140 幸助人形
12/1 更新2回目(今日ラスト)
日常SS的なのです。結局皆出した。
食事を終えて学園生組でまったりしていた時だった。ふと姉さんの事を思い出したのは。
「なあリュディ。そういえばなんだけどさ……最近すごく気になっていることがあるんだ……」
「ん、いったい何よ?」
「最近姉さんが俺の部屋で寝てる……のはいつもの事だからいいんだが」
「まあそうね」
「っはぁーっ?」
俺の何でもない前置きに「おかしいですよ」と騒ぎ立てる結花。
「リュディさん正気に戻ってください。まぎれもなく爆弾発言でしたよ!? 普通自分の部屋で寝ますよ!? ね、雪音さん!」
「う、うむ」
歯切れの悪い先輩の反応を見るに、多分先輩もまあ普通だよなと思ったに違いない。既にこのことについて話したことあるし。
またその先輩の動揺を看破したのは俺だけではないようで、結花はジト目で先輩を見ていた。
「うっわぁ……皆さん花邑家に毒されてません?」
「実は結花様が異端であるのでは、とななみは愚考します。またいずれそうなられるとも」
なんとなくだが、その意見に同意だ。俺だって姉さんが初めて部屋に来て布団に入り出したときは凄まじい動揺を晒したけれど、今ではあまりに眠かったら気にせず布団に入るときもある。ぽかぽか。
なんだか納得いかない様子の結花だが、それに関しては正直どうでも良い。もっと気になる事がある。
「で、な。気になっているのはこれからなんだ。実は姉さんが……俺に良く似た人形を持っていることがあるんだ」
と俺が言うと結花を除いた皆の体が一瞬フリーズする。
「み、見間違いじゃないかしら……?」
「そ、そうだぞ、瀧音。なぜお前の人形が存在しているんだ?」
「まったく、私のにじみ出るメイド力がご主人様に幻覚を見せてしまったようですね、少し力をおさえないと」
「ななみのアホ発言は無視して、本当の話なんだよ、これが」
「もしやメイド力を知らないっ!?」
「知らねえよ、何で驚愕してるんだよ!?」
多分全世界の誰も知らないだろうよ。意味不明な事を言って話をそらそうとしているが、その手には乗らん。
ちょうどそのときだった。
ガチャリと音がしてドアが開き、何か考え事をしている姉さんが入室してきたのは。全員の視線はもちろん姉さんに。それも姉さんの手にある赤いストールをした男性の人形へと注がれて……。
「幻覚です」
ななみがそう言うのと同時に、ぐっとリュディに顔の向きを変えられる。俺はさほど筋力のないリュディの手から簡単に逃れると、もう一度姉さんを見つめる。残念なことにキッチンへ行ってしまったためよく見えない。しかし、確実に持っていたはずだ。
「いや、それは無茶だろ。いやさっき明らかに俺らしき人形を持っていたよね」
と姉さんに注目していると、姉さんは何事もなかったかのように冷蔵庫にあった果汁100パーセントのミックスジュースを取り出し注いでいく。
そして薄いオレンジ色の液体が入ったコップにストローを刺すと、俺らの視線を意に介さず部屋を出ていこうとした。
しかし彼女はすぐにドアを開けなかった。
姉さんの腕から、赤いマフラーをした人形がするりと落ちたためだ。
「あ、ごめん、こうすけ」
そう人形に呼びかけ、何事もなかったかのように人形を拾い退室していく姉さん。
……………………。
訪れる沈黙。結花以外俺に目を合わせようとしない。
「……幻覚です」
「さすがに無茶ではないかと、私は思うのだが……」
「ほら、先輩だって言ってるだろう? 姉さんはさ、あの人形を拾って幸助って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?」
「いえ、それは幻聴です。私には助三郎と聞こえました。多分リュディ様が執筆されている小説『残虐無双の助三郎』の人形ですね」
「ゑっ!?!?!?!?!?!?!?」
キラーパスにもほどがあると思う。投げられたリュデイは変な声を出し驚愕の表情でななみを見つめていた。
「……そ、そうよ。すけさぶろう、よね?」
無理に乗らなくてもいいんだぞ。
「俺以上にリュディの方が衝撃を受けてるんだが、もうちょっと打ち合わせしておくべきだろ。しかしちょっとその作品の内容が気になるところだ」
「ではあらすじを軽くお話しましましょう……主人公の花五郎は信じていた仲間に裏切られ、田舎で畑を耕しながら近所の人妻と禁断の愛を育んでいたのですが、学園生だった頃の教師に刺され、愛に目覚めて野良メイドと駆け落ちするお話です」
「主人公の花五郎どっから出てきた! 戦闘物でなくスローライフ物ですらなく昼ドラだった!? タイトル詐欺にもほどがあるだろ!?」
「助三郎とか残虐無双って何なんですかねぇ……」
結花ですら困惑気味だぞ。その内容だったらタイトルは七転八倒花五郎なんかはどうだろう。
「さて、今日の昼食はなんでしょうか?」
「おい、さすがに話は変えさせないからな」
先輩を見てみろ、いくら何でもそれは……って苦笑してるだろ?
「と言うことで本題に戻ろう、何で姉さんが俺の人形を持っているのか? これだ」
「あ、瀧音さん。そういえばそういえばそういえばーなんですけど」
なんで三回言った?
「さっきの人形ですね。最近どこかで見たような気がしてたんです。それで今思い出しました。雪音さんの部屋です」
「…………先輩?」
俺が視線を向けるのと、先輩が顔をそらしたのは同時だった。こんなに動揺している先輩は初めて見る気がする。
「ちょっと先輩の部屋にお邪魔させていただきますね?」
「い、いや、待て瀧音。その、だな。未婚女性の部屋に入ることはあまり褒められた行動ではない」
「いや普段は普通に入れてくれますよね?」
そう言って俺が立ち上がろうとすると、リュディが手を引いてソファに戻される。
「リュディ……?」
ばつが悪そうに顔をそらし、口をつぐむリュディ。
この状況から察するに、だ。多分結花は何も知らない。そして確実にななみとリュディと先輩は知っているというか主犯と共犯であろう。そういえば以前にこんな人形の話をしたような……?
「あの瀧音さんの人形ってけーっこう可愛いですよね。私も一つ欲しいんですけど」
おいおい、形式上、ななみ達はないって否定しているからここは――。
「ええ、そうでしょうそうでしょう。私とはつみ様でこだわりにこだわり抜いた一品ですから。3つまで無償提供致します。以降は要相談で」
「って普通に暴露しやがった、てかやっぱりあるんじゃねーか!」
「落ち着いてくださいご主人様。確かに計画したのは私とはつみ様ではありますが、実際に作ったのはルイージャ様です。まったくなんてことをしてくれたのでしょう!」
「何で先生を巻き込んでる上に罪をなすりつけようとしてるんだよっ? てか先生はよく作ってくれたな!」
「アルバイトを探されていたので、安全な仕事(人形作り)をさせるため雇ったまでです」
「副業禁止令が毬乃さんと俺から出てるはずなんだけど……よく引き留めてくれた。まあ今回の場合はななみからの依頼だからグレーゾーンだなぁ、いや先生はバイト先を探していたから怒るけどさ」
そういえばあの人って家事とか裁縫のスキルはやけにあるんだよな……ってまてよ? お願いすれば一部のアイテムを……。
「ええ、ではルイージャ様にはそのようにお願い致します。では解散!」
「まてまてまてまて」
立ち上がろうとするリュディの腕を引っ張り、再度座らせる。
「なあ、実はリュディと先輩も持っているよな?」
「……ああ、持っている」
「雪音さんっ?」
「リュディ、さすがにもうごまかせないだろう。瀧音、あの人形はこの家に住む女性陣は全員所持している。最近来た結花を除いてだが」
「そうだったのか……でも何で?」
先輩を見て言ったのだが、答えたのは先輩ではなくリュディだった。
「だって、その完成度高いし可愛いじゃない。でも幸助はそんなのいらない、作るなだなんて言うかなって……」
「なるほど、確かにいいそうだ」
自分の人形とか恥ずかしくてもだえるだろ。
「安心してください、ご主人様。すべて和国産の素材を使用しております」
「俺はこれっぽっちも生産地の心配をしていないぞ」
「では仕方ありません。ご主人様。取引をしましょう」
「取引?」
ななみは俺のそばへ寄ると、こっそり耳打ちする。
「ご希望の女性の人形をルイージャ様に作らせましょう。代わりにご主人様は今日は何も見なかった。いかがですか?」
うん。今日は何もないすばらしい一日だった。
次は話を少し進めながら3会関連です。
4章主題の図書館迷宮はもう少し先です。