122 黄昏の道 突入前①
ギャビーと競う舞台となるダンジョン『黄昏の道』は必ず攻略しなければいけない……というダンジョンではない。
ゲームでは中盤くらいから攻略を開始するだろうか。三会入会後に解放されるダンジョンの一つであり、式部会イベントで使われるダンジョンの一つでもある。
またこのダンジョン自体の難度はさほどでもない。敵も最深部付近まで行かなければ強くは無い。まあ三会入会後に来るダンジョンだから、こちらがしっかり成長しているため、相対的に簡単なダンジョンに見えるだけなのかもしれないが。
もし普通に攻略する上で注意すべき点があるとすれば、罠ぐらいなものだ。しかしその罠は、基本的に罠探知レベルが低くても発見できる物であり、俺が所持している指輪で何ら問題なく捌ける。
そして入手出来るアイテムはダンジョンレベルに比例しており、良いには良いのだがそこまで魅力を感じる物ではない。以前別ダンジョンで入手し、そのままリュディ達がはめている指輪のほうが希少性が高く性能も良いし。
ただマジエクのアペンドディスク(追加パッチ)によって追加されたダンジョンは、難度に比例しない良アイテムが配置される傾向がある。あの指輪もその例にもれない。だからこそ追加ダンジョンを優先して攻略したのだが。
またここに出現するモンスターは他ダンジョンでもありふれている奴らで、何ら特筆すべき事など無い。モンスタードロップ品もうーんと首をひねる物ばかり。
つまり、来る価値のない、どうでもよいダンジョンである。
しかし、紳士淑女達で式部会に入会した人はこのダンジョンに来ざるを得ないだろう。特にCGを入手したいのならば。
…………それにしても。
「早くベニート卿来てくれないかな」
「予定では五分後に到着予定ですね」
「まあダンジョン使用の追加申請だからしかたないのはわかるんだけどさ……なんとなく疎外感有るから早く終わらせたいんだよなぁ」
と視線を前で言い争う二人にうつす。
「おーっほっほっほ。這いつくばる覚悟はよろしくて?」
「這いつくばっているのはどちらですかねぇ?」
最初にふっかけられたのは、確かに俺のはずだ。しかしバチバチと音が聞こえてきそうなほどにらみ合い、引きつった笑いを浮かべている二人を見て、若干取り残された気分になるのはなぜだろうか? いや、本当に取り残されているのだが。
「ご主人様、ここはイケメンヴォイスで仲裁に入るべきでは?」
「イケメンヴォイスである必要性は感じないけれど、仲裁した方が良いかもしれないなぁ」
二人ともさりげなく身体強化してるし。急に殴り合わないよね? あとなんで『ボイス』を素晴らしい発音したのか分かりません。同じように返したけど。
「ご安心ください。こんなこともあろうかと仲裁の台詞は私が考えておきました。おかげで寝不足です」
「くっだらないこと考えなくて良いから、さっさと寝てどうぞ。でもせっかく考えてくれたからな、一応聞こうか」
「2人の可憐なマドモアゼル、僕の事で争わないで! ああ、僕はなんて罪作りな男なんだ……!」
「それを言ったら結花が敵に回る可能性があるな」
ギャビーは更にキレそうだ。ただベニート卿ならば様になりそうな台詞だよなぁ。見た目的に。確実に言わないだろうが。
「ご安心ください。すかさず私が颯爽と登場しご主人様の腕にすがりついて――」
と言いながら本当に抱きついてくるななみ。うん柔らかい。
「――私の事は遊びだったのね! と話を続けますので」
「多分二人はあきれて声も出ないだろうな。それなんてドラマ?」
更に場を混沌とさせてどうするんだろうな。
あと離れようとせずに、もう少し腕に巻き付いてて良いんですよ?
「その後、料理教室で会った人達と一緒に、暗黒魔王討伐に行く物語を予定しているのですが、それを想像するだけで胸がいっぱいです。映画化決定ですね……!」
「いったいどんなストーリーなんだ……」
「タイトルはシンプルに『聖天使ななみ -雇われメイドの事件簿-』でいきましょう」
「マジでいったいどんなストーリーなんだ……そして突如すがりついてきた女性が主役だった! 絶対売れないからやめようね」
てか俺の話聞いてないよね、いつものことだけど。
「ご主人様の懸念は理解しています。主題歌ですよね」
「主題歌以前にストーリーとかテーマが終わってると思う」
そもそも主題歌に関しては一切懸念は無かった、というより考えてすらいなかった。
「歌はリュディ様に歌っていただきましょう、話題性間違いなしです」
トレーフル殿下がこんなぶっ飛んだ映画の主題歌歌うとか、話題性に関しては間違いないだろう。そもそもやらないだろうがな。
「ベースは雪音様にやっていただきましょう。ギターはお任せください、一度も弾いたことがありません」
「弾いた事ないんじゃないか。任せられないわ!」
そりゃ弾いてる時間ないよなぁ。もしかしたら誰も楽器弾けないんじゃないかな? リュディはさらっとヴァイオリン弾いたりしそうだけど。
「はつみ様はキーボードでしょうか、ご主人様は…………タンバリン?」
「何でそこだけ疑問形なんだよ? しかもタンバリンってなんだよこの流れだったらドラムだよね? 一人だけカラオケにいる気がするぜ!」
「バンド名は皆様を考慮致しまして『はつゆきななりゅタンバリン』にしましょう」
「それ俺の要素ほぼ入ってないよね? てかタンバリン確定なんだ」
なんで皆の名前の2文字入ってるのに俺だけタンバリンなんだよ。そもそもタンバリンは俺の要素なのか?
あとさらっと毬乃さんやクラリスさん入れなかったな。クラリスさんは……ドラムが似合いそう。毬乃さんは……トライアングルとか? いや、なんとなく姉さんにトライアングルが似合いそう。そう考えると毬乃さんはキーボードかな?
「幸は本当に面白いヤツじゃのう」
面白い物を見るような目で皆を見ていた紫苑さんが、しみじみとつぶやく。
「何でそれを俺に言うんですかね?」
この場合ななみや未だに言い争ってる結花達に掛けるべき言葉だろう、俺は何もしてない。
「なに、自覚が無いのか……まあよい、それにしても聞いたか?」
「なんの話ですか?」
口角を上げ、手にもつ扇子で俺の脇腹をつつきながら口を開く
「雪音が風紀会に結花を誘ったことじゃよ」
話が長くなりそうだと思い、ななみに結花達を任せる。
それはもちろん知っている。いや、そうなるだろうなとも思っていた。からくりの城での活躍を見て先輩は結花を気に入っている。リュディとの仲も良好だ。それにウザ絡みしてくるがちゃんと相手を立ててもくれる。話していて楽しくなる会話もする。
実力に関して結花が謙遜している点も、先輩好みの点だろう。そして努力しなければいけないと思っており、実際に修行に混ぜてほしいと言ってくる行動的なところもまたそうだ。
むしろそんな子に対して興味を持たない人の方が少ないであろう。美少女だし。
「そもそも、俺がいるところで話してましたしね、個人的に意外だったのは即答しなかったことですね。そして……生徒会から既に接触があったこと」
「そうじゃ。前に会長が式部会へ来ての、お主のことを話しておった時に結花の話が出てな」
「……そういうのって秘密にしておくべきではないんですか?」
「なあに、このまま開始したらおぬしの圧勝じゃからな。少しでも動揺をさそえないかと思ってのう」
「なんで試してもいないのにそう言えるんですかね?」
「40層をソロで攻略なぞ、妾にもできん」
ぼそりとそうつぶやく。そして俺が何かを言う前に、紫苑さんは話を変えた。
「さて結花に関してじゃが、実は元々学園長が注目しておったらしくての。それで生徒会は興味をもったんじゃろ」
「なるほど、毬乃さん経由ですか」
「なに興味を持ったのは生徒会だけでは無い。風紀会も興味をもった。そして卿と妾は式部会として声をかけるのも良いかと思うておる。じゃからお主の意見が聞きたくての」
思わず「うん?」と首をひねる。
「待ってください。式部会はギャ……ガブリエッラさんに声をかけていたのではないのですか?」
なんか……色々察した。ギャビーが突っかかってきた理由の一つは多分これだろう。
と俺が言うと紫苑さんはまあ落ち着けと両手で制止させてくる。
「そう怖い目で見るな。ガブリエッラには声をかけていない、それはベニート卿の意向じゃ」
怖い目になっていただろうか? そんなつもりは無いのだが。
「既に声をかけていたと思いましたよ。彼女は出来る女性に見えますし」
「ほぅ……意外じゃな」
「意外ですか?」
「ああ、意外じゃ。お主から見たガブリエッラはもっと評価が低いかと思っておった」
「もちろん認めるべき所は認めますよ。少なくとも学力だけで見れば、間違いなく俺より上でしょうね。一朝一夕では取れない成績だと思います」
戦闘面での才能はメインヒロインより一歩劣るとは思う。しかし彼女には性格上、努力ができるし、一般ヒロイン並で不遇キャラでは無い。彼女が好きな人は使っていただろう。
「……やはり未来の式部卿は幸じゃの」
「いきなりどうしたんですか?」
「なに、幸に期待しておるだけじゃ」
「そうですね、いずれ紫苑さんをも超えて最強になりますし」
「ふ、ふはははは、言いよる。言いよる。戯れ言も大概にせんと、足を掬われるぞ」
そう言って楽しそうに紫苑さんは笑う。
笑う彼女を見ながら、気になっていた事をいくつか聞いてみることにした。