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127 黄昏の道④(結花視点)

結花視点


 まずい、と思った。しかしもう遅かった。

 ドリルに近づいていくヘルハウンド。彼女が咆吼にひるむ気持ちは分かるが、そこで動揺してはいけない。でも瀧音さんにはさすがと言うほか無かった。彼は既にフォローに入っていた。


 まあいつでもフォローには入れる距離を保っていたし、なるべくドリルとヘルハウンドの直線上に立って戦っていたから、間に合うのは当然だったのだろう。

 

「うおおおおおおおおおお!」


 かけ声とともにそのストールで自分よりも大きなヘルハウンドをぶん殴る。

 それは一直線にドリルに向かっていたヘルハウンドに直撃し、大きな音を立てて壁際まで吹き飛ぶ。しかしすぐに立ち上がり頭を左右に振って瀧音さんを睨んだ。


 瀧音さんはドリルをチラリと見ると、安心させる為か、ニッと笑った。そしてすぐさま視線をヘルハウンドに向けると、ドリルとヘルハウンドの直線上に立つ。


「悪いな。ここから先は一歩も通せないんだ」

 

 そう言って瀧音さんは悠然とヘルハウンドへ向かって歩き出す。刀に手を添え、一歩、一歩と。それも体中からあり得ないぐらいの魔力を放出しながら。

 そんな瀧音さんに臆したのか、ヘルハウンドは歯を食いしばりグルグルとうなりながら、ゆっくりと横に歩く。

 瀧音さんとの距離が10メートルほどになると、ヘルハウンドは跳び上がり大きく後方に下がった。

 下がるヘルハウンド、進む瀧音さん。この光景が物語っていた。


 これが瀧音幸助さん。

 これが瀧音さんなのだ。


 エッチなくせにムカつくぐらい強くて、ムカつくぐらいかっこよくて、ムカつくぐらい優しくて。


 瀧音さんはこのヘルハウンドと戦うにあたって、私やドリルを必要としていない。彼はやろうと思えばたった一人で、それも余裕であれを倒すことが出来るはずだ。

 

 ヘルハウンドは顔を上に向け口を開く。


「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 びりびりと体に振動が来る。果たしてそれは威嚇の為の咆吼なのだろうか。

 笑いながら悠然と歩く瀧音さんとヘルハウンドを見ていると、それは泣き声にしか聞こえなかった。

 

 はっと我に返ると、すぐさまドリルの様子を確認する。

 何かあったのだろうか、ドリルは胸を押さえ呆然と瀧音さんを見ていた。不安になり回復魔法を唱える準備をして彼女のそばにより、怪我が無いかを確認する。

 しかしこれは。


「あー……駄目かもしれないですねぇ」


 彼女は落ちていた。ある意味で手遅れだったのだろう。いや、なんとなく時間の問題だったような気もする。

 ほんのり赤く染めた頬。荒い呼吸。苦しそうに胸を押さえて、熱い視線を送るドリル。その目にはハートマークが浮かんでいる。

 なんだか心配して損した気分だ。脱力し大きくため息をつく。

 

 気持ちは理解できる。

 

 ダンジョンでの瀧音さんはムカつくぐらいイケメンだ。普段もまあ、イケメンだ。瀧音さんは知れば知るほど好きになる人だと思う。

 瀧音さんの虚像に踊らされ、彼をしっかり見ていない人はそう思えないだろうけれど。

 しかしクラスメイト達のように接触する機会があれば、そうはならない。そして深く関わっていくと……。

 

「何してるんですか。ほら、シャキッとしてください、シャキッと」

 

 私が回復魔法をかけると、ドリルはびくりと反応しこちらを見る。何か言おうとしたのだろうか。ドリルの口が開いたとき、ぐしゃりと何かがぶつかる音がして、私たちは同時に瀧音さんの方を向いた。

 

 そこには片腕を落とし、地面に転がるヘルハウンドの姿があった。

 瀧音さんはすぐに距離を詰めると、鞘に刀を戻し解き放つ。


 その太刀筋を目で追うことは出来なかった。多分、隣のドリルもだろう。気がつけば刀は振り抜かれていて、ヘルハウンドは微動だにしていない。

 瀧音さんはヘルハウンドをにらみつけたまま一メートルほど後退し、距離をとる。そしてゆっくり鞘に刀をしまった。それと同時に、まるで狙い澄ましたかのようにゴトリと頭が落ちた。 

 それを見た瀧音さんは肩の力を抜き、魔力を霧散させ大きく深呼吸し。


 せき込んだ。


「くっっっっっさっっ!」

 バカだと思う。匂いの元の目の前でそんなことをすれば、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 

 瀧音さんはそこから逃げるように離れると、再度刀を抜いて、恐る恐る匂いを嗅いでいた。

 全く、何をやってるんだか。


 ………………。


 私もガントレットに鼻を近づけ匂いを嗅いだ。

 大丈夫。多分。

 駄目だったら瀧音さんに笑顔で『弁償してください』なんて冗談言っておいて、修理に出すか新しいのを買おう。ちょっとお金が心許ないけれど、なんとかなるはず。

 

 瀧音さんは早足で魔石を回収するとこちらへ向かって歩いてくる。しかしボスを倒したのに顔に喜びはない。

 

「とんでもなく臭かった」

 

 ボスを倒した後の第一声がそれか。気持ちは痛いほどわかるけれど。

 肩を落とす瀧音さんを見てふと思いつく。

 こんな状況なんて滅多にない。どうせだから、ちょっとだけからかってみようか。

「あー。その、ちょっとですね、半径五メートル以内に入っていただかないで欲しいというか……」

 鼻に手を添え、眉を顰め顔をそむける。

「うっそだろ……!」

 効果はばつぐんだった。

 

「ふふっ。うそです、冗談ですよ。お疲れ様です」

 そう言って私は瀧音さんに回復魔法を発動する。怪我をしているようには見えないけれど、一応。

 しかし彼は不安そうにもう一度自分の服に顔を当てている。仕方ないので彼の腕をとり、胸と鼻を押しつけた。ドリルに見せつけるように。

 

「ほーらっ。全然大丈夫ですよ」

 やっぱり、瀧音さんはエッチだと思う。


「そ、そうか。でも一応風呂に入りたいわ……ガブリエッラさんは大丈夫だったか?」

 

 じっと私を見て居たギャビーが驚くように

「え、ええ。も、もちろんですわ……その」

 なんてしどろもどろになっていた。彼女はある意味で大丈夫ではない。

 

「あの、先ほど、『ギャビー』とわたくしのことを……」

 あっ……、と呟きながら瀧音さんの顔が一瞬歪む。その、アレだ、だなんて言うものの、彼から言葉は出てこない。

 瀧音さんがこんなに慌てている姿を見るのは新鮮だ。それにしても『ギャビー』ね。

 ミシミシと音がして、ふと我に返る。強くガントレットを握りしめていたらしい。


「す、すまん、なんだか呼びやすくて……今度からしっかりガブリエッラさんで――」

「ギャビーで構いませんわ! ギャビーと呼んでくださいまし!」

 突然声量を上げたドリルに瀧音さんがのけぞる。

「あ、ああ。じゃあ……ギャ」

 瀧音さんがそういうのを聞いて、まずいと思った。

「わかりましたっ! よろしくお願いしますね、ギャビーさんっ!」

 気がつけば嬉しそうにしているドリルに口をはさんでいた。瀧音さんもドリルも面食らっている。

「あ、貴方に言っておりませんわっ!」

「じゃぁー私はドリルさんで」

「なんですの、喧嘩を売っているんですの!?」

「ならギャビーさんで良いですねっ! よろしくお願いしますっギャビーさん!」


 ヒクヒクと口もとが動いているのが分かる。でも私は撤回するつもりはない。瀧音さん一人がドリルを特別な呼び方するのを、許容したくなかった。

 何より、うらやましかった。

 

 私はこの話を終わらせるため、話を振る。

「じゃーさっさとこのダンジョン進みましょう! ボスが来たんですから先は宝箱とかゴールですよね!」

 

 ボスを倒したことで現れた転移魔法陣に向かって歩き出すと、瀧音さんはあわててこちらに近づいてくる。

「ちょ、ちょっとまった」

「どうしたんですか?」

「いや、そのだな。急に回り道をしたくならないか?」

 は? と思わず言葉が出る。なぜだろう、瀧音さんと話しているとどうしても素が出てしまう。話しやすいからだろうか。


「いきなり何を言ってるんですか? 一本道じゃないですか」

 だからこそここを進まざるを得ない。

「そ、そうなんだけど。なんだかこの先にはイヤな予感がするんだ」

 私は今のところ感じないけれど。

「そうは言っても他に道はあるんですか? 行きましょう! ほらドリ……ギャビーさんも!」


 そう言って私は瀧音さんの背を押して先に転移魔法陣に入れると、何か言いたげなギャビーと一緒に魔法陣へ入った。


 そこにあったのは一つの宝箱、そして何かの魔法陣と、投影機のような物。そして起動していない転移魔法陣だった。

「宝箱ですわっ!」


 隠し部屋の先、それもボス戦後の宝箱。どうしても期待してしまう。見たところトラップも無さそうだし、開けてよいかと瀧音さんに聞くと、彼は観念したように頷いた。

 先ほどからの行動に違和感を持つものの、とりあえず宝箱を開けることにした。


「これは…………服?」


 入っていたのは4着の服だった。

ギャビーが映えるのはもう少し先。


また以前ご質問受けておりましたメロンブックス様、とらのあな様のタペストリーですが、予約が開始されたようです。報告遅れてすみません。

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