日本代表監督の思惑
「チェンジ!」一回の表、終了。
ふぅ、スリーアウト無失点に切り抜けられたよ。恋歌の為なら、私の体はどこまでだってやるんだから。
「お、おい、ヤバくねぇか。」
「あぁ、今日の大那ちゃんは化け物だぞ。」
「きっと、日本代表監督がいるからだろ。」
「よくやった、大那さん。ここからは球速を緩めるんだ。」
「だから、言っているじゃないですか。バカ教師。球速を緩めたら、灰仙高校に勝てません。けれど、球速を緩めなきゃ、大那さんの体は壊れます。もう、どうすれば。」
なんか、凄い。先生同士でけんかしているところなんて初めて見た。面白~い。
「日本代表候補に選ばれたことのあるセリフとは、思えんわい。桐谷恋歌がおるじゃろ。最大限に大那の能力を生かすんじゃ。捕手は引き立て役じゃ。引き立て役は何をするか、言ってみ。」
やっぱり本物なんだぁ。ソフトボール始めたころ、この監督をテレビで見たことがある。
けれど感動はしなかった。動物園デートをしたときにみる、動物には興味がない。あれ、たとえおかしいかなぁ。ようするに今は恋歌さえいてくれれば、それでいいんだもん。恋歌の幸せが私の幸せだから。
「引き立て役は主人公を輝かせる。だから、私は夏三の力を最大限に引き出します。」
恋歌、ヤバイ、超優しいんだから。
「よぅ、言おうた。なら、大那夏三のチェンジアップは、この試合使わんでいい。全力のストレートだけじゃ。その後の二試合は、好きにせぇ。」
やっぱり、そういうことになっていたんだ。私が三試合投げることになって。
だけど、恋歌の為だったら、なんだってやる。約束したんだもん、決勝は完封勝利をするって。それに、最初は三試合投げるって宣言したし。
あれ?恋歌、顔色くらい?体調でも悪くなったのかなぁ。
「そ、それって、夏三を三試合連続登板させるってことですか。」
「そうじゃ。」
恋歌、私を気遣ってくれてる。何食わぬ顔をして喋る日本代表監督に食らいついて。
「そ、そんな無茶苦茶です。私は中学からソフトボールやってるから、分かる。まだ一年しかたっていないのに、センスだけで投げられる夏三は本当に凄いです。ですが、死んでしまいます。三試合も全力で投げれば。」
もぅ、褒めてるんだか、バカにしているんだか、分かんないよぉ。けど、ありがとう。恋歌はただ必死なだけ。けれど、そんな恋歌に甘えちゃダメ。恋歌の思いをつなぐ架け橋になるのは、私しかいないんだから。
「恋歌、大丈夫。私は、恋歌の為、チームの為だったら、いくらでも投げられるよ~。」
全部本音。嘘偽りなく、恋歌に笑顔を向け言った。
「私に気を使わないで!!夏三は、分かってない。どれだけ、無茶か。」
恋歌、どうして?どうして、桐谷先生に思いを伝えるんでしょ。
恋歌のきつい一言で、抱きつこうとした手を引いてしまう。
「大切な友達だから、無茶してほしくないの。」
「恋歌、私も同じだよ。大切な友達の為だったら、死ぬことなんて怖くない。」
今にも泣きだしてしまいそうな恋歌の頬を優しく触った。温かい、恋歌の純粋な気持ち、私がかなえさせるんだから。
「よぅ、言おうた。なら、一度死んでもらう。」
「な、なに言ってるんですか。いくら日本代表監督でも、それは駄目です。」
当り前だ、止めに入るのは。まさか、三試合投げたら死ぬなんて、聞かされてない。探偵だったからわかる。この監督、少し頭がおかしい。いくら大那が凄いからって。
「な~に、本当に死にやせん。死ぬちゅうんわ、拳銃の引き金を引くみたいなもんや。それより、始まるわい。」
えっ?拳銃の引き金を引くって、どういうことだよ。あれか、あれなのか。俺がソフトボール素人だから分からない専門用語みたいなものなのか?いや、それにしては誰も意味が分かっていないように見えるし。
「じゃ、恋歌、そういうことだから。それに、つぎは攻め!みんな、勝つよ~。」
「ちょ、夏三。もう、無茶だけは止めて。」
「任せておき~。」
任せるって、駄目だよ。けれど、夏三は私の為だったら、いくらでも無茶する気だ。夏三は、それだけ私のことを思ってくれてる。今何を言っても無駄だ。だからこそ、私にできることは、夏三のコントロール。三試合でも、チェンジアップを多用すれば、なんとか持つ。それでも夏三の体が悲鳴を上げたら、私が試合放棄をする。
捕手である私が、ゲームを投げ出せば、それで済むんだから。
「恋歌、たまには私のわがまま聞いて。」
ベンチに隣同士に座る。もう、なんとなく一緒にいるだけで気持ちがわかる。恋歌は優しすぎる、けれど違うの。その優しさは、自分を犠牲にする優しさは、廉価を余計に辛くさせるだけなんだから。だから、なんとしてでも投げるって決めたの。
「わがまま、聞いてるよ。けど、夏三には。」
温かいなぁ、恋歌の手は。
後輩たちに見られないよう、ぎゅって握った。。恋歌の温もり、優しさ、本当に大好き。こんな細くてか弱い手で、私のボールを受け止めてくれる。いつだって、そう。襲ったときだって、気持ちを受け止めてくれて、この手で抱きしめ返してくれた。恋歌がいなきゃ、本当に私ダメみたい。
けれど、恋歌がいてくれる。だから私らしくいられるんだから。
「夏三、恥ずかしいよ。」
恋歌の吐息は耳元をくすぐる。本当は私のものにしたい。けれど、恋歌は先生が好き。
「ごめん。」




