園のシステムが……いえ、この学園自体が」