104 「ご褒美をあげたい」
今日は1話です、明日の夜も更新します。
書きたかったところまでストーリーが進んだので、ちょっと閑話挟みます。
「ご褒美をあげたい」
美少女や美女にそういわれたら、どう思うだろうか。
まずは耳を疑うだろう。そして頭の中で言葉を咀嚼して、理解し、体中から喜びがあふれるのではなかろうか。
もちろん俺だってそうだ。ここ最近は本当に頑張った。自分からは絶対に口には出さないが、相当頑張った。何らかのご褒美を与えられてもいいと思う。
しかしだ。
「……?」
姉さんは首を傾げ、どうしたのといった様子で俺を見る。
再度自分に問う。それを言うのが姉さんだったら、どうだろうか。
急にそんなことを言い出したのは、俺の式部会入会が決まり、歓迎会の準備話に花を咲かせる二人の先輩方と別れ、家に帰ってからだった。
「なんだか今日はすごく体がしっくりくるというか、一つ一つの動きにキレがあるというか、不思議な満足感があるんですよ、好調でしょうか」
なんて言うクラリスさんと、訓練をつつがなく終えてシャワーを浴び、食事を終えてさあ今夜は何をしようか、という時である。
とてつもなく気分がよさそうな姉さんが部屋に入ってきて、マリアンヌを抱えてベッドに腰を下ろし
「ご褒美をあげたい」
そう言ったのは。
どうやら俺の反応が薄かったからか、聞いていなかったと思ったらしい。2度目を言われてしまった。
「あ、ごめん。しっかり聞こえてた」
俺が式部会に入会したことを皆に話したからだろうか、それともソロ四十層攻略だろうか、いや、きっかけは何でもいい。とりあえず、今この現状を何とかしなければならない。
さてこの『美女』の『ご褒美をあげたい』は例にもれず、非常に大きな喜びが俺の中に生まれたといっていいだろう。現に俺は非常にうれしい。
なぜかわからないけれど心臓がバクバク鼓動し、思わず唾を飲み込むぐらいだ。
しかしである。喜びと同時に、そこはかとない不安も覚えるのだ。
心も体もそれを求めているはずなのに、どこか一部分が拒否しているような、そんな不思議な気分になるのだ。
「もらわなくても、いつだって姉さんは俺の手伝いをしてくれるし、そもそも姉さんがいてくれること自体が最高のご褒美だよ」
そう答えることにした。
最良の一手であろう。姉さんへ感謝を伝えながら、ご褒美もすでに貰っていることにする。なんてすばらしい返しだろうか。間違ったことは何一つ言っていない。それに欲しいものは今思い浮かばないし、これで流してしまおう。
姉さんはほんの少しだけ目を見開き、しぱしぱと瞬きをする。
そしてスッと立ち上がると、こちらに近づいて俺の隣に座る。そして俺の頭の上に手をのせると優しくなでてくれた。
素晴らしいご褒美である。
「余計に何かしてあげたくなった。何がいい?」
しかし選択を間違ったらしい。より姉さんが俺に何かをしたがっている。
どうすべきか。どうしてもらうべきか?
「うーん。何かしてもらいたい、欲しいものとか、特に浮かばないんだよなぁ」
口から出た言葉だが、実際にその通りである。
姉さんに魔法を教わるのもいいが、今は別でやりたいことがあるから後にしたい。
「ほしいものとか、無いの?」
「そういわれても……」
もちろんあると言えばあるが、それらは姉さんから貰えるようなものではなく、ダンジョンで手に入れる物ばかりだ。
しかし、パッと浮かばないだけで、よく考えれば思いつきそうな気もする。ただ、わざわざ買って姉さんの手を煩わせなくても、なんて思いもある。
「……なら姉さんの要らないもので俺が有効に使えそうなもの、とかないかなぁ」
「新品、買うよ?」
「いや、わざわざ新品買わなくても、って思ったんだよね」
そもそも頭を撫でてもらい、すでにご褒美をもらっている最中みたいなものだ。
だからこそ姉さんの不要物をもらうことで出費を抑えてもらい、俺の満足度が高いものなんかがあれば一石二鳥だな、なんて思ったのだが。逆に難しいことを言ってしまったかもしれない。
必要ないもの、とぶつぶつつぶやきながら、姉さんは首をかしげる。
「……ルイージャ先輩が学生時代に8キロ太った際に使っていたダイエットグッズ、どう?」
なんでそんなもの持ってるんですかね。
「うーん、あまり欲しいと思えないな、もらうとしてもルイージャ先生に許可貰ってからにするよ」
その時の写真とか残ってないかな。さわり程度を話してみて、あんまりつついてほしく無さそうだったらやめよう。笑いのネタにしているようだったら聞いてみるか。
「姉さんの不用品で、俺に必要な物……。なんていうんだろ、おさがりみたいな感じでもらえればうれしいんだけど」
文房具みたいなのでもいいな。あまり高価でないだろうし、何かしらで使えるだろうし。
「消耗品みたいなものでもいいし、実用的な物がいいな。何かあるかな?」
また悩み始める姉さん。少し難しい質問だったかもしれないな。
『あっ』っと顔を上げ、俺を見る。そして少しだけ鼻息を荒くし、少し興奮した様子で俺を見た。
「あった」
こんなに興奮している姉さんも珍……いや最近結構あるな。
「私はいらないけれど、幸助が欲しそうで、すごく実用的な物」
「ほんとっ!?」
姉さんは大きな胸をはって、ふんす、と息を吐く。すごい自信満々だ。さぞかし良いもであることは間違いない!
「こうすけなら絶対喜ぶ物」
「なにかな!」
俺もすごくドキドキしてる。
「支えてくれる、素晴らしいもの」
支えてくれる素晴らしいもの? いったい何だろう? 人形とかかな。姉さんの大切な人形とか、見ているだけで元気になるよな。心を支えてくれる素晴らしいものだ。もしもらったら大切に保存しよう。
「あるのとないので全然違う、美しく見せる」
なんだろう、嫌な予感しかしない。
「……えっと、それは何かな?」
「ブラジャー」
「どうしてその発想に至った!?」
男にブラジャーおさがりしてどうすんだよ! 何を支えるんだよ、どうやって使うんだよ! ただしめちゃくちゃほしいです、めちゃくちゃほしいです、めちゃくちゃほしいです。
「…………っ!」
姉さんは表情をあまり変化させていないが、驚愕していることが伝わる。しかしすぐに何かを思いついたようで、納得の表情でうなづいた。
「大丈夫、渡す前にしっかりつけておくから」
「ほっ、それなら安しんしてつか……ってならないよ! ブラジャーもあれだけど、どうして使用済みという発想に至った!?」
「母様は使用済みの方が喜ぶって話をしていた」
あいつ娘になに吹き込んでやがるんだ。
ただ使用済みの方がうれしいことは否定できない事実であるし、全国の紳士たちにアンケートをとっても、圧倒的多数で使用済みに軍配が上がるのではないかと予想する次第である。
しかもだ。
「そもそも、姉さんの要らないものだよ、どう考えても必要なものだよね!?」
姉さんが使わないものだったらいざ知らず、毎日しっかりつけてるよね?
「ショーツとおそろいだったけど、ショーツがダンジョンに飲まれたから」
あっ……。
「そ、そのですね。た、確かに姉さんが要らないものかもしれないけれど、俺にはちょっと実用的な物であるかは……」
「急に女装したくなったときとかに……」
「ならないわ! 一生ないわ!」
「似合うと思う」
「似合ってもやらないよ!」
「そっか……」
なんでそんなに残念そうなんですかね。
「なら、どうすればいい……?」
「そ、そうだよな」
ふと思う、あんまり出費させないで、必要な物を入手するなら、
「来週にでも一緒に買い物行かない? 何かその時プレゼントしてくれればいいかな」
最初からこれでよかったのでは? そんな高くないもので使いそうなもの買えばいいし、最悪ご飯をおごってもらえばいい。素晴らしい案だ。
「任せて」
ピッと親指を立てる姉さん。
一つだけ懸念があるとすれば、姉さんが自信をもって言う『任せて』は、基本的に任せられないことだ。
式部会関連は明日以降です