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ミズイロのおはなし

はらっぱさんぽ

作者: 小縣 しま

いつも不安だった。出掛ける前になると今日で終わるんじゃないか、ポイと棄てられるんじゃないかと、怖くて仕方がなかった。


今朝もおののく姿を見て親友のマサキが笑う。

「オマエにはそれぐらいの緊張感があった方がいいかもな」

その物言いにはいつもカチンとくるけれど、そこで言い返す余裕はとてもなかった。今日も黙って私用の身なりを整えて、下宿の玄関を静かに出た。

待望の休部日だ。怖がる心理と裏腹に、足取りは誰よりも速く軽い。


彼女が今春大学生になった。その国立大は氷川市からバスで一時間ほど西に行った所にある。

「これから氷川に住めるから嬉しいな」

「大学近くに下宿じゃなくて?」

「お父さんが氷川に内示が出たんだって。だから家族で引越すの」

また同じ街に住めるね、そう聞いた時は目の奥が痺れた。安心感が身体の芯に湧いた。気付かないようにしていたけれど、遠距離はやはりキツかった。




大学は文系なので女子学生も多く、そこそこ流行を追うのがデフォだと聞いた。そのせいか、待ち合わせ場所にいる今朝の彼女は恐ろしく目立つ。

(輝き過ぎだろオイ)

あんよが殆ど出る短いスカートって何だ。付き合い始めて三年目なのに、今まで見たことがないのはどういうことだ。髪は栗色だし毛先は軽く巻いているし、他にも華奢な靴だの鞄だのアクセサリーだの、成る程、それまでのナチュラル路線は自分に合わせていたからなのか。

(でも派手過ぎじゃね?)

「目を剥く」という表現はこういう時に使うのか。でもこんな風に国語の復習なんかしたくない。


そう、彼女が自分のレベルにまで降りてきてくれて初めて、二人の付き合いが成立する。今の自分が彼女に釣り合っているのか、皆目検討もつかない。この積み重ねがいつも落ち込む元になり、そしてマサキに笑われる。


だけどいつもあんな感じで通学してるんだろうか。

(まさかナマアシじゃないだろうな)

(またヤロウがめっちゃ見てね?)

小心果てしない嫉妬まみれの小言を脳内で一通り零した後に、何事もないフリをしてさっくりと声を掛ける。

「待った?」

「ううん、今来たとこ」

周りからガードする様にさっさと彼女の隣を守る。途端にヤロウの「うっわコイツか」と御年輩の「あらあらウフフ」とその他大勢の「わあ」という気配が混じった空気がうっすら見える。

彼女は前からとても綺麗だし、自分も背が高過ぎるからか、二人でいると他人の印象に残るらしい。木を隠すには森と聞いた。大都市に行けば自分達も周囲に溶け込むだろうか。

だけど本音をいうと、二人で会う時は、誰もいない所でゆっくりしたい。


「今日はヒラヒラしてんな」

「女子っぽいかな?今度学祭のミスコンがあって」

「え」

「一、二年は学科毎に一人出場しないといけなくて。私、多数決で出る事になって」

「え」

「でも男の娘が半分以上出るオフザケだから大丈夫だよ。女子は変なコスプレもないし、実行委員のオオモリさんもいい人だった。リュウ君の事も知ってたから色々話しちゃったよ」

「え」

その実行委員とやらのフルネームを聞いてクチがへの字になった。確か二年前の中高生対象の海外ジュニア遠征で一緒だったヒトだ。

「とっても優しかったよ。体育部の人達も一目置いてたみたい」

ああいう人達はオンナノコにだけは優しいと思うよ。

「ミスコンは日曜だから、来られそうだったら見にきてね」

「何事もなくこなせることを祈るよ」

「うん、男の娘に負けそうだから困ったなあ。どんな服がウケるんだろう」

それもあんまり気にしなくて大丈夫だと思うよ。


だけど彼女の大学のことなんて、自分にはさっぱりわからない。関わる世界が毎年少しずつ変わるから、言葉をどういう加減で捉えたらいいのかも、いつもまるでわからない。




最近の主導権は全て彼女が握っている。


はじめの頃は圧倒的に自分だった。生意気にも「オレが彼女を守る」みたいな気合で全てを回している気でいた。偉そうな事も恐ろしく青い事も、十二分にクチに出していたのも覚えている。

でも今はそういう事が一切言えなくなった。遠距離恋愛で現実を、競技を通して擬似社会の辛酸を教わり、自分の幼さを見せつけられた。もう世間知らずには戻れない。

気付いたら彼女が今まで譲ってくれていた部分が見えるようになった。自分の欲ばかり押し付けたらいけないとも思う様になった。


「今日はどこに行こう」

「どこがいい?(二人きりになれるとこがいい)」

「友達に教えて貰った台湾ごはんのテイクアウトに行ってみる?公園のそばだって」

「いいね(二人きりになりたい)」

「中華まん、すごく大きいんだって。女子はひとつで充分なんだって」

「残したらオレが食うからいいよ(二人きりがいい)」

そうしたら彼女が笑い出した。

「どうしよう、考えてる事が全部わかる」

声を殺しながらも我慢出来ないらしく、肩を震わせて笑われた。彼女はオレが知っている以上に、オレの事が見えるみたいだ。


「人がいない所がいいんだね」

「違うよ」

「わかりやすいなあ、もう」

「違うって」

必死の否定も可笑しくて仕方ないらしく、随分と肩を震わせる。

「公園なら広いし混んでいないだろうし、割とゆっくり出来ると思うよ」

「そうじゃなくてさ」

先のシーズン、必要以上に注目されて疲れていた時期が自分にはあった。でもその件は彼女はわかっているので、すぐさま「うん」という視線をくれる。

「仕方ないだろ、会うこと自体も久しぶりなんだから」

憮然とするオレに「そうだね、何時ぶりだろう」と同意してくれたけれど、

「でもどうしよう、本当ならうちに来れるといいんだけど、今日はまだお父さんが休んでたの。困ったね」

そうオレに言い聞かせると「困ったね」と、また笑った。


色々悟られて面白くなかった。

「疲れてるおじさんに迷惑かけるつもりないよ」

これは本心。

「うん、ありがとう」

「そういうつもりないから」

でもこれは甘えたい意味。

「うん、そうなのね」

とりあえず公園に行こう。その台湾ごはんのお店にも寄ろう。彼女に慰められる様に言われる状況が、はっきりいって気に食わない。

(もう全部知ってるんだけどなあ)

オレだって彼女の事は心の中以外は全部、目に見える部分も手で触れられる部分も全部、華やかな所も繊細な所も全部、五感全部でわかってるんだけどなあ。

彼女だってオレの事は、本当の本当は知らない筈なのになあ。こういうやり取りは自分の小ささが露見するから、どうしようもなく辛いんだけどなあ。




「なんだ、彼女のコト監禁でもしたいのか」

先日の帰省時に兄に零したら物騒な単語が出てヒドイと思った。

「そんなんじゃなくて!」

「誰にも見せたくなく見られたくなく二人だけ、って独占欲の塊じゃないか」

「そんなコトじゃなくて!」

「そうとしか聞こえなかったが」

ニヤニヤしてこっち見んな。

「じゃあ将来は専業主婦させられるようにお前が出世しろ。綺麗なヒトを貰うと大変だぞ。金かかるぞ」

何故そんなに脅すのか。

「この世は夫の収入と妻の綺麗度は正比例なんですよ。覚えておこうね」

これは先日、オレの成績表を見た優秀な兄からの有難いお言葉なのだ。先立つモノの為には、そちらも重ねて学ばなければならない。結果が出せていないので、ただ憮然とするしか脳がない。




「あ、」

公園前の歩道で、彼女の携帯が鳴った。

「どした?」

「ん、リクからメール……あー…」

画面を暫く眺めてから、ぽそぽそと読み上げ出した。

「お父さん、午後から仕事なんだって。それで寝坊してたんだって」

(え)

「……リクもこれから夕方まで出掛けるって」

(え)

「家に遊びに来たいならいいぞって。どうしよう……どうする?」

顔を覗き込まれた。

「どうしたい?うちに、来る?」

途端に走り出しそうになってしまったので勘弁して欲しい。


だけど走ってはいけない。悔しいのでここで負けてはいけない。今の自分にはブレーキが要る。ブレーキ、でもブレーキってどうしたら。

「うん、でもちょっと、」

何がちょっとだ。

「少し歩いて、この辺見ようか」

そう、歩こう。天気もいいし。散歩しよう。緑も綺麗だし。いいブレーキ。彼女の指に触れる。

「それからさっき行ってたごはん屋に行って」

もし行くのならおじさん達にも何か美味しそうなものを買って。ブレーキだ。また全部読まれているから違う事を考えて。手をつなぐ。ブレーキ。そう、ブレーキ。


でも意味ありげに顔を覗き込まれている。ずっと見られてる。めっちゃ見られる。

「そんな見んな」

「うん」

とても笑われてる。馬鹿にされてはいないけど、やっぱり勝てなくて困ってへこんだ。


ほら、やっぱりこうなる。自分が読めなくて、自分に何が足りなくて何故そうなるのか、どうにもわからなくて困る。

話せばもれなく兄にもマサキに笑われるのが目に見えるので、安易な相談は今後は控えようと誓う。指を絡められる。負け越しの気配が濃厚なので、今日も早々に諦める。




(おしまい)


挿絵(By みてみん)

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