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庭の子猫

 「ふみぃぃ」


 朝早く俺はどこからか響いてくる鳴き声に気が付き起きた


 寝ぼけ眼で自室の二階から一階の喫茶店へ下りていく



 声が聞こえたのは店の裏側にある中庭の方だろう



 階段を下り、厨房を抜け中庭への扉を開く

 まだ、あまり手入れをしていない中庭の腰位まで伸びた雑草を掻き分けると小さい襤褸きれがうずくまり泣いていた

 「ふみぃぃ」


 「…あー…君は誰だ?」


 俺が声を掛けると襤褸切れはビクッと体を縮こまらせおびえた目でこちらを見ている


 おびえた様子の襤褸切れにため息をついた俺は目線を合わせる

 おそらく子供なのだろう立たせても俺の腰位までしか高さがない


 子供の目を見ながらもう一度俺は聞いた


 「君は誰だい?」


 子供はエグッと鼻をすすりながら一言「エーコ」と名乗った後、可愛い腹の虫を鳴かせた。







 喫茶店『魔法使いの箒』の店長


 それが俺

 異世界転生を果たして十五年、水鏡聡一の今の職業だ


 貧乏な山奥に生まれ

 なんの偶然かソウと言う近い名を付けられ

 五歳を超えた頃に捨てられ

 魔法のあるこの世界で多大な魔力持ちとして宮廷魔術師に拉致られ

 その後勇者と呼ばれる女の子に捕まり

 魔王と戦ったりドラゴンと戦ったりと言う中々波乱万丈な人生を送らされている


 まぁ師匠に拾われたのは運が良かったし勇者ちゃんとの旅も楽しかった

 何回か死にかけたけど仲間のドワーフ君や魔物使いちゃんのスライム枕も気持ち良かったし、ハーフエルフの少女も可愛かった

 エルフの里の閉鎖性には反吐が出たけど


 そんなこんなで俺は一年前に国王から色んなものの報奨金を貰い王都に喫茶店を作り始めたのだ


 こだわり過ぎて仲間のドワーフ君の親戚に大分無理を言ったのは懐かしい


 喫茶店をやると言った時の師匠と国王陛下の顔は面白かった


 周りは当然の様に国に使えると思われていたらしいからな


 皆にはいっぱい恩があるけど基本的に俺は平和主義者なんですよ

 無抵抗主義ではないからやられたらやり返すけどね

 結果相手がどうなろうと知ったこっちゃない

 まぁでも基本日本人だったからね

 助け合いの精神はありますですよ?

 はっはっはっはっは


 中庭に関しては自分の魔法でいじりたいって思ってたから職人には頼まなかった。


 その結果がこのボロボロの子供なんだけどね



 見たところ七・八歳って所かな?

 もう少し小さいかもしれないけど

 俺もこの位の年の頃に師匠に拾われなかったらこんな襤褸切れを纏ってスラムにでもいたかもしれないな

 そう考えれば俺も拾われた身だからな

 少しくらいは周りに返していかないといけないな



 先程からきゅうきゅうとかわいいお腹を鳴らしている子供を見る



 まぁ…

 飯でも食わせてやるか…


 まぁなつかれても困るけど目の前で倒れられても気持ちいいもんじゃないしね


 「腹減ってんのか?」


 と聞けばふるふると首を振る子供

 それと同時にまた虫が鳴く


 俺はため息をつくと子供を引っ張って店の中に入る


 そこで気が付いたのが子供の匂いだった

 おそらくスラムの子なのだろう体も洗っていないのか匂いがきつい

 さすがに飲食店で垢まみれの子を入れるのは憚られるかと思い先に風呂に入れてしまおうと考えた

 因みに職人と一番揉めたのはこの風呂の話だった

 この世界で風呂に入るという習慣はなく高位貴族が湯浴みで浸かるんだかサウナなんだか体拭くだけなんだかよくわからない体の洗い方をしている

 魔法使いに関して言えば浄化と言う魔法で体を綺麗にしている

 しかも意外と高いレベルの魔法だから俺も使ってるのは宮廷魔導士の人達しか見たことない


 確かに綺麗にはなるんだけどあまりさっぱりとしないし、気持ち良い感じではない


 なので風呂に浸かると言う習慣のないこの世界で風呂文化を教えるのが苦労した



 最終的に和解はしなかったがな


 中々話がまとまらず即席で土魔法で浴槽を火魔法と水魔法でお湯を沸かせて職人共を浸からせた



 結果がドワーフ系職人は山に住んでて温泉とかあるのに入らないような水嫌いばかりで体拭けば事足りるとか言いやがった、何とか支持を得たのがドワーフ系以外の職人でそっちに頼んでからは話はすんなり通った。

 勇者ちゃんパーティのドワーフ君は喜んで入っていたんだけどなぁ

 彼は特殊なタイプだったのかと初めて知った瞬間だった



 他の職人からしても結局はお湯を沸かすコストを考えれば魔法でお湯を作れる俺みたいなやつ以外には需要が無いと言われそこがクリアできなければ望まれても流行らないだろうと言われた

 銭湯でもやってやろうかと憤慨しそうになったのは内緒な


 とりあえず俺の朝飯で買っておいたパンを一個渡して食べている間に風呂を入れる



 俺一人しかいないのに温泉旅館のような肩まで浸かってさらに足まで伸ばせるような大きな浴槽に水を張ってゆく

 その後火魔法で温度を上げて人肌より高めの温度、四十度くらいにまで上げていく


 俺の後ろで子供がパンに貪りながら俺の作業に目を輝かせている



 魔法を見るのが初めてのようだ



 手を入れて温度を確認して加減を測るとちょうどよさそうな温度まで上がっている


 ちらりと子供に目をやると一瞬ひるんだがこちらを見ている



 襤褸切れを無理やり剥ぎ取りお湯をかける



 Oh

 この子女の子だったよ…

 しかも猫耳ついとる…

 と言うかがりがりである…完全な栄養不足である…ピューリッツァ賞とかそんなの取れそうなくらいの女の子は個人的には認められない

 垢まみれの体を洗ってやり風呂に入れる

 さすがに襤褸切れをまた着せるのもなんだと思い自室へ戻り服を一枚持ってくる

 俺のサイズだからかなり大きいけど我慢させよう


 「さて、何を作るか…」


 魔道冷蔵庫を開ける

 この魔道冷蔵庫も作るのは苦労した

 プラスチックなんてないから断熱性やら冷蔵用の魔法陣やらかなり気を使った

 これもまたコストの問題で俺のトコにある一点物でしかなくなってしまった

 まぁ俺が欲しくて作った物だから俺が使えればそれでいいって事にした

 作り方を別に規制していないからその内誰かが類似品を作ってくれることだろう


 オープンまでまだ少し日があるからとあまり食品を買い込んでないからそんなに魔道冷蔵庫に食材はない


 有り合わせではあるが試作品のハンバーグ用のひき肉が残っているからそれでハンバーグでも作るか

 胃も弱っていそうだけどさっき普通にパン食ってたから平気だろう


 前世での俺のハンバーグの定義は牛6に豚4が個人的な黄金比だった

 しかし都合よく牛と豚なんていないのでそれっぽい動物とか食える魔獣とかを肉屋の親父に相談しながら決めた

 ニンジンもどきと玉ねぎもどきをみじん切りにしてあめ色になるまで炒める

 この時にきちんと炒める事で独特の苦みが出て食べた時に香ばしさが広がるのだ

 魔法で炒めたニンジンと玉ねぎの粗熱を取って行く

 冷めたらひき肉の入ったボウルに入れて乾燥させた自家製のパン粉にミルクと卵(これも魔獣の)を入れて捏ねていく

 全体的に肉の粘りが出てきたら成型して真ん中を少しくぼませて後はゆっくりじっくり魔道コンロで弱火で焼いていく…ついでに俺の分も作ってしまおう

 魔道コンロは(以下略

 結局前世と同じような物を作ろうとするとひたすら大変な目に合うと言うのはわかった

 まぁそれでも最初から似たようなものはいくつかあったのは少なからず救いだったけどな

 フライパンとか


 蓋をしてハンバーグを暫く置いておくパチパチと肉の焼けるいい音が聞こえてくる


 ふと後ろを見ると猫耳がこちらをピクピクと伺っているのに気が付いた



 「うおっビタビタじゃねーか」

 子猫は俺の言葉に驚いたのかうずくまってしきりに謝ってくる


 「ごめんなさいごめんなさい」



 「あーすまんすまん、別に怒こってるわけじゃないから」

 子猫のエーコを引き寄せると風と火の合成魔法でドライヤーを作り髪の毛を乾かしていく


 「答えたくなけりゃ答えなくていいがエーコお前なんでウチにいた?」

 「…お家燃えちゃった…」

 「(あぁそういえば二、三日前にスラムで火事があったな…結構大規模に燃えたって聞いたな…)」

 「お父さんとお母さんも死んじゃった…」

 「…」

 「お腹が空いてたらいい匂いがしたからこっちにきたの」

 目には大粒の涙を溜めているエーコ今にも泣きだしそうだ

 「そうか…」


 身寄りがなくなっちまったか…

 「それで…あんまりお腹が空いたから泣いてたらおにぃちゃんが来てくれたの…」


 「あーうん、そっか…大変だったなエーコ」

 というとエーコはまたふみぃぃぃと泣き出してしまった。


 俺はエーコを抱きしめてやるとよしよしとあやしてやった。



 その後エーコはすぐ泣き止んだ

 

 作っていたハンバーグもいい具合に焼きあがっている


 いろんな果物や野菜を煮込んで作ったデミグラスソースもどきをかける





 エーコは匂いを嗅いで涎を流している

 その姿は待てをされた犬のようだ

 「それじゃ食うか、いただきます!」

 ハンバーグを一口口に運ぶ

 ほどよく効いた苦みに肉の油の甘味にソースの香りが混ざってよくできている

 「うんうまい」

 と、こちらをエーコがうかがっている

 「どうした?食べないのか?」

 「…いいの?」

 「ああ、冷めないうちにさっさと食べな、食う前にちゃんといただきますっていうんだぞ」

 「うん!いただきます!」


 エーコは行儀もなにもなっちゃいなかったがうまそうにハンバーグを頬張っていく

 「うまいか?」

 「うん!うん!」

 エーコはまた瞳に大きな涙を溜め、それでも美味しいと言いながらどんどんハンバーグを食べていった



 俺も食事を終える

 手を合わせて「ごちそうさまでした」というと、先に食べ終わっていたエーコが慌てて手を合わせごちそーさまと叫んだ

 「ああ、お粗末様」



 さて、食事も終わった。

 この後エーコをどうするか…だな

 幸い孤児院は少し遠いが王都にも存在している

 皆俺の顔は知ってるから連れていけば世話してもらえるだろう

 口を開こうとエーコを見たらいつの間にか足元まで来て俺に抱き着いていた

 「なんえもしるから~おてつだいしうから~」

 と、嗚咽を鳴らしすがるような目つきで見てくる



 師匠も俺を拾った時はこんな気持ちだったのだろうか…

 縋りはしなかったがそれでも差し伸ばされた手を俺は掴んだ

 捨てられて身寄りを無くした俺は弟子にしてもらって生き延びた

 この子は今がその時の俺と一緒なんだな

 自分で助けを求められるだけ俺よりちゃんとしているかもしれない…


 エーコを抱き上げ膝に乗せる

 「うちで働くのは大変だと思うけどそれでもいいのか?辞めるって言われてもすぐには辞められないかもしれないんだぞ?」

 俺はエーコと目を合わせながら真剣に聞く

 「うん!がんばる!だからお仕事をくだしゃい」

 またえぐえぐしているがその眼は真剣にこちらを見返してくる


 「わかった、それじゃまずは飯を食え!」

 エーコはキョトンとした顔になりやがて花が咲くようにかわいい笑顔を見せてくれた


 こうして喫茶店『魔法使いの箒』に可愛い看板猫娘が生まれたのであった

  



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