14 花邑家 はつみイベント
この世界に来てから初体験をたくさんした。魔法を使ったのだってそうだし、魔力が動力となった車にも乗った。そして今日、生まれて初めての土下座をしている。いずれとある皇族にもする予定ではあるが。
はつみさんは先ほどからジト目で俺を見つめている。視線もはずしそうにない。俺が出来ることはおでこを地面にこすりつけるだけだ。
「…………」
沈黙がつらい。だが悪いのは俺だ。どう考えても悪いのは俺だ。誰か居るかを確認せずに脱衣場に入ったのだ。考え事をしていたせいで、何も考えずに脱衣場に入ってしまった。
「ごはんできたわよぉ」
脳天気な声がキッチンから聞こえる。もちろん俺は立ち上がることはせずに、地面に頭をこすりつける。前髪がハゲそうだが致し方ない。
「はぁ……こうすけ、頭を上げて」
彼女に呼ばれてゆっくり頭を上げる。ジト目はしていない。
「ご飯、行きましょう」
一応許してもらえたようだ。
キッチンに行くとテーブルの上には、きのこのポタージュスープ、ハンバーグ、ライスと子供が好きそうな料理が並べられていた。
みんなが席に着くといただきますと食事を始める。
はつみさんは怒っている様子はもう見られない。ただ黙々とハンバーグを口に入れていた。俺はそんなはつみさんを気にしながらも、食事を口に入れる。
意外なことに毬乃さんは料理が上手だった。ホテルや旅館で食べたのよりおいしいです、と正直に話すと、「んん、もぉ♪」と嬉しそうにお替わりをくれた。おいしい。
特に美味しいのはハンバーグだ。手作りのハンバーグからは、これでもかと肉汁が溢れ、口の中に入れると大洪水が起きる。幸せの大洪水や。
「実は幸助くんの好きな食べ物にしようと思ってたんだけど……食べられないものはないし、なんでも好きっていうじゃない? だからはつみの好きなもので埋めてみたの。知ってる? はつみったら味覚が子供っぽいのよ」
と言うと、珍しくはつみさんが慌てた様子で首を振っている。
「そういえば昨日はつみさんが食べたのは……唐揚げとオムライスでしたね」
言われてみればどちらも子供が好きな料理だろう。
「おかあさん!?」
はつみさんは顔を少し赤くしながら、毬乃さんを睨んでいる。ゲームでははつみさんはどこか人間らしさがなさそうに見えたが、全然そうではなかった。
「でも僕も大好きですよ。はつみさん、この辺りでオススメの場所あれば連れていってくださいよ」
「……」
何も言わずにご飯を口に入れるはつみさん。まあ多分つれてってくれるだろう、そう信じておこう。
スープを堪能していると、毬乃さんがあっ、と声を出す。不意に何かを思い出したかのように、手を叩くと俺に向き直った。
「そうだった。明日リュディヴィーヌちゃんくるから」
「へえ、そうなんだ…………はっ?」
今貴方なんて言いました?
「多分お昼過ぎかしら、家に居てね」
それは本当か? 『明日仕事で少し遅くなる』と同じくらいのノリで爆弾発言したよな。
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食後、一人部屋で頭を悩ませる。確かに後々来るであろう事は分かっていた。しかし俺としたことが、全く対応策を考えていない。
ひとまず現状を整理しよう。リュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフルはトレーフル皇国皇帝陛下の次女である。そんな高貴な身分の女性に俺がしたことは、ちょろっと助けてパンツをガン見しておっぱいを触った事である。
「……極刑だな」
とりあえず土下座しよう。リュディヴィーヌ殿下に対して非礼の数々を心よりお詫び申し上げよう。なんとか許して貰わなければ、俺の未来はない。
果たしてそれで許してくれるだろうか。
もしだ。急に一般女性に俺の大切なところを触られたとしよう。許せるだろうか。場合によってはご褒美である。案外許してもらえるんじゃなかろうか。
「んなわけねえよなぁ」
と、色々対策を講じていると、不意にドアがノックされる。
「こうすけ」
「はつみさん? どうぞ」
部屋に入ってきたはつみさんは、小さく深呼吸してぐるりとあたりを見つめる。
一応俺の荷物は全て運び込んでいるため、最低限の生活は出来るようになっている。ただ必要そうなもの以外のほとんどのものは全て置いてきた為、多少すっきりしているかもしれない。無論、危ないものなどこれっぽっちもない。
「どうかしたんですか?」
じっと部屋を見つめているはつみさんに声をかける。
「いえ、なんでもない。ただこうすけに聞きたいことがある」
「なんですか?」
「確認しておきたい……こうすけは、その、お年を召した人が好きなの?」
「は?」
「こうすけは熟女が好きなの?」
はて、彼女はいきなり何を言ってるんだろうか。
「母様はアラフォーよ?」
「どうしてその結論に至ったのか詳しくお聞かせ願えますか?」
さあ、ここに座って欲しい。そして一から話してほしい。
「だって、母様とはすごく仲よさそうだし。あたらしいおとうさんに立候補するのかと」
そんなわけない。それに毬乃さんが、仲の良い従姉妹の息子を好きになると思っているのか。それなんてエロゲだよ。もちろん毬乃さんはストライクゾーンど真ん中(年齢を除く)だから、色々と…………いや俺は何を考えてるんだ。
「とりあえず、それはありえません。それと毬乃さんの対応って、はつみさんと同じくらいのつもりなんですけど……」
「だって、私に対して言葉がかたいじゃない」
そういえばそうかもしれない。しかし。
「毬乃さんには敬語使うなと厳命されてて……敬語はクセみたいなものですし、勝手に口から出るんですよね」
俺は元社会人だ。ただ、毬乃さんに他人行儀な事をすると頬を膨らませるから仕方なくそうしてるんだ。頬を膨らませる? あれ、あの人何歳だったか。可愛いんだよなぁ……(半絶望)。
「私にも敬語はいらない、もっと親しみを込めて呼んで欲しい。お姉ちゃんでいい」
あなたはお姉ちゃん呼ばわりされたいのか。ゲームでは仲良くなるイベントなんて無かったから知らなかったが、結構キャラ崩壊するタイプなんですね。
てか、せめてお姉さんにしてくれませんかね。いや、俺がそう呼んでしまおう。
「ええと……わかりました。はつみ姉さん」
魚の骨がノドに引っかかったように、煮え切らない表情で彼女は頷いた。
彼女はそのまま部屋を出て行くと思ったが、そんな事は無かった。そのまま部屋に転がり込んだまま、たわいもない会話をして一日が終わった。無論、リュディ対応策なんてこれっぽっちもしていない。





