115 聖結花
2019/08/04 更新2回目
「むふー、おいしー☆ ありがとうございまーす瀧音さん! 本当におごって貰って良いんですかー?」
もうね、好きなだけ食べて欲しい。
「いいよ、今日は迷惑かけたしな……それにしても、なんで俺を擁護する言葉を言ったんだ? うれしかったけど、お前も目をつけられたぞ?」
聖結花はマジエロ内において『愛嬌』という武器を有効利用し人間関係をうまく構築する、世渡り上手なキャラであった。生徒会、風紀会に入会する場合は巧みにそれを利用して、学生からの好感度を上げていた。式部会では三会関連の強者にごますりしたり、講師(もちろん式部会の協力者)を買収したかのように見せ、ヘイトを貯めたりしていた。また三会ほぼすべての先輩から気に入られるところを見るに、その好かれる能力は並外れているといえるであろう。
もちろんだが愛嬌を振りまくのは無意識ではなく狙ってやっている。あの完成度の高い作り笑いはそれからきている。てか結花自身が「愛嬌は倒せない人も倒せちゃう武器なんですよ?」なんて言っちゃうからな。夏目漱石かな?
ただ結花自身がメインヒロイン級の強キャラだから、愛嬌を使わなくてもゲーム内で屈指の強さを発揮できるんだけど。
「いやー何ででしょうね?」
そう言うと結花が目線を外し、頭をかきながらはにかんだ笑みを浮かべる。
「私にも分かりません。本当はフェードアウトしようと思ってたんですよ? 自分が言われるのは別に……だったんですけど。瀧音さんの顔を見て爆笑しているエヴァンジェリスタさんを見てですね、えーと、そのですね。なんか、わかんないんですけど、こうピキピキーッときたんですよねぇ!」
俺も結花はフェードアウトすると思ってた。ゲームの結花なら「じゃぁこれでー☆」とあの場を去ってもおかしくはなかった。だけど彼女は口を出した。
頬を掻きながらあはは、と笑う結花を見て、ふとゲームのことを思い出す。
『聖結花』というキャラはマジエロにおいて『瀧音幸助』に大きな嫌悪感を抱かない、数少ないキャラクターである。大抵のヒロイン達は包み隠さず、それもオブラートにすら包まず瀧音を罵倒したりするが、彼女はそうしない。彼女なら強者の方に立って瀧音に文句を言ってもおかしくはなかった。
もしかしてゲームでは語られなかったが、彼女と瀧音に裏設定でもあったのだろうか? まあ今更分かるわけがないし、もしかしたら今後分かることもあるのだろう。
「ほんと何ででしょーね。庇護欲がそそられるような感じじゃないのに」
「さりげなく貶してないよね?」
「違いますよ、頼りがいがあるから庇護欲がそそられないんです」
なんだコイツ、さらっと下げたのちにしっかり持ち上げてくる。俺のポイント稼ぐのうますぎじゃないか? ただ俺は頼られるのは好きだけど、甘やかして貰うのも好きです。
不意に結花のフォークを持った手がテーブルの上に置かれる。そしてこちらから目をそらし、つぶやくように言う。
「そうなんですよ、頼りがいがあるんですけどね。まあ、今回の場合はそのですね……ええと」
これはあれだな。結花初期イベントの件だろう。
「まあ、いつでも相談に乗るぜ、名前も勝手に出して良いし。あとはそうだな。俺に相談しにくいならいい人を紹介してやるよ。風紀会の副隊長でな、すごく頼れる先輩がいるんだ。あと同級生だったらリュディ、カトリナあたりに言うといいぞ。後はお前の兄貴だな。絶対味方になってくれるから」
本来事件を解決するのは伊織だから、そちらで解決するのが自然なのかもしれない。ただ彼女がここまで悩んでいるのならば、俺が動いてさっさと解決してしまった方が良いだろう。マジエロのヒロインがこんな表情をしているのを見て、気分が良いわけがない。
それにさっきは腕に回復魔法は使って貰ったし、なによりかばって貰ったからな。……あれ、かばってもらったのか?
さて、そうなるとあのイベントか。あのイベントを起こすのは全然良いのだがどうやって進めればいいのだ? 確定で発生するイベントだから何もしなくても勝手に進む上に、イベントは結花と一緒にいると町中で襲われるってだけだからな。
そもそも彼女の初期イベントって、相手は魔法使いのペーペーだから、全く鍛えていないキャラ一人で圧倒出来るんだよな。結花の恐怖心がなければ、結花がソロでフルボッコできるレベル。
「まだそう確定しているわけではないので……もしそれに確信を持ったら、瀧音さんにも相談したいと思います。ここまでお話してしまった手前もありますし。それにですね、今回の件でかばってあげたので、当然ですよね!」
「ああ、当然だな。任せろ」
彼女はぼうっと俺の顔を見て居たが、やがて小さく息をつくと話を変える。
「……それにしてもエヴァンジェリスタさんでしたか、印象的な方でしたねぇ」
結花の言う通り、確かに印象的ではある。しかし。
「印象的だけど、あれぐらいで驚いてばかりもいられないぞ」
ギャビーと同レベルなキャラはまだまだ居る。それにまだ彼女の真価が発揮されていない。彼女が一番目立つのは現時点ではなく、式部会に入会した後だ。入会後は制服を脱いでドレスになってしまうからな。そうすれば見た目の目立ちっぷりは紫苑さんとNo.1を争えるレベルになる。紫苑さんの和服とギャビーのドレス効果で式部会のツートップだったなぁ。
「えぇ……なんですかこの変人学園……ただでさえ変な人いっぱい見つけたのに」
もう既に会ったのか。こっちに来てからはそんなに時間が立ってないと思ってたんだが。 ん? いや、ちょっと待て。
「それって俺が含まれてないよな?」
「ええっと……申し訳ないですけど、ななみさん含めなくてもトップクラスで変人だと思います」
「ゑ!?」
「えぇ……私的にはその反応が信じられないんですケド」
彼女は手を伸ばし俺のストールを引っ張りながらそう言った。
意外である。ななみとのコンビだったらアウトかななんて思ってたが、まさかソロでそこまで変人と思われてたなんて。ただし、ななみ。お前は玄人エロゲーマーから見ても変人だ。
「知ってれば教えてほしいんですけど、エヴァンジェリスタさんてどんな方なんですか?」
「知らずに喧嘩売ったのか?」
「売ったんじゃないです。私は瀧音さんが売られた喧嘩を私が仕方なく買ってあげたんです! むしろ買い取った私に感謝して欲しいぐらいですね!」
「あーはいはい。ありがと。好きなだけ食ってくれ」
「もちろんおいしくいただきます。ありがとーございます。でもちょーっと感謝が足りないんじゃないですねぇ、高級マンションで妥協しましょうか!」
ジョークで言ってるつもりかもしれんが、実は持ってるんだよなぁ1棟。いまルイージャ先生住んでるぜ。ホントに与えたらどういう反応するんだろうか。あげないが。
「おう、気が向いたらプレゼントしてやるよ。さ、話を戻すが、ガブリエッラは式部会の会長的役割をしているベニート卿の妹だな。今回のテスト結果では、ダンジョン攻略していた俺を除けばトップだ。一応法国貴族だぞ」
まあモニカ会長も紫苑さんも国は違えど貴族なんだけどな。
「へぇ、そうなんですねぇ……」
どうでも良さそうにそう言うと、チーズケーキを口の中へ入れた。
「おいしっ」
「……これから勝負するかも、って所なのにかなり楽観的だよな」
「だってバックには瀧音さんが付いてますし、なによりエヴァンジェリスタさんと一対一で戦ったら負ける気はしないですから」
「……一体どういうことだ?」
ギャビーには悪いが、俺も結花が勝つと思う。だがそれはゲームをプレイした俺だから出せる結論であって、ギャビーの名前すら知らない結花がなぜその結論に至ったのかが気になる。
「ああ。なんていうんでしょうね。そうですね……。なんていうか、私ってすっごく勘が良いんですよ」
「勘が良い?」
「なんとなーくなんですけど、その人の実力が分かるっていう感じですかね。エヴァンジェリスタさんにはあまり警戒心がわかないんです」
多分結花が持つ危機察知のスキルの影響だろう。非常に有益なスキルで、相手が自分より強い(LVが高い)場合に、一部ステータスアップや逃走率が上がるという効果があった。
RTAにおいて重要な『逃走』効果が上がるとあって、時短を狙うなら使わない人は居なかっただろうと思う。伊織の選択肢次第ではテスト前から仲間に出来たし。
「どういうことだよ?」
もちろん彼女がそのスキルを持っていることを口外はしていない。だから知らないふりをして問いかけてみる。
「エヴァンジェリスタさんは戦闘はそこまでじゃないのかなって。でも本当にアレが二位なんですか? 学園の順位ってあんまり参考にならなそうですねぇ。一年でやばそうな人をたくさん見かけたのに」
「まあ、勉強と戦闘は別物だからな。次の結果からダンジョン階層まで加味されるだろうから、変わってくると思うぞ。てか、やばそうな人って誰だよ?」
危機察知を持つ結花から聞ける、やばそうな人か。私気になります。
「加藤さんもそうなんですけど、リュディヴィーヌさんもそうですね。あとはベンチでお昼寝していた狐人もそうですし。あ、瀧音さんも含まれますよ、むしろトップ? あとは負けるとまでは言わないですけど、いろんな意味で驚いたのは……お兄ちゃんですかね」
多分、伊織は爆発的に強くなってるんだろうなぁ。
「伊織か……負けて、られないな」
「私もお兄ちゃんには負けたくないですねぇ。でもこのままだとちょっと妹の威厳が保てなさそうです」
「普通年上の方が威厳を持つと思うんだが」
「聖家では妹が威厳を持つんです。でもお兄ちゃんの成長度合いを考えるとですね……」
まあ結花にタジタジな伊織の姿は想像出来るなぁ。
「いや、威厳を保つのは簡単だぜ」
「簡単ですかねぇ、お兄ちゃんはすっごく強くなってるんですよ?」
「ああ、簡単さ。もし伊織が大化けして強くなったのなら、それ以上に化ければ良いだけさ」
甘いはずのケーキを咀嚼していた彼女だったが、それはもう渋い顔をしていて、思わずふきだしてしまった。
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結花と別れた帰り道だった。彼が現れたのは。
「瀧音幸助、覚悟!」
一瞬だが、邪神教のイベントかと思った。しかし、彼の格好と動きを見てすぐに違うと否定した。
彼は身体強化を施した体で、こちらに走りながらメイスを振り下ろしてくる。しかしその速度が異様に遅かった。まあ、クラリスさんや先輩と毎日模擬戦でくんずほぐれつしている俺の目が速さに慣れてしまっただけなのかもしれない。
ガキンと音を立ててそのメイスを受け止める。
眼鏡をかけた男性だった。カーキ色のチノパンを履いて、安さが売りのチェーン店で買えそうな黒いポロシャツを着ていた。
正直、相手ではなかった。メイスをストールで包み込むと腹に一発拳を入れる。あんまり強くやったつもりはないが、彼はきりもみして壁にぶつかった。あまりの吹き飛びように慌てて彼の様子を確認するも、ただ気絶していただけのようだ。
すぐさまツクヨミトラベラーを取り出し、毬乃さんへ連絡する。
「あ、毬乃さん? なんだか変な人に襲われたんだけど? いや、やけに弱かったから邪神教ではないと思う。多分普通の学生? 式部会関連かな? あ、そうそう、家に帰ったらちょっとお願いがあるんだ。うん。じゃあ」
毬乃さんに連絡を入れると彼をじっと見つめる。
町中で襲われるイベントは何があっただろうか? いくつか候補あるんだよなぁ。
まあリストアップは眠る前にやろうか。確かすぐに大きな事件につながるのはなかったはずだし、そもそも俺は瀧音幸助だからな。
とりあえず家に帰って忍者系のスキルを入手する準備をしよう。そういえば俺って明日から行動を開始して良いのだろうか?
「そういや俺、ギャビーの連絡先知らないじゃん!」
まあ仕方ないしベニート卿に頼むか。あと一応文句を言っておこう。
それにしても大丈夫かな。ギャビーとの決闘。単純なタイマンだったら絶対勝つからいいんだけど、あのダンジョン攻略勝負来たりしないよね? あのダンジョンが来たらいろいろ面倒だから、ベニート卿に仲裁を頼んだんだし。あれは今のななみがいたところでどうにもならないし、マジで当たらないでほしいなぁ。
まあ今回は結花も巻き込まれてるから……あれ、もしかして当たる確率上がる?
い、いやそんなことないさ! だ、大丈夫大丈夫。ゲームでは8分の1だったからな。そうそう当たるもんじゃない。
………………………………なんだろう、そこはかとない不安を感じる。1週間前なのに完成報告がされないぐらい不安だ。ゲームは発売して欲しいが、こっちは一生延期でもかまわない。
しっかりフラグ立てときました_(:3 」∠)_
ただ、瀧音強化イベント挟んでからか。