116 ギャビー突撃の裏話
2019/08/18 更新1回目 今日は2話。もう1話は日付変わる前くらい。
紫苑さん視点です。
「そろそろ、ガブリエッラが瀧音君に会った頃かなぁ」
ベニート卿はそう言ってツクヨミトラベラーの画面を閉じると、楽しそうに笑う。
「良かったのかえ? あんなことを言って幸になげおってからに。卿の大切な妹じゃろ?」
妾がそう言うと、卿はもちろんだと頷いた。
「むしろ最善の一手だったと思うよ? 瀧音君に任せることがガブリエッラにとって良いと思うんだ。僕が手を出しちゃいけないんだよ。瀧音君にはホント申し訳ないんだけど……後で彼にお詫びしないとね……」
妾も詳しくは知らぬが卿の事だ、
「それなりの理由があるんじゃろ? なあにあの幸のことじゃ、しっかり理由を説明すれば問題なかろう」
ただ卿がそれを話すかどうかは別問題だろう。妾にも結果だけしか話さない事があるしの。
「……」
「なんじゃそんなじっと妾を見おってからに」
「そういえば……紫苑ちゃんも結構瀧音君のこと気に入ってるのかな?」
「あれは愛い奴ぞ。雪音が入れ込むのも分かるわ」
そもそもあの雪音が入れ込む時点で好感度が上がったとも言えるか。
「そっか。なおさら瀧音君に任せたのは良かったと思うよ」
「ほぉ……そういうのならば伝えておかなくて良かったのか? 実はガブリエッラが三会に入会資格があったこと、そして式部会に自己推薦してきたことを、じゃが実の兄である卿がそれを破棄したこと。妾には詳しい理由を教えて欲しいのう」
そう言うと卿は苦笑しながらも答えてくれた。
「今回の件に関してガブリエッラは、良くも悪くも無理をしているように見えたんだ」
「なんじゃ、良くも悪くも無理をするとは?」
「僕はね、自分を成長させる上で、無理をしなければならない時もあると思ってるんだ」
……まあ、言いたいことは分かるが。わざと自分をつらい立場において、そこで磨かれることにより自分を成長させるのだ。妾だって幾度となく危険に身をやつし修行していた。
「でもね、式部会は本当につらいんだ。皆は紫苑ちゃんや瀧音君達のように強くはないんだからね」
「まあ負け犬の遠吠えと思えるかどうかじゃと思うがな」
「そう思える人は少ないんだよ。特にガブリエッラはね、とっても意識しちゃうと思うんだ。もちろん多少意識するのは悪いことじゃない。でも僕たちはそれを受けて余裕を見せなければならない」
卿は小さく息をつくと立ち上がる。
「ガブリエッラは真面目だから。でも真面目すぎるんだ。だからガブリエッラには不向きなんだ。でもね、うまくいけば自分を成長させられるとも思う」
話を聞くほど思う。卿はガブリエッラの事を真剣に考えている。
「ガブリエッラにそれを乗り越える覚悟と、支えてくれる仲間がいるならば式部会でもやっていけるよ。瀧音君にはホント申し訳ないんだけど、今回のでそれを見極めさせて貰えればなって。そしてあわよくば……」
そして悩んだ末、幸に託そうと思ったのだろう。
卿は私から視線を外し、ドアへと向ける。ちょうどそのとき、こんこんとノックする音が聞こえた。
「こんにちはベニート君。紫苑。そして……あら残念、彼はいないのね」
入ってきたのはモニカ会長だった。部屋を一瞥するとそんなことを言って、こちらに歩いてくる。
それを見てすぐ立ち上がり、すぐに茶の準備を始める。
「僕よりも瀧音君かい? 妬けちゃうね!」
「そんなの当然じゃない、……それで思い出したのだけれど、私って彼に口説いてもらえるらしいわ。結構楽しみなのよね」
そう言ってカラカラと笑う。彼女の様子を見るにリップサービスではなく本当に楽しみなようだ。ベニート卿は普段通りの笑みを浮かべながら椅子を引く。
「ああ、彼の三会での立場だね。それで今日はどうしたんだい? その話じゃないんだろ?」
「三会のメンバー選びについてよ。今年って異様にすごい子が多いじゃない? 去年に比べても三会入会が早いし」
会長達の話を聞きながら、魔石に魔力を流し込み陣を起動する。やけに口の長いケトルからポコポコとお湯が沸く音が聞こえると、用意していたティーポットに勢いよくお湯を注いだ。
「確かに多いね。瀧音君を始めとしてトレーフルさん、ガブリエッラもそうだし……」
「ガブリエッラはどうするのよ? あなたの妹でしょ、てっきりそのまま式部会入りだと思ったわ……あら、ありがと」
モニカ会長に紅茶を出すと、彼女はすぐに口をつける。
「はは、紫苑ちゃんにも似たようなこと言われたよ」
「当然でしょう? あなた自分の妹の良さを自慢してたじゃない? 重度のシスコンだと思ったわ。それでベニート君はガブリエッラに式部会に入会して欲しいの? それとも……」
「して欲しいか、して欲しくないかだったらもちろんして欲しいさ。でもそれはガブリエッラの覚悟が出来てからなんだ。僕が作り出しかねない虚像の覚悟ではなく、自らの覚悟で」
「自らの覚悟?」
「あの子は僕を追いすぎてるんだよ」
そう言って卿は紅茶を一口飲む。
「僕はね……思うんだ。『光』みたいな人がこの世界には居る。僕たちの世代にはモニカ生徒会長だね」
「あら、ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」
「そして紫苑ちゃんの世代は三会の副会長達。そして今年……僕が今まで見た人の中で一番強烈な印象を残している彼」
「それが、瀧音幸助じゃと?」
卿はカップをソーサーにおいて、小さく頷く。
「ああ、そうだよ。面白いよね。僕たちの中では彼の話題で一色だった。僕たちだけじゃないね、良い悪いは置いておいて一般生徒の誰もが興味を持ったよ。そして君たちのような実力者達は惹かれ、花邑学園長でさえ彼にとてつもない期待をしている」
「……確かにそうじゃの」
「大きな光はね、目標でありライバルであり場合によっては仲間でもある。そして何より導いてくれるんだ。皆を。ガブリエッラを。まあ同時に大きな影を落とすことも考えられるけれど」
影、な。なんとなく分かるぞ。ドロップアウトする者だ。あまりの光に自信を喪失し、目標を失ってしまうのであろう。
妾とベニート卿は、その様な者達はドロップアウトする方が良いと考えている。特に冒険者など危険な将来を目指している者は。
「そして究極的には終わらせてくれる予感がするんだ……いや、彼と僕たちが力を合わせれば行けると思うんだ」
「何をじゃ?」
「僕やモニカ会長やステファーニア様や三会の先輩達がなしえな――」
「――待ちなさい」
モニカ会長は真剣な目でベニート卿をにらむ。
「私がこの役目を終わらせるつもりで居るわ」
「ああ、そうだね。僕たちにはまだ1年猶予がある。君はするかもしれない。でも同時に瀧音君もやってくれそうだと思う。もしくは瀧音君のパーティメンバーの中に僕や君がいる気がしてならないんだ」
妾には意味が分からなかった。三会に入会してからしばらくして、先輩達が何かを隠していることをなんとなく察していた。しかしそれは決して口外されなかった。
「何か隠しとるなと思っとったが、やはりか」
卿は手を合わせるとウインクする。
「ごめんよ。もう少ししたら水守さん達にも一緒に話そうと思っているから、待っていてね」
「ならば……かまわぬが」
早く教えろと思わなくもないがの。
ぎろりと卿を睨んでいたモニカ会長だったが、やがて小さくため息をついた。
「……あなたは彼をそれほどまでに」
「ああ、そうさ、期待しているんだよ。それも大きな大きな期待を。水守副隊長と同じようにね」
そう言うと卿は表情を崩し、ニッと笑う。
「ま、それと同時に変な問題でも起こしそうで、わくわくしているんだよねぇ。女性関係で! 式部会での方向性を聞くと特に」
確かにあやつは問題を引き起こしそうな気もする。あやつ自身が注意していても突撃されればどうしようもない。
「わははは! そうじゃの、そうじゃの、あやつは何かやらかすに違いないわ」
「はぁ、二学年一番の問題児が言うと説得力あるわね……今回の学園ダンジョンの件ぐらいだったら良いけれど、これ以上変なのは起こさないで欲しいわ」
「おお、耳が痛いのう」
と両手を耳に当てると、ベニート卿がツクヨミトラベラーを取り出し「あっ、ついに来たね」と声を上げた。
「誰じゃ?」
「ガブリエッラから電話だよ」
「ほ、あの件か」
「あの件って何かしら? 私が聞いても良いやつ?」
「かまわんかまわん。先も話しておったやつじゃ。ベニート卿がわざとガブリエッラを焚き付けて幸に突撃させたんじゃよ。もちろん幸には事後報告じゃぞ」
『そうか、うんうん、それで瀧音君に会ったんだろう?』
ベニート卿は楽しそうにガブリエッラと話しているようだ。
「あらら、瀧音君ったらかわいそう。これを機に生徒会に勧誘出来ないかしら」
「ははは、もう無理じゃろうな」
『ええっ!? ど、どうして……そ、そうかい? う、うん分かった。ならばダンジョン攻略が良いと思うよ。僕が手配しておくね』
「…………………………ねえ、なんだか雲行きが怪しくないかしら? 既に問題起こしてないわよね?」
「気が合うのう、妾もそう思っていた所じゃ」
ベニート卿の苦笑いを見るに、間違いではないであろう。
「まいったね。彼は色々と想定外なことをする人だとは思っていたけど、これは本当に想定外だよ、はははっ」
「何があったの?」
モニカ会長が問うとベニート卿は苦笑する。
「運が悪ければ決闘になるかな、なんて思ってたんだけど……まあある意味なったんだろうねぇ」
「それで何があったんじゃ?」
「モニカ会長ならよく知ってるだろう? 聖伊織君」
幸が注目する男、か。
「ええ。そういえば幸助君と仲が良かったわね。あ、いずれ生徒会に引き抜くからよろしくね。副会長に任命するわ」
幸だけでなくモニカ会長の評価も上々、とな。
「……彼は幸をかばったのかえ?」
仲が良ければそれはあり得るかもしれない。妾も自分の事をボロ雑巾のように言われようとも何ら感情は浮かばないが、雪音やフランそして幸を馬鹿にされたら小さくない怒りがわくであろう。
「いや、それがね、ちょっと違うんだよ。……伊織君の義妹、聖結花さんのほうでね」
「妹さんの方? あ、聞いたわ、最近編入したらしい子ね。そういえば花邑学園長がコウちゃんには劣るけど、とてつもない才能を持った子で三会候補だって言ってたわね」
「ほう、妹なのに同学年とはいかに」
「何でも再婚で妹になったらしいわよ? つまり義妹ね。実はその子についても話そうと思ってたのよ」
「ふむ、学園長に太鼓判を押されているところを見るにそうとうな実力者じゃろうな……そういえばベニート卿よ、その妹がどうしたのじゃ?」
「……何でも聖さんとも勝負することになったから、瀧音君と3人で競争出来る物を用意して欲しいって言うんだ…………しかも瀧音君よりも聖さんの方に強い対抗心を燃やしているみたい」
幸に任せようと思ったら、まさかの展開だ。
「ほぅ! 早速面白くなってきたのう!」
どれ、幸に連絡をとってみるか!