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――神は天にあり、世はすべてこともなし。
現西暦は、CD六七七ニ年。これは、今から四九三一年前に書かれたロバート・ブラウニング作〈春の朝〉という詩の末尾二行のものだ。
意味は〝世界は平穏に満ち、神は天におり、よって何も起こることがない理想の郷〟だそうだ。
現在、僕は、不完全な理想郷とも呼べない世界に生きている。音一つない暗闇に浮かぶスペース・コロニー。型は〈ホワイト・ハイヴ〉……人工酸素によって充たされた第二の疑似地球……。重力はラグランジュ・ポイントに設置され、その平衡の下、遠心力により一定に保たれてはいるが、人間の精神は宇宙空間の波長とは合わないので、〝ミートゥース〟を毎日定期的に服用しなければならない。それはコロニー内にいる動物も同じだ。前に薬を飲んでいなかった人間がいたが、自殺した。ニュースによると、飲まなかったから自殺したのではなく、自殺したいが為に飲まなかったらしい。死因は発狂により、自分の首をキッチンナイフで掻き切ったそうだ。
ちなみにホワイトと付くのは、白を基調としているからだ。かと言って白一色ということではなく、様々な色がある。木は当然だが、緑で、ニニュースや人気シンガーの音楽が流れる大画面〈イルミネーション・ビジョン〉は、遥か昔のテレビと変わらない上に、若者たちの待ち合わせ場所となっている。
ハイヴ一つにつき、十万人が収容でき、国籍ごと、まさに蜂の巣のようにパイプで繋がっており、他国のハイヴへ行く時は、そのパイプに走っている反重力モービルを利用する。テロ対策のため、税関には特殊訓練を受けた屈強な警備兵が配置されており、ハイヴの真ん中には各国のロイヤル・ファミリーが住むセントラル・タワーがあり、当然のことだが、僕たちは近づくことさえできない。
――今は遠き過去の地球で、数多の命が一瞬にして核の炎により消えた。
何のことはない……と言ってはあれだが……シネマティック・アガスティア(地球の歴史をまとめたもの)によれば、水と生命の星であった地球が死の星と化した原因は、まさに〝核による引き金〟だ。
どこかの国が核の発射ボタンを押し、それに追随して、核保有国が次々とボタンに手をかけていった。そして、地球は人類にとって二度と住めない場所となってしまった。
つまり僕たちは、その時、運よく被曝することなく放射能から逃げおおせた人間の遺伝子を受け継いでいる。