139 花邑家 リュディと結花
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ランニングといつもの修行を終えてリビングに行くと、そこには脱力したリュディの姿があった。
隣に座るとリュディはゆっくり俺を見て、何も言わずに手を差し出す。すぐに彼女の手に自分の手を重ねると、少しずつ魔力を送り始めた。
「んっ…………はぁ……」
眉をひそめながら艶めかしいため息をつくリュディ。どうやら今回はうまく魔力贈与できているらしい。
「姉さんは起きたのか?」
「マリアンヌを取って揺らしたら割とあっさりとね。でも今日はすごく眠そうだったからすこし申し訳ないわ」
朝眠そうなのはいつもの事ではある。しかし。
「昨日は寝るの遅かったみたいだしな」
普段なら俺が眠る前に布団に入っていることが多いから、昨日は珍しいとも言える。
魔力贈与を終えて手を開く。リュディは柔らかな笑みを浮かべると、掴んでいた手を離した。
「ありがと」
そう言って寝起きにするように、ぐっと体を伸ばす。服を押し上げる胸に思わず視線が釘付けになりそうなものの、鋼の心で顔をそらしツクヨミトラベラーを起動する。
画面に映し出された気温と天気を確認し、届いていたメッセージをさっと確認する。どうやらアイヴィ編集長からで、特集記事が出来たようだ。そしてそこには結花の事も書かれている。
「リュディ」
俺が呼んでリュディが見やすいように画面を傾ける。するとリュディは俺との距離を詰めると画面をじっと見つめた。そしてクスリと笑う。
「幸助らしくないんだけれど、式部会の幸助って考えたらそれらしいわね……って?」
突如リュディの目が丸くなり、俺から端末を奪い取り食い入るように見つめる。
「この好きなタイプの女性って明らかに私なんだけど……大丈夫なの?」
これが公開された後のことを考えたのだろう。少し心配そうに俺を見るリュディだが、多分問題はない。
「そのことについて少し話しておこうと思って見せたんだよ。まあ俺に関しては大丈夫なんだけど、ただなぁ」
「ただ?」
「文章的には正しいのかもしれないんだけど、熱されたバターみたいなリュディを見てるからなぁ」
ここに書かれているのは、おしとやかで気品があるリュディである。対外的に見たらアイヴィ編集長の書くリュディ像ができあがるのだろうが。
未だに高貴なお嬢様として見られてるからな。信じがたいことに。
「否定出来ないのがつらいわね」
「そこもまたリュディの良いところなんだけどな。ずっと堅っ苦しいと疲れそうだし。普段のリュディといると落ち着くし、楽しいし」
この家に住む人々は知っている。本当はラーメンが好きでどこか庶民的なお嬢様であることを。ワンコインで複数買えるカップラーメンを食べて満面の笑みを浮かべているリュディを。
「ふふ、私も楽しいわよ」
「うん、よかった」
そのままだらだらと会話をしていると、先ほどから気になっていた人物がリビングへ入室してくる。
「あれー瀧音さんとリュディさんだけですか? 雪音さんは?」
「まだ来てないな……そういえばなんだけどさ」
「どうしたのよ?」
「ずっと気になっていることがあって……なんでここに結花がいるんだ?」
「っはぁーっ? 何でですか!? 昨日からいたじゃないですか!」
「ほんと何言ってるのよ、普通に話しかけてたじゃない」
確かに思い出せばそうなのだ。昨日の夕食では『瀧音さん、醤油取ってください』、『あいよ』だなんてやりとりをした覚えがある。あまりにも自然だったとはいえ、なぜ気がつかなかった。
てか、リュディも先輩もななみも姉さんも毬乃さんもクラリスさんも、自然に接しているから余計に気がつけなかったのかもしれないが。
「いや、だけどさ、何も聞いてなかったような……?」
「あっれぇ、言ってませんでしたか? てかむしろ私がびっくりしたんですけど」
「結花が?」
「だって自分の部屋に行ったらもぬけの殻だったんですよ? 泥棒ですら手心加えるでしょうに、もう綺麗さっぱりですよ」
思わずキッチンの方にいるななみを見つめる。
話が聞こえているのだろう。彼女は作業していたようだったが、顔を上げこちらを見てウインクする。
お前か。
「雪音さんの場合は、だんだんと荷物が減っていて気がついたらそうなっていたって言ってたわね」
リュディはそう言って苦笑する。すぐさま視線をななみに移すと、彼女はどや顔でピースした。
やはりお前か。
「瀧音さん知ってましたか? あまりに想定外のことが起こると脱力して乾いた笑いが止まらないんですよ。まー学園寮よりこちらの方が断然良いんですけど……」
先は言わなかったけど、言いたいことは分かる。
一言言ってくれ、だろ?
こちらに近づくななみをジト目で見る結花だが、ななみは全く気にした様子がない。
「そう褒められると照れますね」
真顔で言われても、全く照れているように見えないし、どの口がそれを言うか。
「ただ、ご主人様、私にも言い分はございます。結花様に関しましては私の意向は8割ぐらいですので、それほどでもありません。残りの2割は雪音様やあいつの意向です」
「ほぼほぼお前の意向だよね? あんまり先輩や毬乃さん関係ないよね?」
ななみはなんだかんだで結花を評価していたから、まあなんとなく分かる。しかし無理矢理連れてくるわけがない。と言いたいところだけど、ななみの場合言い切れないか。
まあ今回は先輩や毬乃さんの意向が強かったのだと思う。
また毬乃さんとななみはともかく、先輩がこの件に絡むとなると至って真面目な理由があるだろう。先輩と毬乃さんと結花で結んで思い浮かぶ物は、結花イベントの件だろうか。もしくは3会関連?
「そうだ、結花ちゃん。式部会入りおめでとう。次の学園新聞に載るみたいね」
俺が考えをまとめていると、リュディは俺のツクヨミトラベラーを結花に渡しながらそんなことを言った。
「えへへ、ありがとーございまーす★ 一応表向きはギャビーやお兄ちゃんと対立していることになってますのでよろしくお願いします!」
ギャビーと伊織のいる生徒会と対立となれば、表向きは風紀会が仲裁しなければならない事もあるだろう。そうなれば先輩やリュディが仲裁をする光景が見れるかもしれない。それにしても。
「端から見ると面白い組み合わせだよな。兄妹同士の対立みたいで」
兄妹であるギャビーとベニート卿。
義兄妹である結花と伊織。
しかし式部会に席を置くのがベニート卿と結花。
生徒会に席を置くのが伊織とギャビー。
「まーでも決して間違いではないんですけどねー。ギャビーさんも私もお兄ちゃんに対しての感情が根幹に存在しているわけですし。まあ他にも理由がありますけど」
チラリとこちらを見る結花だが、何かあっただろうか?
「ともあれ、これで式部会と生徒会はメンバー決定だな。そういえば風紀会はどうなんだ?」
「風紀会の先輩達や教授達に幾人かの候補が選抜されたらしいわ。でもステフ隊長(聖女)がそれらに対して難色を示してるみたい」
「ステフ聖女か。なんだか難航しそうだな」
「雪音さんは難破しかけてるって言ってたわね」
そりゃあ先輩が頭を抱えてそうだ。風紀会入会の可能性のあるキャラを紹介しておくか。近いところで言えば。
「いいんちょ…………ええと、委員長とかどうだ」
「楓さん? 確かに楓さんなら真面目だし適任かもしれないわね」
「ま、さらっと先輩に話してみるのも良いかもしれないな」
今はカトリナと共に伊織のパーティメンバーとして頑張っているはず。伊織が外してなければ。一応カトリナも風紀会に入会出来るキャラではあるのだが……性格的にいいんちょの方が適任な気がする。まあカトリナも後で推薦してみるのも良いかもしれない。