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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

深夜の訪問者 後日談

作者: 森村ウメ

こちらhttp://ka8uma.jimdo.com/%E6%B7%B1%E5%A4%9C%E3%81%AE%E8%A8%AA%E5%95%8F%E8%80%85/ の続きです。


二日前の深夜。

ナオミが所属する組織“southサウス familyファミリー”の社長が、シュウの暗殺を彼女に依頼した。ナオミは組織内の十人の精鋭をともに、シュウを殺しにやってきた。

銃口を向け合う二人、そして銃声。

彼らに決着はついたのか。


――それから、二日後のお話。

 寝苦しい夜だった。


 古びたカーテンから、陽の光が差し込んでいる。倦怠感が抜けない。眠っていたのは何時間くらいだろうか。

 衣服が肌に貼り付く不快さに、寝返りをうつ。左足首がずきりと痛んだが、おそらく捻挫だろう。二日前の銃撃戦で痛めてからまだ完治していない。


 その折、携帯が鳴った。

 手探りで床に落ちている携帯を探り当て、画面を見ずに通話ボタンを押す。


「……はい」

『よぉ、シュウ。俺だ、ロディだ』


 受話器から発する馬鹿でかいダミ声に、顔をしかめる。宝くじの一等を当てたような浮かれようだ。

 ロディは馴染みの情報屋。気のいい髭面の中年男で、飲み屋の姉ちゃんのスリーサイズから大物の暗殺依頼まで、その情報網は多岐に渡る。


『お前、でかいことやらかしたな。ニュースは観たか? 大騒ぎだぜ』

「朝からがなるな……あいにくだが、テレビも新聞も手元にない」

『おいおい、お前どこにいるんだよ?』

「……南アジア」

『はぁ!? またなんでそんな場所に。仕事か?』

「いや、休暇だ」


 ここは、南アジアにある安宿の個室だ。独房を少し豪華にしたような作りで、室内は年季が入ったソファーとベッドとローテーブル、シャワー室があるだけの簡素なものだ。

 意識が半覚醒のままベッドから足を下ろすと、床に転がる酒瓶がつま先にあたった。見える位置だけで五本。倦怠感の原因の八割がコレだと気付く。


「それより、ニュースの件だが……」

『いいぜ。いくら出すよ? 酒でもいいいぜ』

 

 ロディのニヤつく顔が浮かぶ。こいつは酒に目がない。


「相変わらずがめつい奴だな。新聞を買った方が安く済みそうだ」

『まぁ、待て待て。新聞に載ってないことを教えてやるよ。

 お前さんがやらかした昨夜の件な、後ろに大物がついてたのさ。中東の石油王。俺より百倍、金にがめついじいさんだよ。

 な、いい情報だろ? ウォッカの酒瓶一本と交換な。へへへっ』

「知らん。勝手にペラペラ喋ったのはお前だろ」

『そんなぁ~、かたいこと言うなよぉ、シュウ』

「黙れ」


 ロディが勝手に情報を押し付け、酒をせびるのはいつものことだ。突っ込む気はとうに失せている。

 だが、身に覚えがないことが一つ。


「それより、俺がやらかした昨夜の件とは何のことだ?」

『とぼけんなって。俺に言わせる気か?』

「昨日は丸一日移動だった。航路と陸路を乗り継いで、ここに着いたのは日付が変わってからだ」

『またまたぁ、嘘が上手いねぇ。“サウス ファミリー”の高層ビルを吹っ飛ばしたのは、お前なんだろ? なぁ?』

「……吹っ飛ばしただと?」


 “サウス ファミリー”は中東を中心に暗躍する組織だ。

 二日前の深夜。

 “サウス ファミリー”の精鋭十人(ナオミは見失ってしまった)を始末したのはシュウだが、銃撃戦で左足首を捻挫したために移動してきた。いずれ攻撃を仕掛けるつもりだが、それはずっと先のことだ。

 おかしい。

 あそこは、ナオミが重役の護衛を引き受けている。襲撃を許すようなヘマをやらかすだろうか。


「俺じゃない」

『……え??』

「だから、俺じゃない。誰がそんな大事おおごとをやらかしたのか知りたいくらいだ」

『マジかよ、お前じゃないってのか!! じゃあ、いったい誰が……って、おいおいマズイぞ。お前の仕業だって噂は広まってるんだぜ』


 面食らったロディが早口でまくしたてる。


「だから、がなるな。……ったく」


 うんざりした声で言う。

 もうすっかり目が覚めてしまった。

 床に転がったミネラルウォーターのボトルを拾い上げ、生ぬるくなった水を胃に流し入れる。


「俺がやったと誰から聞いた?」

『情報屋の間じゃ、お前がやらかしたって話になってる。言ってるのは、一人や二人じゃないぜ。情報元を辿るのは、苦労するんじゃねぇかな』

「なるほど」

『な、お前に恨みを持ってる奴とかさ。いねぇの?』

「いるだろうな。正直、多すぎてわからん。ただ……」


 仕事上、俺に恨みをもっている奴は多いだろう。同業者、殺した奴、傷つけた奴の家族や知り合いも含めると三桁はくだらない。

 いったい誰だ。

 検討がつかないのは、別にいい。放っておいても、向こうからやってくるはずだ。

 それより気になるのはナオミのことだ。生きているのか、死んでいるのか。


『どうしたんだよ?』

「ロディ、三十本だ。お前の好きな酒瓶と引き換えに教えろ」

『お、おぅ、言ってみな』

「社長のそばに女の死体は?」

『一体あった。社長の秘書だとよ。べっぴんのパツキン姉ちゃんだぜぇ~、勿体無い』

「……そうか」


 金髪の社長秘書なら、何度か会ったことがある。死体がその秘書なら、ナオミは生きているのだろう。居場所を探して、彼女に詳細を聞けばいい。


 そこで気付いた。

 ごく小さな違和感だ。部屋の温度が急に下がったような感覚。荒事が起こる予兆の空気を。


「客が来た。切るそ」

『えっ、おい……』


 一方的に携帯を切ってベッドに放るとともに、テーブル上の銃を取る。残弾と遮蔽物の位置を再確認。先に撃たせるか、それともこちらから仕掛けるか。廊下の靴音が近づいてくる。

 ほどなくして、携帯の着信が鳴った。

 知らない番号だが、構わず通話ボタンを押す。


『……だ~れだっ』


 響きのある甘い声。すぐに分かった。右手に銃を持ったまま、不機嫌にドアの前へ。


『開けてくれない? 今ね、シュウちゃんの……』


 ドアを開けた先、廊下に背を預けて女が立っていた。

 片手に携帯。タイトなシャツとパンツ姿。普段まとめて上げている長い髪が、首筋にゆるくまとわりついている。

 女が微笑む。柔らかい笑みだった。


「来ちゃった。いきなり部屋に入るのも悪いと思って、電話してあげたの。入っていいわよね?」

「……ナオミ。お前、なぜここに」

「お邪魔しま~すっ」


 シュウが止める間もなく、ナオミは一直線にベッドへ向かった。

 探す手間が省けたのはいいことだが。


 この女……。


 なんとか苛立ちをおさえて、後ろ手に静かにドアを閉める。

 が、すぐに思い直した。


 俺が苛立ちを抑える必要がどこにある。こいつには言いたいことも、聞きたいことも沢山ある。さらに付け加えるなら、二日前に殺されかけてる。

 女に手を上げる趣味はないが、拳で顔を殴っても釣りがくるくらいだ。


「…………」

「ねぇ、お水買ってきて。軟水ならなんでもいいわ。もちろんシュウちゃんの奢りで」


 ナオミは、シュウの苛立ちなどお構いなしだった。

 小ぶりのバッグとレッグホルスターを外して、ベッドの足元側へ乱暴に放る。


「ついでに、ベッド借りるわね」

「お前、勝手に……」


 瞬間。

 入って好き勝手するなと怒鳴りつけようとしたシュウが、顔を真横に背けた。


 衣擦れの音。


 ナオミは、タイトなパンツのホックに手をかけ、ジッパーを下ろし、そのまま脱いでソファーへ投げる。シャツも同様に脱いでソファーの上へ。タンクトップのしたから器用にブラを外し、これもソファーへ投げた。


 シュウの視界のすみで、白いものがチラついている。最悪なことに、白い面積は減るどころか増していた。

 落ち着かなさと腹立たしさのせめぎあい。

 結局、腹立たしさが勝り、苛立ちが頂点になった。


 イラつく。


 まったくこいつは、人をイラつかせる天才だ。

 まともに話のできる相手じゃない。

 こんな女に振り回されて、馬鹿か俺は。


「……いい加減にしろよ」


 押し殺した声。

 俺が苛立つだけこの女は喜ぶ。らしくない行動はやめろ。

 聞くべきことを聞きだしたら、追い出せばいい。

 簡単なことだ。

 

 右手に銃を持ったまま、ベッドを占領するナオミを見下ろす。

 タンクトップとショーツ姿で、無垢な寝息を立てたままだ。

 ――いや、そうではない。

 透き通った肌が普段より白く青ざめて見える。呼吸が浅い。ふと腰に巻かれた包帯に気付く。その包帯の左側が、赤く滲んでいるのが見えた。


「お前、出血しているのか?」

「……縫合……してある、から」

「どこでその傷を?」

「……内緒。もぅ……いいでしょ。寝かせて」


 すっかり戦意を削がれたシュウは、ベッドに腰掛けた。念のためすぐ銃を抜ける位置――右腰の後ろの辺りにねじ込んでおく。

 傷の大きさは分からないが、出血量が多いのかもしれない。放っておいてもすぐに死ぬことはないだろうが、二、三日安静にするべきだろう。


「よく平然としていられたな。気付かなかった」

「んっ……」


 吐息まじりのナオミの声。

 弱っている姿を初めて見た。

 シュウの右足にナオミの膝が触れる。適度な弾力がありそうな太もも。ヒップラインから腰へ続くゆるやかな曲線。シュウは吸い寄せられるように、彼女の肌に触れようとして……。


「っ!??」


 強く左腕を引かれたかと思うと、一瞬で天地が引っくり返った。


 シュウがベッドに仰向けになり、上にナオミがまたがっている。右手は彼女の左手で抑えられ、シュウの首筋にナイフの刃先が皮一枚分食い込んでいた。


 投げ飛ばされる瞬間も分かったし、ナオミが枕元のサバイバルナイフに手を伸ばすのも見えた。

 反応が遅れたことを悔やむ余裕はない。

 見上げたナオミの左腰が、鮮やかな赤に染まっていく。

 感情の抜けおちた双眸が、シュウを見下ろした。


「その腰に隠した銃であたしを殺すつもりだったの? 馬鹿な男……血が足りなくてクラクラしてるのに」


 シュウは、横目で右腕を見た。

 掴まれた腕を跳ね除けるのは容易い。しかし、腕が自由になると同時に、自分の首から血が吹き出して死ぬだろう。ナオミが首に押し付けた刃先を押すか引くだけで済む。

 口元に捕食者の笑みを浮かべ、ナオミが言った。


「場数の桁が違うのよ、シュウちゃん。あなたがあたしを撃ち抜くのと、あたしがあなたの首を切るの。どちらが速いか試してみましょうか……ねぇ?」

「…………」


 長い長い沈黙。

 終わりはあっけなく訪れた。


「あぁ……もう……限界」


 どことなく官能的な声で呟き、ナオミの体がぐらりと傾く。

 シュウが、避けようか支えようか迷ったの一秒弱。行動が決まらない内に、ナオミが倒れ込んできた。


「ぐっ」


 背中が嫌な汗でべっとりと濡れているのが分かる。

 苦しい。

 上に乗っているナオミの体重分というより、心理戦ですり減った神経が今になって酸素を求めてきたからだ。


「……ナオミ?」


 反応なし。今度こそ気を失っているのだろう。


 この女……。


 いまいましく思いながらも、柔らかい双丘が眼前にある状況は悪くない――頭の隅でそう思った。



◇◆◇



 翌日。


 目覚めたナオミに聞く。

 “サウス ファミリー”のビル爆破と社長・幹部の暗殺は彼女の仕業だった。


 三日前の深夜、ナオミと対峙し刺客と銃撃戦を繰り広げた日のことだ。


 社長は、シュウを襲撃する際に、ナオミも一緒に始末する計画だったらしい。

 ナオミがこれに気付かないはずもなく、彼らはまとめて墓場送りになった。 

 腰の傷は、ビル爆破時に報復者の跳弾が掠めたため。完治前に動き回ったせいで、傷口が開いたそうだ。

 面倒な追撃を避けるため、シュウの仕業だと情報屋に偽情報を流したのもナオミだ。


 そして。

 一触即発だった昨日の記憶がないらしい。


 彼女曰く、出血量が多く意識がはっきりしてなかったとのこと。そんな状態で、自分を殺しにかかったとは……。シュウの口から、深い深いため息が漏れる。


「もう一つ聞きたい」

「なぁに?」


 ベッドに腰掛けたナオミは、フルーツをかじっていた。疲労の色が隠せないが、昨日より顔色もよくなっている。

 ソファーの背もたれに腰掛け、シュウが言った。


「三日前の夜、俺を撃たなかった理由だ」

「あぁ、社長に頼まれて、シュウちゃんを殺しにいった日のことね」

「あの時、互いにはずしようのない距離にも関わらず、お前は俺の背後の窓を撃った。あれだけ銃口が顔から反れていれば、馬鹿でも分かる。

 俺を逃がした理由はなんだ?」

「決まってるじゃない」


 瞳の奥が鈍く光る。

 ナオミは捕食者の笑みを浮かべ、目を細めた。


「からかいがいのある玩具が減るのは、つまらないからよ」



<終>

サブテーマは「巨乳でかちちに潰されて死ね」でお送りしました(嘘)


お立ち寄り頂き、ありがとうございます。

こちらは、ボイスドラマとしてwebに上げた『深夜の訪問者』の続編に位置します。

音声は某所に投稿済ですが、後につべにも上げるので。そのうちリンクをなんとかしm……した(6/24前書きにて)。


ではまた、次のお話でお会いできることを願って。ノシ

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