深夜の訪問者 後日談
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二日前の深夜。
ナオミが所属する組織“south family”の社長が、シュウの暗殺を彼女に依頼した。ナオミは組織内の十人の精鋭をともに、シュウを殺しにやってきた。
銃口を向け合う二人、そして銃声。
彼らに決着はついたのか。
――それから、二日後のお話。
寝苦しい夜だった。
古びたカーテンから、陽の光が差し込んでいる。倦怠感が抜けない。眠っていたのは何時間くらいだろうか。
衣服が肌に貼り付く不快さに、寝返りをうつ。左足首がずきりと痛んだが、おそらく捻挫だろう。二日前の銃撃戦で痛めてからまだ完治していない。
その折、携帯が鳴った。
手探りで床に落ちている携帯を探り当て、画面を見ずに通話ボタンを押す。
「……はい」
『よぉ、シュウ。俺だ、ロディだ』
受話器から発する馬鹿でかいダミ声に、顔をしかめる。宝くじの一等を当てたような浮かれようだ。
ロディは馴染みの情報屋。気のいい髭面の中年男で、飲み屋の姉ちゃんのスリーサイズから大物の暗殺依頼まで、その情報網は多岐に渡る。
『お前、でかいことやらかしたな。ニュースは観たか? 大騒ぎだぜ』
「朝からがなるな……あいにくだが、テレビも新聞も手元にない」
『おいおい、お前どこにいるんだよ?』
「……南アジア」
『はぁ!? またなんでそんな場所に。仕事か?』
「いや、休暇だ」
ここは、南アジアにある安宿の個室だ。独房を少し豪華にしたような作りで、室内は年季が入ったソファーとベッドとローテーブル、シャワー室があるだけの簡素なものだ。
意識が半覚醒のままベッドから足を下ろすと、床に転がる酒瓶がつま先にあたった。見える位置だけで五本。倦怠感の原因の八割がコレだと気付く。
「それより、ニュースの件だが……」
『いいぜ。いくら出すよ? 酒でもいいいぜ』
ロディのニヤつく顔が浮かぶ。こいつは酒に目がない。
「相変わらずがめつい奴だな。新聞を買った方が安く済みそうだ」
『まぁ、待て待て。新聞に載ってないことを教えてやるよ。
お前さんがやらかした昨夜の件な、後ろに大物がついてたのさ。中東の石油王。俺より百倍、金にがめついじいさんだよ。
な、いい情報だろ? ウォッカの酒瓶一本と交換な。へへへっ』
「知らん。勝手にペラペラ喋ったのはお前だろ」
『そんなぁ~、かたいこと言うなよぉ、シュウ』
「黙れ」
ロディが勝手に情報を押し付け、酒をせびるのはいつものことだ。突っ込む気はとうに失せている。
だが、身に覚えがないことが一つ。
「それより、俺がやらかした昨夜の件とは何のことだ?」
『とぼけんなって。俺に言わせる気か?』
「昨日は丸一日移動だった。航路と陸路を乗り継いで、ここに着いたのは日付が変わってからだ」
『またまたぁ、嘘が上手いねぇ。“サウス ファミリー”の高層ビルを吹っ飛ばしたのは、お前なんだろ? なぁ?』
「……吹っ飛ばしただと?」
“サウス ファミリー”は中東を中心に暗躍する組織だ。
二日前の深夜。
“サウス ファミリー”の精鋭十人(ナオミは見失ってしまった)を始末したのはシュウだが、銃撃戦で左足首を捻挫したために移動してきた。いずれ攻撃を仕掛けるつもりだが、それはずっと先のことだ。
おかしい。
あそこは、ナオミが重役の護衛を引き受けている。襲撃を許すようなヘマをやらかすだろうか。
「俺じゃない」
『……え??』
「だから、俺じゃない。誰がそんな大事をやらかしたのか知りたいくらいだ」
『マジかよ、お前じゃないってのか!! じゃあ、いったい誰が……って、おいおいマズイぞ。お前の仕業だって噂は広まってるんだぜ』
面食らったロディが早口でまくしたてる。
「だから、がなるな。……ったく」
うんざりした声で言う。
もうすっかり目が覚めてしまった。
床に転がったミネラルウォーターのボトルを拾い上げ、生ぬるくなった水を胃に流し入れる。
「俺がやったと誰から聞いた?」
『情報屋の間じゃ、お前がやらかしたって話になってる。言ってるのは、一人や二人じゃないぜ。情報元を辿るのは、苦労するんじゃねぇかな』
「なるほど」
『な、お前に恨みを持ってる奴とかさ。いねぇの?』
「いるだろうな。正直、多すぎてわからん。ただ……」
仕事上、俺に恨みをもっている奴は多いだろう。同業者、殺した奴、傷つけた奴の家族や知り合いも含めると三桁はくだらない。
いったい誰だ。
検討がつかないのは、別にいい。放っておいても、向こうからやってくるはずだ。
それより気になるのはナオミのことだ。生きているのか、死んでいるのか。
『どうしたんだよ?』
「ロディ、三十本だ。お前の好きな酒瓶と引き換えに教えろ」
『お、おぅ、言ってみな』
「社長のそばに女の死体は?」
『一体あった。社長の秘書だとよ。べっぴんのパツキン姉ちゃんだぜぇ~、勿体無い』
「……そうか」
金髪の社長秘書なら、何度か会ったことがある。死体がその秘書なら、ナオミは生きているのだろう。居場所を探して、彼女に詳細を聞けばいい。
そこで気付いた。
ごく小さな違和感だ。部屋の温度が急に下がったような感覚。荒事が起こる予兆の空気を。
「客が来た。切るそ」
『えっ、おい……』
一方的に携帯を切ってベッドに放るとともに、テーブル上の銃を取る。残弾と遮蔽物の位置を再確認。先に撃たせるか、それともこちらから仕掛けるか。廊下の靴音が近づいてくる。
ほどなくして、携帯の着信が鳴った。
知らない番号だが、構わず通話ボタンを押す。
『……だ~れだっ』
響きのある甘い声。すぐに分かった。右手に銃を持ったまま、不機嫌にドアの前へ。
『開けてくれない? 今ね、シュウちゃんの……』
ドアを開けた先、廊下に背を預けて女が立っていた。
片手に携帯。タイトなシャツとパンツ姿。普段まとめて上げている長い髪が、首筋にゆるくまとわりついている。
女が微笑む。柔らかい笑みだった。
「来ちゃった。いきなり部屋に入るのも悪いと思って、電話してあげたの。入っていいわよね?」
「……ナオミ。お前、なぜここに」
「お邪魔しま~すっ」
シュウが止める間もなく、ナオミは一直線にベッドへ向かった。
探す手間が省けたのはいいことだが。
この女……。
なんとか苛立ちをおさえて、後ろ手に静かにドアを閉める。
が、すぐに思い直した。
俺が苛立ちを抑える必要がどこにある。こいつには言いたいことも、聞きたいことも沢山ある。さらに付け加えるなら、二日前に殺されかけてる。
女に手を上げる趣味はないが、拳で顔を殴っても釣りがくるくらいだ。
「…………」
「ねぇ、お水買ってきて。軟水ならなんでもいいわ。もちろんシュウちゃんの奢りで」
ナオミは、シュウの苛立ちなどお構いなしだった。
小ぶりのバッグとレッグホルスターを外して、ベッドの足元側へ乱暴に放る。
「ついでに、ベッド借りるわね」
「お前、勝手に……」
瞬間。
入って好き勝手するなと怒鳴りつけようとしたシュウが、顔を真横に背けた。
衣擦れの音。
ナオミは、タイトなパンツのホックに手をかけ、ジッパーを下ろし、そのまま脱いでソファーへ投げる。シャツも同様に脱いでソファーの上へ。タンクトップのしたから器用にブラを外し、これもソファーへ投げた。
シュウの視界のすみで、白いものがチラついている。最悪なことに、白い面積は減るどころか増していた。
落ち着かなさと腹立たしさのせめぎあい。
結局、腹立たしさが勝り、苛立ちが頂点になった。
イラつく。
まったくこいつは、人をイラつかせる天才だ。
まともに話のできる相手じゃない。
こんな女に振り回されて、馬鹿か俺は。
「……いい加減にしろよ」
押し殺した声。
俺が苛立つだけこの女は喜ぶ。らしくない行動はやめろ。
聞くべきことを聞きだしたら、追い出せばいい。
簡単なことだ。
右手に銃を持ったまま、ベッドを占領するナオミを見下ろす。
タンクトップとショーツ姿で、無垢な寝息を立てたままだ。
――いや、そうではない。
透き通った肌が普段より白く青ざめて見える。呼吸が浅い。ふと腰に巻かれた包帯に気付く。その包帯の左側が、赤く滲んでいるのが見えた。
「お前、出血しているのか?」
「……縫合……してある、から」
「どこでその傷を?」
「……内緒。もぅ……いいでしょ。寝かせて」
すっかり戦意を削がれたシュウは、ベッドに腰掛けた。念のためすぐ銃を抜ける位置――右腰の後ろの辺りにねじ込んでおく。
傷の大きさは分からないが、出血量が多いのかもしれない。放っておいてもすぐに死ぬことはないだろうが、二、三日安静にするべきだろう。
「よく平然としていられたな。気付かなかった」
「んっ……」
吐息まじりのナオミの声。
弱っている姿を初めて見た。
シュウの右足にナオミの膝が触れる。適度な弾力がありそうな太もも。ヒップラインから腰へ続くゆるやかな曲線。シュウは吸い寄せられるように、彼女の肌に触れようとして……。
「っ!??」
強く左腕を引かれたかと思うと、一瞬で天地が引っくり返った。
シュウがベッドに仰向けになり、上にナオミがまたがっている。右手は彼女の左手で抑えられ、シュウの首筋にナイフの刃先が皮一枚分食い込んでいた。
投げ飛ばされる瞬間も分かったし、ナオミが枕元のサバイバルナイフに手を伸ばすのも見えた。
反応が遅れたことを悔やむ余裕はない。
見上げたナオミの左腰が、鮮やかな赤に染まっていく。
感情の抜けおちた双眸が、シュウを見下ろした。
「その腰に隠した銃であたしを殺すつもりだったの? 馬鹿な男……血が足りなくてクラクラしてるのに」
シュウは、横目で右腕を見た。
掴まれた腕を跳ね除けるのは容易い。しかし、腕が自由になると同時に、自分の首から血が吹き出して死ぬだろう。ナオミが首に押し付けた刃先を押すか引くだけで済む。
口元に捕食者の笑みを浮かべ、ナオミが言った。
「場数の桁が違うのよ、シュウちゃん。あなたがあたしを撃ち抜くのと、あたしがあなたの首を切るの。どちらが速いか試してみましょうか……ねぇ?」
「…………」
長い長い沈黙。
終わりはあっけなく訪れた。
「あぁ……もう……限界」
どことなく官能的な声で呟き、ナオミの体がぐらりと傾く。
シュウが、避けようか支えようか迷ったの一秒弱。行動が決まらない内に、ナオミが倒れ込んできた。
「ぐっ」
背中が嫌な汗でべっとりと濡れているのが分かる。
苦しい。
上に乗っているナオミの体重分というより、心理戦ですり減った神経が今になって酸素を求めてきたからだ。
「……ナオミ?」
反応なし。今度こそ気を失っているのだろう。
この女……。
いまいましく思いながらも、柔らかい双丘が眼前にある状況は悪くない――頭の隅でそう思った。
◇◆◇
翌日。
目覚めたナオミに聞く。
“サウス ファミリー”のビル爆破と社長・幹部の暗殺は彼女の仕業だった。
三日前の深夜、ナオミと対峙し刺客と銃撃戦を繰り広げた日のことだ。
社長は、シュウを襲撃する際に、ナオミも一緒に始末する計画だったらしい。
ナオミがこれに気付かないはずもなく、彼らはまとめて墓場送りになった。
腰の傷は、ビル爆破時に報復者の跳弾が掠めたため。完治前に動き回ったせいで、傷口が開いたそうだ。
面倒な追撃を避けるため、シュウの仕業だと情報屋に偽情報を流したのもナオミだ。
そして。
一触即発だった昨日の記憶がないらしい。
彼女曰く、出血量が多く意識がはっきりしてなかったとのこと。そんな状態で、自分を殺しにかかったとは……。シュウの口から、深い深いため息が漏れる。
「もう一つ聞きたい」
「なぁに?」
ベッドに腰掛けたナオミは、フルーツをかじっていた。疲労の色が隠せないが、昨日より顔色もよくなっている。
ソファーの背もたれに腰掛け、シュウが言った。
「三日前の夜、俺を撃たなかった理由だ」
「あぁ、社長に頼まれて、シュウちゃんを殺しにいった日のことね」
「あの時、互いにはずしようのない距離にも関わらず、お前は俺の背後の窓を撃った。あれだけ銃口が顔から反れていれば、馬鹿でも分かる。
俺を逃がした理由はなんだ?」
「決まってるじゃない」
瞳の奥が鈍く光る。
ナオミは捕食者の笑みを浮かべ、目を細めた。
「からかいがいのある玩具が減るのは、つまらないからよ」
<終>
サブテーマは「巨乳に潰されて死ね」でお送りしました(嘘)
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
こちらは、ボイスドラマとしてwebに上げた『深夜の訪問者』の続編に位置します。
音声は某所に投稿済ですが、後につべにも上げるので。そのうちリンクをなんとかしm……した(6/24前書きにて)。
ではまた、次のお話でお会いできることを願って。ノシ