107 三会の役割
「良いと思う」
リュディが三会に入会することは個人的に賛成である。もちろん皇女という彼女の立場を考えれば、式部会は少しどうかとは思う。しかし生徒会や風紀会ならば皇女という肩書が枷にならないし、卒業後の評価も上がる。
「雪音さん個人からのお誘いで、まだスカリオーネ聖女には通してないらしいんだけど」
「いや、リュディなら大丈夫だ、入れないわけがないし、聖女は断らないよ」
「なに断言してるのよ」
聖女は多分どうでもいいなんて思ってるだろうから。もちろん言うつもりはないが。
「主観的に見たら当然どころか入会させないのは愚の骨頂だと言えるし、客観的に見てもぜひ入会させるべきだと言われるだろうな」
成績は非常に良い、人気は非常に高い、戦闘もこなせる。主観的にも客観的にも最高としかいえない。
「俺はリュディのことを知っている。式部会だけは反対したが、生徒会も風紀会もリュディには相応しいと思う。自分をより成長させたいなら特に、入るんなら応援するというか、一緒に頑張っていこうになるんだがな」
「そう、それ」
リュディは一足先に食べ終わったラーメンのどんぶりを、店員さんが取りやすいように移動させる。
「三会っていったい何をしているの?」
多分彼女が言うのは表向きのことではないだろう。
俺はあたりを見て小さく息をつく。
「……場所を変えて話すか」
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「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
麻の葉文様の服を着た女性はそういうと、頭を下げ退室していく。彼女に案内された和室には俺とリュディの二人しかいない。
頂きますと抹茶チーズケーキを口に入れ、顔をほころばせるリュディに問いかける。
「話すにあたってなんだけど、リュディはどの程度三会について知っているだろうか?」
「生徒会は学園祭やツクヨミ大会などのイベント運営でしょ? 風紀会はその名の通り学園の風紀を整えるのよね」
頷く。
「そして俺が入会した式部会が、監査や人事とかだな。あとは様々な裏方作業」
まあ、総合情報端末でも学園規則と一緒に確認することができる、周知の事実である。ここまでは。
「さて、リュディは気が付いているかもしれないが、三会はそれ以外に役割がある」
「なんとなくだけど察してるわ。幸助が式部会に入ったのを見て、確信に変わったもの。幸助のことを知る人なら、なにかしら思うことがあるんじゃないかしら?」
伊織君とか里菜ちゃんね、と彼女は付け加える。
確かに二人なら何かしら思うことがあるかもしれない。そもそも伊織はすでに生徒会の下部組織で有力生徒として見られているらしいから、遠くない未来に色々知ることになるだろう。
「その通り。実際には裏の役割がある」
「そうよねぇ……」
「それで、どんな役割かっていうと……うーん。まずはテーマから話すか。それぞれの会にはその裏の役割を表す言葉があるんだ。風紀会が『正義』『模範』、生徒会が『模範』『目標』、式部会が『目標』『宿敵』」
「なんだか重なっているテーマがあるのね」
「そうだ。ただ三会にはそれぞれ違ったテーマがあるが、実はそのテーマはとある一つの目的を達成するためにあるんだ」
「ひとつ?」
「そう、学園生の能力向上さ」
「……なんだか普通ね」
「もちろん普通さ。でも魔法学園が何のために存在しているかといえば、その割合は大きいだろう?」
卒業後、研究者になるものもいれば騎士団に行く者もいる。冒険者として新世界に旅立つ者や、ダンジョンを攻略する探索者となる者だっている。彼らが一番求めているものはそれぞれの能力であり、魔法学園はそれらを育てるためにある。
「そうね」
「さて、それじゃ一会ずつ説明していくか」
「まず、風紀会にしよう。……まあ先輩が詳しく教えてくれるだろうから、軽く話すぞ。『模範』はそのままだ。生徒たちから見て模範的な態度をとろうって意味だな。それでいて『正義』はまあ、なんとなく察せると思う。学園の風紀を取り締まるからな。ただ、もう一つ役割があって……そっちについては先輩から詳しく聞いてくれ」
「雪音さんから? ……わかったわ」
と俺は息をつき、抹茶パルフェを一口食べる。
「さて、次は生徒会かな……の前に前提を挟むか」
「前提?」
「ああ、より理解しやすいようにな……さてだ。学園生の能力を向上させるためには、どうするのがいいと思う?」
「漠然としていて返答に困るわね。ええと……勉強、訓練。そしてダンジョンへ行くことかしら」
「そうだよな、しかしだ」
頷きながらパルフェを口に入れる。そしてスプーンを抜き取ると、剣を振るようにアイスに差し込んだ。
「訓練や勉強には質がある」
「質?」
「ああ、いい訓練と悪い訓練がある、それによってどれぐらい自分の為になるかが決まる」
「なんとなく言いたいことが分かったわ」
リュディはそういってフォークを皿の上に置く。
「要するに、良い先生と、良い場所なんかで修行することが、普通に訓練するよりいい訓練ができるって言いたいのね?」
「ああ、そうだ。生徒会、式部会の役割はその質を上げることにつながっている」
「どういうこと?」
「生徒会、式部会は生徒たちに良い学習を促すための役割を担っているのさ。そう、いろんなものに影響を与える大きな要素である『モチベーション』をね」
褒めて伸びる子、怒られて伸びる子がいる。仲間や目標がいてモチベーションを上げやすい子が居れば、目標となる敵がいてよりモチベーションを上げる子もいる。
「例えばだ。図書館で真剣に勉強している、大好きで尊敬する先輩を見て、私も頑張ろうと勉強したくなるだろう。あるいは授業を真面目に受けず遊んでばかりなうざくて大嫌いな奴に、負けたくないと勉強を頑張ろうと思うこともあるだろう」
「思うわね…………そっか」
「ああ、生徒会のテーマ『模範』『目標』。生徒たちが憧れる目標となることで、モチベーションアップを狙うのが生徒会。また時には生徒達側に立ち、褒める、慰めるなどして背中を押す役目もある」
「うん。生徒会が『憧れの目標』なら、式部会の『宿敵』で『目標』は……つまりそういうことね」
「そう、お察しの通りだ。式部会のテーマ『目標』『宿敵』。これはわざと敵を演じることで学園内のヘイトを集め、『超えたい敵として目標』になる」
「幸助が入会したから、式部会が本当の悪ではないと思っていたけど、それを狙ってわざと悪になっていたのね」
まあ、ゲームだから成立してる設定だよな。普通の学校でうまくいくわけがないし、そもそも実施すらできないであろうが。
「また式部会は学園生の敵になることで、同時に別の役割もこなすことになる。風紀会や学園としてはこっちの方が重要かもしれない」
「別の役割?」
「ああ。それは学園生に団結させること、そして治安を良くするんだ」
「団結させて治安を良くする?」
「一致団結させるには同じ目標を立てるのもいいが、共通の敵を作る方が圧倒的に団結する。それに恨みとか妬みなんかがあれば、より団結しやすくなる。そして……」
「そして……?」
「敵の敵は味方になることだってあるだろ。だから負の感情をなるべく一手に引き受け、式部会以外にその感情がいかないようにするってわけだ」
まあこれが裏目に出ることもあって、それはまた別途対応しなければならないんだが。
リュディの目が少しだけ細くなる。
「それって、式部会がかなり危険ではないの……?」
「だからこそ、式部会入会には条件がある。他を寄せ付けない圧倒的な実力、もしくは学園外での権力」
納得したようにリュディは頷いて、フォークでチーズケーキをカットする。
「花邑家にソロ40層の実力者……確かに手を出そうと思わないでしょうね。でも、だからと言って完全に防げるわけじゃないでしょ? 決闘を挑まれたりしそうだわ」
「いつかはされるだろうな」
入会を公表することでひと悶着ありそうだ。その前にクラスメイトへの根回しを終えないと。
「ただ、上級生が1年生へ決闘を申し出るのはしばらく禁止されるから、挑んでくるのは1年生だけだろう。入学してそんな経過していないというのに、俺に挑む奴なんてめったにいな……あっ」
「……なんだか不穏な言葉が聞こえたわね」
「い、いや。多分大丈夫だ。それに勝つか負けるかだったら多分勝つだろうし」
高飛車ドリルお嬢様のことを忘れていた。あの娘は……そこはかとない不安を感じる。ま、まあ未来の俺が何とかするだろう。
「ちょっと、顔が引きつってるわよ……?」
「いや、大丈夫だ。うん、大丈夫大丈夫。よし、大丈夫だって暗示をかけた。話を戻そう。ええと、式部会の話だったな」
「全然大丈夫じゃないわね……何かあったら言いなさいよ」
「ありがとう、頼らせてもらう」
ただ彼女の件に関してはあんまり頼れないかもしれないが。
「まあ式部会はすこし特殊な役割ってことだ。恨まれるし闇討ちなんかもあるかもしれない。それでだ、こっそり俺たちを守る役目を担っている会がある」
「察したわ、風紀会ね」
「まあ、そうだ。表向きは敵対っぽく見られてたりもするが、実はズブズブだからな。学園生のヘイトを集めるために生徒会を含めた三会で演技したり、それが終わった後は三会で打ち上げしてたりするぜ」
「もしかして私たちが初めて見た三会の抗争って……」
伊織たちに三会について説明したときか。もちろん。
「演技に決まってるだろう」
リュディは小さくため息をつく。
「そこだけ聞くと、なんだか風紀会の『正義』も『正義』らしくないわね」
……良い着眼点だと思う。
「まあそんなところだな。詳しく言えば裏ですることはまだあるんだが、とりあえずはここまでにしよう」
大まかに概要は理解できただろう。まあそれ以外にも裏で競い事があったりするし、三会の『真の役割』もあったりするのだが。『真の役割』についてはさっさと六十層を攻略して会長たちに説明してもらおうか。
「さて、パルフェを本格的に頂くか」
と俺はスプーンですくって抹茶のアイスを口に入れる。
それから少しして、抹茶チーズケーキを食べ終わったリュディはぽつりとつぶやいた。
「甘いものを食べると、ラーメンが食べたくなるわよね……ちょっ、お腹いっぱいだから行かないわよ。その目はやめなさい」