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ライター

作者: 竹仲法順

     *

 十一月上旬、新たな原稿を書くための取材で、普段住んでいる地方都市の自宅マンションを出、飛行機に乗り込み、都内に来ていた。ノートパソコンを一台と、ICレコーダー、スマホを持ち、新宿のホテルに宿泊する。昼間ホテルを出、街のあちこちを見て回った。元々俺自身、推理作家なのだ。ずっと事件モノを書いていた。

 その日、新宿山手署刑事課の永澤(ながさわ)という刑事と会う。永澤は刑事課長で階級は警部だ。

「わざわざB県からお越しなんですね?」

「ええ。近々都内を舞台にした大仕掛けのミステリーを一本書こうと思ってまして」

「そうですか。……山尾さんは確か有名な文芸賞をお獲りになって、文壇に出てこられた方ですよね?」

「はい。昔は大田区蒲田に住んでました。今はB市ですが」

 本音が漏れ出る。永澤が、

「では、今日はたっぷりとお話いたしましょう」

 と言って、話し始める。ICレコーダーのスイッチを押した。それから録音が始まる。永澤は近年の都内の刑事事件の様相などを話し始めた。細かいところまでは教えてくれないのだが、ある程度の事情は掴めた。

     *

 延々二時間ほど、話が続いた後、

「もう結構です。ここら辺りまで話がお聞きできれば十分です。後はホテルで草稿を綴りますので」

 と言い、永澤を静止する。立ち上がり、一度握手すると、

「力作が書けるのをお待ちしてますよ」

 と言ってきた。あながちお世辞じゃないと思い、

「ええ、ありがとうございます。いずれ発売されたら、永澤課長にも一冊サイン入りで献本いたしますので」

 と言って、笑顔を見せる。それから署を出、街を突っ切り、滞在先のホテルへと向かった。さすがに昔住んでいた大田区の方にはもう行かない。あそこは特殊だからだ。ヤクザなど、とんでもない人間たちが実質街を管理している。新宿や銀座などの繁華街には行くのだが、住宅街の方には足を運ぶことがない。

 ホテルに帰り、フロントでカードキーを受け取って部屋に戻った。そしてシャワーを浴びた後、テーブルでパソコンを立ち上げ、ワードを開き、草稿を綴り始める。地元に戻ってからディテールを詰めればいいと思い、大雑把に二百枚ぐらいの下書きを書くつもりでいた。必ずプロットを作っている。いつもだ。

     *

 その夕、キリのいいところまで原稿を書き終え、保存してから、ホテルを出た。近くにラーメン屋があると思い、そこでラーメンを一杯啜るつもりだ。食事には金を掛けない。別に食べられれば何でもいいと感じていた。

 ラーメン屋に入ってから、店員に大盛りのチャーシューメンを一杯オーダーし、席に座る。そしてタバコを取り出し、銜え込んでからジッポで火を点け、燻らせ始めた。新宿区ってあまり詳しく知らない。昔住んでいたのが大田区だったので、滅多に新宿や渋谷などには来なかったのだ。しかも二十年ぐらい前の話である。賞を獲り、晴れてメジャーデビューしてから、作家として駆け出しだった頃、蒲田のワンルームアパートに住んでいた。型の古いデスクトップパソコンで書いた原稿を印字してから持ち、都心に来ていたのだ。編集者などと会うため、カフェなどで待ち合わせして、である。今は四十代半ばを過ぎて、地方都市に移住していたのだが、未だに東京が作品の主舞台となる。

     *

 今回の取材で長編が丸々一本書けそうだ。永澤から都内の警察のいろんな事情などをある程度事細かく取材できたのだし……。テーブルに持ってこられたチャーシューメンを啜りながら、そう感じる。決して無駄足じゃなかったと。最近はもっぱら出版社が、作家であり、広義のライターである俺に資料提供などをしてくれるから、滅多に東京まで出てくることはないのだが……。

 食事を取り終え、店を出てから、冷え込む十一月の新宿の街をホテルまで歩く。幾分気持ちを楽に持ちながら、だ。二十代半ばでデビューし、未だにまだ十分書ける部類の書き手であると思いながら、街を歩き続ける。人ごみに紛れると、いろんな人間の裏の顔が透けて見え、それがまた何より執筆の好材料になる。ここからだと欲望の街である歌舞伎町も十分窺えるのだし……。

                               (了)


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