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106 らーめん

 眩い日差しがこちらを照りつけるものの、暑いとは感じなかった。

 

 吸い込まれそうな青空に向かって手を掲げ、ぐっと伸びをすれば、眠気やら疲れなどを追い出したかのように体が軽くなり、不思議と気分がよかった。

 時折吹く風は、隣を歩くご機嫌な彼女の美しい金髪を揺らし、普段使っているトリートメントの香りをあたりに振りまく。

 

 彼女は風で目にかかった前髪を払うと小さく息をついた。

「いい風ね」

「……そうだな」


 これ以上ない、絶好のお出かけ日和だと思う。


 家を出る時からご機嫌だったリュディだが、この快晴の下を歩き始めてからさらにご機嫌になった。

 

 それは門の上で四肢を大きく伸ばし、渋い顔で日向ぼっこする猫に会ったことも一助となっているかもしれない。ふてくされたようであきれているような、人間だったらそれほど良い表情をしていたわけではない。しかし猫は可愛く見えてしまうのだから、ずるいにもほどがある。

 

 そして朗らかな笑顔で猫を見つめながら、しっぽの動きに合わせ耳をぴくぴく動かすリュディもまた、ずるいと言わざるを得ない。

 果実のように瑞々しい彼女の唇から、にゃあにゃあと囁かれる猫語らしきものは、残念ながら猫には届いていないだろう。しかし俺の心には届くどころかクリティカルヒットで、今すぐにでもノックアウトしてしまいそうだ。正直俺に語りかけてほしいが、ぶひぶひと豚語で返しかねないから、横でその様子を見るのが一番かもしれない。

 

 繁華街に出たところで、俺はちらりと時間を確認する。

「すこし、寄り道していかないか?」


 と、声をかける。

 このまま行くと昼の行列にあたりそうだから。そういうと彼女は頷いた。しかし、問題もある。行列を避けようとしてそう言っただけなのだが、どこどこに行きたいなど具体的な案はなかった。

 

 今にして思えば、ななみの作ってくれたプランらしきものをしっかり見ておけばよかったかもしれない。

『ご主人様のことが心配で、7時間しか寝れませんでした。ですから私が今日のプランを愚考しました。控えめに言って最高のプランです』

 家を出る直前にリュディがいないのを見計らってそういった彼女は、スッと紙を渡してきた。

 心配など不要であると思っていたけれど、控えめに言って最高だなんて言うから、

『しっかり睡眠とってるじゃねえか!』

 なんてツッコミを入れながら、内心期待して見たというのに、家を出てすぐに甘いヴォイスで誘惑してるし、その後ホテルに直行していたのですぐさま破り返品したものだ。しかもなぜかホテルにななみも同行予定になっていることもまたツッコミどころだろう。

 

 しかし夏に雪が降る奇跡みたいなことが起こって、そこ以外は真面目に記入されていた可能性を考えると、もったいないことをしたかもしれない。

 

「リュディ、どこか行きたい所ってあるか?」

「そうねぇ……」

 そういって彼女はちらりとあたりを見回す。彼女の視線が止まったのは意外なことに普通のスーパーだった。

 

「あそこにしましょ」

「おう、良いぜ」

 スーパーか。なぜスーパーだろうか。

 リュディはお嬢様である。偏見かもしれないが、本来ならば俺みたいな一般人がやすやすと近づいていいのだろうかと思うし、こういった一般的な店にあまり足を踏み入れないのではないかとも思う。

 

 コンビニですら彼女はあまり踏み入れたことが無いようだった。じゃあスーパーもだろうか。実は庶民的なところを巡ってみたいのだろうか。

 彼女に尋ねてみようと思ったが…………一直線にカップラーメンのコーナーへ行って真剣な表情になったのを見るに、俺の考えは間違っていたかもしれない。

 

 両手にカップラーメンを手に取って、吟味するリュディを見つめる。

 今日の彼女は長い金髪を三つ編みハーフアップにし、いつもは後ろに流す髪を一つにまとめてサイドに流していた。おかげで白く美しいうなじを堪能することができる。

 

 私服の時はこの髪型にすることが多いが、非常に似合っていると思う。まあどんな格好をしたとしても、美しい彼女なら似合ってしまいそうだ。

 じっと見ていたからだろうか、リュディはこちらを見て首を傾げた。

 

「その髪型にあってるなと思ってな」

「そ、ありがとう」

 

 なんだかそっけない返しですぐに前を向いたが俺はしっかり見た。真剣で横一文字だった表情が笑顔に変わっていたのを。

 

 これからラーメン屋へ行くというのに、カップラーメンを買った俺たちは、荷物を収納袋に入れスーパーを後にする。


 出入口にあった安売りのチラシに映った大根をきっかけに、浅漬けの話に発展し、一番おいしいドレッシングは何かと、話は弾んだ。

「大根もいいけど、キュウリも良いわよね」

「ラディッシュとかカブもいいぞ」

 と話しながら、マリアンヌに似た人形が飾ってあった雑貨屋に寄り、それから目的地であるラーメン屋へ向った。

 

 書き入れ時からずらしたのが功を奏したのだろう。凄まじい行列ができているらしい店前は、多少の待ち人がいたが長時間待つことはなさそうだった。

 10分程して、俺たちは入店した。

 

「まずその店一番人気よね!」


 このラーメン屋のウリであり、一番人気は油がたっぷり浮かんだこってり味噌ラーメンらしい。

 リュディはそういって目をキラキラさせながら、こってり味噌ラーメンを頼む。鼻歌でも歌いそうな微笑を浮かべ、注文したというのにメニューを見ていた。次回も来る気満々である。

 あえてリュディとは違った味にしようと、あっさり味噌ラーメンを注文するとリュディが見ていたメニューに目を落とす。


 リュディは好き嫌いがない。背油たっぷりであろうが、ニンニクがたくさん入っていようが、つるりと食べて替え玉するぐらいだ。今回も食べられないはずがない。

 

 またラーメン店に来た時のリュディは、普段より饒舌であり、今日も例に漏れない。

「それでね、特殊な魔法を使って、ほぼ味を落とさずにインスタント化することができたらしいわ!」

「なんかいつの間にかすげえラーメン詳しくなってるな……」

 話すことはラーメンのことだけではなかった。

 

「それでね、里菜さんがオレンジ君を思いっきり蹴ったらしいのよ」

 日常のこと、見た映画のことや本のこと、彼女は何でも楽しそうに話してくれる。そんな彼女を見て自然と笑みがこぼれる。

 

 ラーメンが目の前に置かれたのは数分後だった。

 リュディは待ってましたと目を輝かせ、まるで何らかの記念式典に出席しているかのように姿勢を正し、ラーメンと向かい合う。

 たっぷり油が浮かぶ赤茶色のスープに、黄と灰色を混ぜたような色の麺。そして添えられた野菜類に、しっかり味がしみ込んでいそうな卵、そして厚く大きく切られたチャーシュー。

 

 対して俺の方はどうだろうか。油の浮かびは少ないし、リュディのラーメンより黄色みがかっていた。またチャーシューはリュディより枚数が多いようだった。

 

 リュディはいただきますと蓮華でスープを掬い、香りを確認してから口に入れる。

「まるで旨味の暴力だわ……」

 出た言葉がそれだった。

 

 俺も同じように蓮華でスープを掬い、緑色のネギが浮かんだスープを口に入れる。

 注文したのが別の商品だから、感想は違うのは当たり前だろう。俺は上品という言葉があっているように感じた。薬味のネギもまたスープの味を引き立てている。

 

 少し麺を堪能した後に、チャーシューを口に含む。それは非常に柔らかく、口の中で溶けて口の中全体に旨味が広がった。

「チャーシューに味をあまりつけないこともポイント高いな」

 もともとおいしい肉の味を、そのまま生かすこの味付けはまさにベストマッチしているといえるだろう。


 そういって俺のチャーシューをじっと見つめるリュディ。逆に俺もリュディのチャーシューを見てみた。

 よくよく見てみれば、厚さが少し違うではないか。もしかしたら濃度に合わせてチャーシューの厚さや味も変えているのかもしれない。だとすれば、なんてすばらしいこだわりなのだろうか。

 

 もう一度リュディの顔を見る。

 真剣な表情でありながら、目がキラキラしている彼女にあらがえる者がいるのだろうか。


「いいぞ」


 彼女は緑色の指輪をはめた手を伸ばし、どんぶりを自身に寄せる。そしてためらいなくスープを飲み、チャーシューを一つ口へ持っていった。

「ホントお肉の旨味が引き出されているわ……!」

 

 その姿に思わず笑顔になる。ほんと、おいしそうにラーメンを食べる女性だ。

 なんでこう、おいしそうに料理を食べる女性は、こんなにもかわいらしく見えるのだろうか。その様子だけで、こちらはお腹だけでなく心もいっぱいである。

 

「ん、じっと見てどうしたの? もしかしてこっちを食べたいの?」

「じゃあ少しだけ」

 そういって少しスープを飲み、自分のラーメンを食べる。

 

 麺を食べ終わって、あとスープをどうしようかと思ってたところだった。

 そうだ、とリュディが口を開いたのは。

「幸助はもう知っているかもしれないけれど……今日の朝にね、雪音さんに誘われたの」

 

 ああ、と頷く。

 

「私……風紀会に入会しようと思う」

 

まあ、皆さん予想してたかと思いますが…。


描写するかはわかりませんが、瀧音と会う時間は入会前より増えそう。

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