10 事件解決、合流
気がつけば俺はトイレの便器に座っていた。どうやら相当慌てていたのだろう。リュディ達から逃げ出した後の記憶が綺麗さっぱり抜けている。
顔に巻いていたマフラーを外して首に巻くと大きくため息をつく。
「なんか俺最後やばいことしたな」
なんで俺はエロゲ主人公みたいな事をしているんだ。転んで女の子のおっぱいをもんでしまうなんてエロゲの主人公がやるべき事だろう。俺みたいな三枚目(道化役)がすべきことは、ヒロインにセクハラ発言をしてぶん殴られたり、蹴られたりする役だ。でも蹴られたときにめくれたスカートの中をしっかり確認するような男。それが瀧音幸助だったはずだ。
あの白いショーツ姿、良かったな……。
いや、何を考えているんだ俺は。思考を切り替えよう。
助けられたのでよかったのだ、そう思おう。今後色々大変そうではあるが、助けたことに後悔は全くない。あそこで行動しなかったら、このさきずっと、それも死ぬ程後悔していたことだろう。ただし。
「シナリオ、大きく変わるだろうか……」
現時点をゲームで当てはめれば、まだ物語が始まってすら居ないのだ。物語が始まるのは入学一日前からだから、あと一週間以上はある。しかし今回俺がした改変は、かなり大きな違いになる可能性がある。
そもそもリュディが登場するのは学校が始まってから少しした後だ。彼女が登校してすぐにとあるイベントを発生させ、主人公達と共闘するのだが……果たして彼女は遅れて入学するだろうか。
彼女の入学が遅れた理由は実家の都合となっていたが、十中八九さっきの事件関連だろう。一応事件自体は発生したことだし、遅れて入学はあり得る。
「俺が助けたことが変に影響……する可能性はあるなぁ」
ゲーム内でリュディは、花邑毬乃を崇拝しているところがある。それはゲームでは花邑毬乃が彼女を助けたことに関係があるのは間違いない。もしかしたら直接的な理由ではないかも知れないが、一因になってはいるはずだ。
今回俺が彼女を助けてしまったから、それがどうなるか。コレガワカラナイ。最悪学園に入学せずに国へ帰る可能性すらある。リュディはメインヒロインかつ運営のお気に入りの一人であったため、とても強キャラだった。主人公パーティにいてくれればかなり頼りになるのだが。
「まあそれはどうしようもないか……むしろそっちについて考えるより、今後どうするか考えた方が建設的だよな……」
今回の戦いでは色々なことを学んだ。まず対策すべきは俺の弱点だろう。二人を守りにはいった時に、辺りの状況がまったくうかがえなかったことだ。まるで布傘を全方位にかざしたような状態だ。それによってどこに敵がいるかがよくわからなかった。壁を作りながら、視界を確保できるようになれないだろうか。
「普通に考えたら無理なんだけど、ここって魔法世界なんだよな……」
スキルが存在するならば、『心眼』『透視』が有用かもしれない。心眼は先輩に案内されるあの場所で入手できるはずだから、少し試してみるとしよう。幸いあの土地の所有者は毬乃さんだ。
……そうか、運が良ければもう会えるのか。彼女に。
さて、次に遠距離攻撃だ。俺の能力は遠距離に弱い。非常に弱い。もともと弱点と解っていたものの、実際の戦闘で遠距離の大切さが身にしみるほどわかった。ものがあれば掴んで投げることも出来るが、無ければ俺は無力に近い。弓や銃や手裏剣のような武具を持つのが良いかもしれない。飛ばしたり投げたりするアイテムに即興でエンチャントを施せば、威力も上げれるし弱点もつけるだろう。
「それ、良い考えだな」
エンチャントが得意で魔力タンクみたいな俺にピッタリの戦い方に見える。であれば一番何が向いているかを学園で確認し、それを伸ばすことに重点を置こう。あとは財布とも相談しなければならない。
「お金か……ホント失敗したな……」
既にほとんどの金を使ってしまったというのに、一番高かったストールをリュディのところにおいてきてしまった。しかし回収しに行きたくない。
「もしかしたら俺の正体がばれてないかもしれないしな……」
顔にマフラーを巻いていたおかげで顔は見られていないはずだ。この事件を知らなかったことにするか? 無理だ。リュディが学園に入学した後にばれるのは時間の問題といって良いだろう。俺の戦い方が超特殊だから。
「なるべくばれないよう、リュディの前では戦わない。これしかないな。いずればれたとき用にどう行動するか考えておこう……」
土下座かな? まあそのとき一緒にストールを返して貰おう。今思えば彼女のスカート代わりにストールを置いてきたが、あそこにはテーブルクロスがあったからそれを巻いて貰っても良かったんじゃないだろうか。でも今さらだ。
まあ予備のストールは新しい家に送ってるから、なんとかなるか。って。
「あっやばい、今何時だ? 毬乃さんとの集合時間がっ!?」
急いでスマホを取り出して画面を確認する。しかし時間を見ることは出来なかった。
「あ、あれれぇ……おっかしいぞぉ」
買って貰ったばかりのスマホの画面には大きなひびが入っており、電源を押しても液晶は何ら反応を示さなかった。
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毬乃さんと合流できたのは一日経過した後だった。集合場所は封鎖されていて会いに行けなかった上に、スマホが壊れればもうどうしようも出来ない。毬乃さんは毬乃さんでこちらへ連絡を取ろうとしていたらしいが、連絡が取れることはない。
「無事で良かったわ」
なんとか会えたのはホテルスタッフのおかげだろう。何度かホテル受付のお姉さんに、毬乃さんへ連絡を取ってくれるよう、頼み込んだ甲斐があったというものだ。最後まで連絡こそしてくれなかったが、伝言は伝えてくれたようで、なんとか会うことが出来た。
「ゴメンね、かかった宿泊代は返すから」
「いや、いいですよ。漫画喫茶にいたのでさほどお金掛かってないし、以前もらった生活費も余ってるし」
そういうと毬乃さんは平伏している男性をギロリと睨む。睨まれた男性と隣に立っていた受付の女性も身を縮こまらせた。
どうやら毬乃さんは激怒しているらしい。まあ俺を驚かせようとしてスイートルーム(日本円に換算して一泊45万円)を予約したのに、漫画喫茶(休憩1480円)に泊まったからだろう。口には出さないが、めちゃくちゃ泊まってみたかった。
毬乃さん名義でしか予約していなかったのが失敗の一つだ。残念なことに俺一人では宿泊できなかった。超高級ホテルに学生が来られても……である。それにホテルの人はそれなりに行動してくれたのだから、決して悪いわけではない。
そもそも隣のカフェで爆発はあるわ、ホールの一つで魔法戦闘があったわで、ホテル自体がそれどころではなかったであろう。
「会長のひ孫であり、取締役の孫の彼にずいぶんとまあ……」
「まあまあ毬乃さん、そこまでにして……プライバシー保護しなければならないホテル側からすれば当然のことなんだから、ね。ホテルとしての対応は間違ってなかったよ」
瀧音幸助はずいぶん偉い人の血が流れてるんだな、と自分の境遇に驚きながらも、毬乃さんをたしなめる。どうやら俺の母方親族は、大手会社の中でも重役らしい。二人はいつ倒れてもおかしくないぐらい、顔を蒼白にしていた。女性の方は少し震えている。
「そう……ゴメンね。ではあなたたち、この場は任せますよ」
そう言って毬乃さんとホテルを後にする。隣のカフェ爆発とホテルの一室がテロにあったことにより、営業どころではなくなったらしい。本来ならここで食事を取る予定だったが、近くのレストランへ行くことになった。まあしかたない。ただ、
「どうしたの、そんな顔して」
「いや、まさかリムジンが来るとは思ってなかったから……」
このお金持ち待遇は止めてほしい。急にリムジンが来るし、屈強そうなサングラススーツ男がいるし。ホテルに到着するまでは、こんな待遇なんてなかったのだが。
「ホテル側からどうしてもって言われたのよ。こちらから送らせてくださいって」
まあテロらしきことがあった次の日に、花邑家の人を護衛なしでひょいひょい歩かせられないのだろう。というか俺がホテルの従業員側だったらリムジン手配する。
喫茶店の周りは警察やら報道陣さらには野次馬やらに包囲されていたが、少し離れれば至って普通の町並みだった。人であふれかえり、幾人かの手にはたくさんの買い物袋が握られている。なんとまあ平和だ。
「ねえ、幸助君」
俺は窓の外から視線を外し、毬乃さんを見つめる。彼女はなにやら真剣な表情で自身の魔法補助媒体で有ろう腕輪に触れていた。その様子ではいつでも魔法が放てそうだ。
「なんですか?」
「昨日ね、カフェだけじゃなくて、うちのホテルでテロがあったの……知ってるわよね」
それはもちろん知っている。なんせその場にいたのだから。
「幸助君さ、昨日カフェの爆発があった場所のちかくにいて、スマホを壊したと言っていたでしょう? でも貴方が壊したのはカフェのせいではなくて、ホテルのテロに巻き込まれたからではなくて?」
思わず唇を噛む。確かにそう言った。嘘を言うことはなく、大切なことをはぐらかしてそう言った。
「……居ましたよ、でもカフェとホテルのどちらで壊したかは分からなかったので、そう言ったまでです」
どう答えるか迷ったが、肯定することにした。嘘をつくメリットとばれた時のデメリットを鑑みてコレが最善だと思う。
「そうね、実は監視カメラで確認したわ」
確認していたのかよ。ある意味引っかけじゃないか。もし俺が嘘を言っていたらどうなっていたのだろうか。
「どうして幸助君は私に詳しく説明しなかったの?」
どう、言うべきだろうか。理由はいくつかあるが、一番の理由は話せない。エロゲでお世話になった(いろんな意味で)ヒロインがピンチで思わず飛び出してしまった、なんて言えるわけがない。
「……怒られるかなと思って」
「確かに怒ってはいるわ。でも聞いた話だと、あなたはテロリストから彼女達を助けたって聞いたけど? むしろ良いことをしたんじゃないの?」
まずいなこれ。リュディ達が何らかの事情聴取して、監視カメラをチェックしてれば、俺がしたことはバレバレだ。イベントのことを考えれば、出来れば学園まではお会いしたことがない体でいたい。だが毬乃さんがリュディ達と話してたら、正体を喋ってる可能性がある。
うん、とりあえず当たり障りのないことを言ってこの場を誤魔化そう。そしてリュディ達が俺のことをどこまで掴んだかも確認しておかなければ。
「……怪しい人を勝手に追跡したとか、何も連絡入れず戦闘したとか……わざわざ危険に首を突っ込んだこととか……怒られそうだなって」
「よく分かっているじゃない……」
ニコニコしながら俺の体を引っぱると、頭をぐりぐり攻撃される。思ったよりも痛くはなかった。
「無茶はしないで私に連絡しなさいと言ったでしょ! でも偉いわ」
彼女はそう言うと、今度は抱き寄せられ、頭をなでられた。
「本当にファインプレーだったわ。知ってるかしら、貴方の助けた彼女、トレーフル皇国皇帝の次女なのよ」
「へぇ……ってえぇぇぇえ、うそっっっ!」
と、彼女から離れながら驚いたふりをする。そんなのもちろん知っている。何度エンディングを見たことだろうか。彼女が漬け物が好きなことも知ってるし、目玉焼きには塩胡椒派な事も知っている。朝が非常に弱いことも知ってるし、性癖すら知っている。
「ふふ、驚いた?」
「そりゃ驚いたよ、でもそんな重要なこと教えても良いの?」
被害者女性の情報開示。確かにその場にいた俺だから教えて貰ってもいい情報なのかもしれないけれど、話さなくてもいいぐらいの情報でもある。こちらからは聞くつもりもなかったし、言わなかったらそのまま胸にしまっておくつもりだった。いずれ発覚するだろうが。
「実は話そうかどうか迷ったんだけど……今後を考えて話すことにしたの」
今後、ね。
「どういうこと?」
「まだしっかり決まったことではないから、詳しくはもう少し先に説明するわ……どうやら到着したようね」
車が止まり筋肉質の男性がドアを開けてくれる。俺は開けてくれた彼に礼を言うと、毬乃さんと共に奥へ進んだ。
開けられたふすまの先を見て思わず息をのむ。そこはテレビとかでしか見たことのないような部屋だった。純和風。そう言って良いだろう。開けて真っ先に目に入ったのは、黄金の屏風だ。その屏風には、しなやかで美しい鶴が描かれており、その鶴の横には桜の枝と花が描かれていた。そして屏風の斜め後ろにある、床の間には、なにやら高そうな壺と、これまた桜の木が描かれたシンプルな掛け軸がつられていた。割ったり破いたりしたら、軽く数百万は請求されること間違いない。
また開けはなたれた障子の先には、美しい庭園が広がっているのが見える。植えられた立派な松の横には、底が見えるほど透き通った池があり、中では鯉が泳いでいた。その水の澄み具合は、鯉が空中に浮いていると勘違いできそうな程だ。座って風景を見ているだけでも、数時間ぐらいつぶせるだろう。
(はたしていくらの金を払えば、ここで昼食がとれるのだろうか)
俺たちは屏風の前に設置されていた座椅子に座る。するとすぐさま和服の店員がお茶を汲んで、俺たちの前に出してくれた。
(こんな場所、接待でも来たことないな)
「じゃあさっきの話の続きをしましょうか」
雰囲気に飲まれてそれどころじゃなかったが、とりあえず頷いておいた。てかこんなとこに来るんだったら、学校の制服とかスーツとか和装で来たかった。ここで今の俺の服は場違いすぎだろう。
食事をしながら、なぜ俺があの場所にいたかを建前と嘘を交えながらそれとなく伝える。すると、毬乃さんはうなりながら頷いた。
「ふうん、なるほどね。結局あなたはリュディヴィーヌちゃんのあられもない姿を見た上で、さらには胸をもんでしまったのね?」
「命がけで彼女を助けたことをスルーして、あえてそこをピックアップするのは止めてほしいんですが」
「何よりも大切なところはそこでしょう?!」
と、毬乃さんは言葉を少し強くする。
まあ確かに事の重大さで言ったら、国家元首にケンカを売るレベルのことをしてるのかもしれないが。胸を触った相手が相手だから。
「いや、でもアレは事故なんです」
ただ、触りたいか触りたくないかで言ったらもちろん触りたいし、土下座程度で触らせてくれるのならばもちろん土下座する。でもアレは事故なのだ。そもそも俺は無理矢理するのは好きじゃない。
「……まあ、確かにテーブルに足を引っかけて転んだとは聞いていますが……故意ではないでしょうね?」
「違いますよ!」
そういうとようやくこわばっていた毬乃さんの表情が氷解し、ほんのりおっとりな毬乃さんに戻る。
「それなら良かったわ。それで彼女、リュディヴィーヌちゃん達がね、貴方にお礼を言いたいらしいのよ」
「達?」
「貴方が臀部を触ったエルフよ」
確かにその通りなんですが、その言い方は止めていただけませんか。もちろんあの弾力ある尻は簡単に思い出すことが出来る。てかリュディもエルフだから一瞬どっちかわからんかった。
「……顔を合わせづらいので、間接的に言葉を受け取ったという事で」
「そうも行かないわよ? なんせリュディヴィーヌちゃんはうちの学園に来る予定なんですからね!」
「えぇー嘘ぉっ?!」
知っている。彼女の美しい美貌、そして得意魔法が風であることで風姫なんて呼ばれたりします。そもそもリュディでなければ助けなかったかもしれない。
「そうなのよ、どう? 驚いた?」
どうやら演技は上手くいったらしい。毬乃さんは大変満足そうに頷いていた。
「驚いた……同じ学校だったなんて。どうしよう、色々触っちゃったんだけど。顔を合わせづらい……」
「大丈夫よ、あっちもそれを気にしてはいるだろうけれど、怒ってはいないようだったわ。そもそも私はお礼が言いたいと言われたのよ」
まあそうでなきゃ困る。相手側が本気で怒ってて、もし『責任取ってくれ』なんて言われたら切腹レベルの相手だ……なんだろう、急に怖くなってきた。次彼女に会ったら殿下とお呼びした方がよろしかろうか。
まあ、どうせ会うのは早くても学園が始まってからだろう。まだ日にちはある。それまでにいくつか対応を考えておけば良いだけの話だ。こういうのは先送りに限る。
うんうん、と頷きながらお吸い物に口をつける。
「という事で近々リュディヴィーヌちゃん達が家に来ると思うから、そのつもりでいてね」
はっ?
「ゲホッゴホッゴホッ………………」
大きくむせながら毬乃さんの言葉を頭の中で反芻させる。
ええと、嘘だろ?





