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136 エピローグ -主人公『聖伊織』-

2019/10/30 4回目 本日更新ラスト! 

そして3章もラスト!


「はい、どうぞ」

 差し出されるバラの絵が描かれたソーサーとカップ。持ち上げて鼻に近づけると、入れ立てのダージリンの香りが鼻孔をくすぐる。美しい胡桃色の紅茶を口につければ、茶葉の甘みと香りが口の中いっぱいに広がった。

 

「美味しいです。ありがとうございます、桜さん。それにこの場所使わせて貰って」

 図書室の司書である桜瑠絵さくらるえ。前回会ったのは伊織と結花に式部会の説明を軽くしたときだったか。そういえばあの後ギャビーに絡まれたのだ。

 

「それにしても不思議ね、伊織君がまだ来ないなんて。彼ってここで待ち合わせるときには、先に来る事の方が多いのに」

 そうなのか。まあ、俺はわざと早く来たから、こうなるのは必然だ。

「そうなんですか?」

「そうそう、伊織君たまにここに来るのよ。結花ちゃんもたまに来てたんだけど……最近は来ないわね」

「ああ……」

 その原因はもしかしたら俺なのかもしれない。


「ねえ桜さん、今お時間大丈夫ですか? 伊織が来るまでお話しませんか。実はちょっと聞いてみたいことがあるんですけど……」

「ふふ、大丈夫よ。図書の貸し借りは全自動だし、人もあまり来ないし。こう見えても私っていつも暇なのよ……もしかしてデートのお誘い?」

「断腸の思いでお断りさせていただく他ないですね」

 できることならお誘いしたいのではあるが。むしろ今の貴方は誘っても断るだろう。


「あらあら、やっぱりもう年かしらね?」

「年齢は関係ないですよ、今が駄目なだけで……まあそれは置いておきましょう」


 ソーサーにカップを置く。そしてじっと桜さんを見つめた。

「桜さんは……この世界が好きですか?」

「ふふっ、急にどうしたの?」

「ちょっと、気になったんです」


 桜さんは目を細めると、まるで我が子を見るように柔らかで、とても優しい笑みを浮かべた。

「この世界が好きか、でしたか? …………好きですよ。大好きです」

 その笑顔を見てふと以前感じた事のある感情がぶり返す。それはリュディが追い詰められたあのホテルの出来事。大好きなヒロインが絶体絶命のピンチに陥っているあのときと同じ感情が。

 

「……それを聞いて、安心しました」

 そう言って紅茶に手を伸ばす。

 彼女がそう思っていて本当に安心した。でも、元々しようと思っていた。だから。

 

「あっ、幸助君!」


 紅茶を飲み込んだのと同時だった。不意に伊織の声が横から聞こえ、俺と桜さんは同時に彼に視線を向けた。

「幸助君ごめんね。遅くなっちゃって」

「いや、俺が早く来すぎただけさ。気にするなと言いたい所なんだが」

 そう言って椅子を引くと、伊織はそこに座った。

「言いたいところなんだが?」

「でもなあ、桜さんと至福のひとときを邪魔されたことはちょっと許せないかな」


 そう俺が言うと桜さんは頬に手を当てクスクスと笑った。

「あらあらっ、もうっ」

「ど、どういうこと?」

「あーあ、せっかく桜さんから好きって言葉が聞けたって言うのに……!」

 わざとらしくそう言うと、伊織は本当に驚いたのか、目を丸くして立ち上がった。


「…………ええーーっ!」


 狼狽する伊織。うそだよね、なんて呟きながら俺と桜さんを交互に見つめる。

「もう、瀧音君ったら。そう言われたら私も言ったと答えるしかないじゃない」

「えっ、あのその、ご、ごめんね幸助君!」


 と、身を翻し帰ろうとした伊織をストールで掴む。ジタバタもがく伊織を引き寄せると、無理矢理椅子に座らせた。


「悪い伊織、冗談だ」

「あーあ。瀧音君ったら、それを狙ってそんなことを言ったのね。もてあそばれちゃった」

 いまだ不安そうに俺達を見る伊織を見て、桜さんと二人で笑う。


「あ、あの、いったいどういうことなの?」

「ケーキが好きとかそんな意味を、お前が勘違いするように伝えただけさ、だからゴメンな」

「そ、そうだったの? もう、びっくりさせないでよ!」

「悪い悪い」

「絶対悪いと思ってないよね?」

 その通りである。


「ふふ、じゃあ私は紅茶を入れてくるから、伊織君はちょっと待っててね」

 そう言って席を立つ桜さん。

 俺がぼうっと桜さんを見つめていると、伊織は俺を呼ぶ。

 

「ごめんね、最近結花が迷惑かけてるみたいで」

「いや、かけられてないさ。最近のは俺が元々の原因だったし」

 むしろ、結花が自ら巻き込まれに来て余計に悪化させた感もあるが。


「俺も前のダンジョンでは助けて貰ったし、話してて楽しいからな」

 最後の最後は残念だったが。

「そっか、それなら良かった」

 そう言って屈託無く笑う伊織。


「あ、ゴメンね僕ばかり話して。今日は幸助君が僕を呼んだのに。でもちょうどよかった」

「ちょうどよかった?」

「僕も幸助君に用があったから……あれ、そういえばななみさんは?」

「ななみにはお願いをしていて、式部会のアネモーヌさんと一緒にいるはずだ」

 ななみが居ないのは、まだここに連れてくる気が無いからだ。だからここに来るときはいつも細心の注意を払っていた。


「そっか。それで幸助君。大切な話があるってなにかな?」

 小さくうなずく。そうだ。俺は大事な話がある。だからあえてここに伊織を呼んだのだ。

「お前にちょっと聞いておきたいことがあってな」

 これからのことを考えたら、どうしても聞いておきたいことだ。

 

「聞いておきたいこと?」

「なあ伊織、お前さ。エロ……じゃねーな。ギャルゲをやったことはあるか?」 

「ふえっ? 突然どうしたの?」

 まあ、そうなるよな。


「結構真面目な話なんだ。で、どうだ?」

「うん、僕はないけど……?」

「そっか。まあ例えるなら小説でも漫画でもいいんだ」

 言いたいことは同じだ。


「お前はさ、ハッピーエンドとバッドエンドだったらどっちが好きだ?」

 そして伊織が何かを言う前に俺は言葉を続ける。

「俺はさ、いくつもゲームをしてきたんだが、バッドエンドよりも、ハッピーエンドが好きなんだ。まあ大体の人間がそうだと思うが」


 だから無残な死に方をしバッドエンドを迎えても、何度も虎の道場へ通いエンディングにたどり着いたこともあった。電脳世界を舞台にしたアクションゲームだって、何度も死んで何度もやり直しヒロインを助けたこともある。

 

 目をつむり、リュディを思い浮かべる。初めて彼女に会ったとき、彼女は不幸を迎えそうになっていた。場合によっては、バッドエンド直行だっただろう。

 そのとき俺は彼女を見て逃げるという選択肢は無かった。

 

「それでさ、誰かがバッドエンド……まあ不幸と言っていいか。不幸になりそうになっていて、もし自分が助けられると分かったらお前はどうする?」

 じっと伊織を見つめる。

 

 伊織は俺の様子を見て何かを感じたのか、目を細め真剣な表情で俺を見た。

「そりゃあ助けるよ」

「それが非常に困難だと分かっていたら?」

「……それでも助けに行く」

「そっか……ならいいんだ」


 思わず笑みがこぼれる。そして理解した。

 彼は物語の主人公にふさわしい男だと。

 

「うん、俺の用事は今終わったよ。それで、お前も用があるんだったな」

 これだけ? という表情をしていたが、俺にとっては重要な事だ。

「……うん。ちょっとしたことだからメッセージでも良かったんだけど、できればちゃんと目の前で話したかったんだ」

「ちょっとしたこと?」


 伊織は椅子から立ち上がる。

「僕さ、皆とツクヨミ学園ダンジョンの30層を突破したんだ」


 それを聞いて笑みを浮かべる。時間の問題だったことは分かっていた。アイヴィからそのことを聞いてついに来たかと思ったぐらいだ。

「そうか、おめでとう!」

「ありがとう。でもさ30層を超えて僕は理解したよ。まだまだだなって。副会長や会長の助けもあったし」


 笑っていた伊織が笑みを消し、じっと俺を見つめる。

「攻略を終えたその日に、僕、モニカ会長から声をかけて貰ったんだ」

 ぶるりと俺の体が震える。


「生徒会に入らないかって。そしてモニカ会長は続けて言ったの。生徒会は貴方を大きく成長させるわって、そしてね……」


 そう言って彼は言葉を切る。

 そしてじっと俺を見つめたまま小さく深呼吸した。


「瀧音幸助を超えたいと思わない? って」


 体に電流が走った気分だった。その表情が伊織の決意を伝えていた。

 まっすぐこちらを見るその目には意思が宿っている。


「僕は…………生徒会に入る」

 

 ああ、ついに来たのだろう。

 多分彼はゲームのマジエクで言う最初の『成長期』に入った。基礎の能力が上がり、スキルも覚え、アイテムも揃いはじめ、色んなダンジョンを攻略出来るようになり、大きく成長できる条件がそろったのだ。

 爆発的に強くなる、第一次成長が。

 

「僕がこの学園に来てからまだそんなに経ってないけど、来て本当に良かったと思ってる」


 そしてイベントとストーリーの進行で、能力だけじゃ無く心も強くなったのだろう。

 普段の伊織では無い。なんだか頼りげない、どこかかわいらしい伊織では無かった。

 でもその伊織は、俺が知っている伊織だ。ゲームで飽きるほど見た伊織だ。


 どんなに強いボスにだって、ヒロイン達のために立ち向かう主人公『聖伊織』だ。


「ここには成長するための最高の施設がそろってる。親身になってくれる先生がいる」


 気がつけば俺は立ち上がっていた。

「信頼できる最高の仲間達がいる。強くなった自分を試すための、最高の舞台ダンジョンがある。そして何より……」


 伊織は言葉を句切り、体中から魔力をあふれさせ俺に近づく。

 

「目標であり、ライバルがいる」


 俺も彼の思いに答えなければならないと思った。だからこそストールに魔力を送り、それでもあふれる魔力を、これ以上無いぐらいにあたりにばらまく。

 そしてニッと笑い、伊織を見下ろした。


 伊織はそんな俺を見ても表情を変えなかった。


「幸助君。僕は近いうちに40層を攻略するよ。なぜだか分からないけれど、僕はそれが簡単にできるように思うんだ」


 俺が頷くと、伊織が言葉を続ける。

「そして僕はまだまだこれから、強くなる」

「ああ、お前は強くなるだろう。俺が予言してやる。想像を絶するような凄まじい力を持つだろう」

 しかし、俺はお前に負けるつもりはない。 


 伊織は目を閉じ小さく深呼吸し、胸に手を当てる。


「ねえ幸助君、君は学園の前で僕に宣言したよね。僕と君が初めて出会った時に。覚えてる?」


「…………もちろん覚えているさ」

 桜が満開の通学路、校門前。俺はそこで宣言した。


「今度は僕が宣言するよ」


 さあ、不敵に笑え、彼の言葉を受け止めろ。


「魔法学園で最強になるのは僕、聖伊織だ!」



3章 マジエロ★ワルツ -三会編- 完


ごきげんよう、入栖です。

3章 マジエロ★ワルツ -三会編- いかがでしたでしょうか。

楽しんでいただけたら幸いです。


さて、編集さんの話によると早い所で明日31日(木)には本屋さんにこのマジエクが並ぶようです!

書籍化が決まってからもあまり実感が湧かなかったのですが、本当に……ここまで来れたんだなと感慨深いです。

この記念すべき日を全力で味わうべく、明日は有給をとって書店を徘徊しようかなと思っています。ポケ○ンの発売日以来ですね、有給を取るのはw


さて、早いものでわたくしが小説家になろう様に初めて小説を投稿し、早5年。

マジエクは公開を始め、20ヶ月、1年半以上が経過しました。


当初はランキングなど一度も載ったことが無く、10ヶ月以上なろうの奥底に眠ってた作品です。

書いても書いても日の光を浴びず、ずっと地の底を張っていた作品です。本来であればこんな流行とは無縁で、アホなエロゲ脳の私が好き勝手書いた作品に祝福が訪れる筈が無かったのですが、今この文章を読んで下さっている読者の皆様のおかげで、マジエクは今日この日を迎える事が出来ました。

書店にならぶその本は、私の夢が結晶となった物です。明日、いよいよ私は小説家としてデビューします。


そして今後の話になります。

書籍版1巻を読むことで分かると思いますが、2巻以降は内容が変化し、更にストーリーが大きく追加されることとなるでしょう。何故、内容が変化するかというと書籍化作業をしている最中凄まじいストーリーが降りてきたんですw

WEB版では書き切れなかった先輩の覚醒イベント、そしてななみ、結花、リュディのイベントを初めとした、素晴らしいアイデアが溢れてとまりません!

この書きたくて書きたくてしょうがない無数の加筆パートは、必ずやヒロイン達をより魅力的に仕上げ、読者の皆様を更なる感動の渦へと誘うことでしょう。

そして更に更に先。最終巻付近ではいくつも用意していた謎が白昼にさらされ、それから発生するイベントは皆様を熱くさせること間違いありません。


また最後の最後には幸せいっぱいで、思わず涙してしまうような、グランドフィナーレにたどり着かせます。


WEB版から大きく進化した入栖が生み出す物語を是非ともお楽しみ下さい。


さて、神奈月昇先生執筆による限定イラストを収録した将来プレミアム価格高騰間違いなしwな第1版は明日、店頭にて発売です!


これからも一緒に歩んできた皆様と共にマジエクは駆け上がっていきます。応援よろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] マジで何回読んでもここで最高に胸が熱くなる
[一言] まじクソおもろい、罰として頑張って書け!!!! (書いてくだせぇ)
[一言] 熱い。熱いねえ。 見ているこちらも、血が燃え滾るようだ。
感想一覧
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