突き刺さったり、戻ったり
「遼河さん。どなただったんですか?」
そっと部屋のドアを開けると、儚げな表情を浮かべているクレアと目があってしまった。
「それが実は、リアのご主人様の城ケ崎鉄平、で」
遼河は部屋を後ろ手で占めてから、ゆっくりと端的に事実を告げる。
「えっ? 鉄平様?」
リアが驚きの声を上げ、こちらを見つめてくる。目からはまだ涙が流れていた。
「ああ。で、リアがいること、靴でばれちゃって……」
隠し通せなかったことに対する後ろめたさもあって、リアから目を逸らしてしまった。
「そうですか。……じゃあ、やっぱり私帰ります。ごめんなさい。何ていうかその、色々と……」
リアは健気に袖で涙を拭い立ち上がった。
「リアさん。大丈夫なんですか? 私が何とか理由をつけて」
「そうだよ。お前はあいつといると苦しいんだろ? だったらまだ。それに……あっ、そうだよ。クレアと仲よくなって、今日はここで遊んでいきたいとか、そうやって俺あいつに伝えるから」
そう伝えると、リアは自虐的な笑みを見せつけてきた。
「ありがとうございます。クレアさん、遼河さん。あなた方は本当に優しいんですね。お似合いです。あなた方のような関係を、本当のご主人様とメイドというのですね」
褒められたのに、全く嬉しくなかった。
「いや、だから俺がさっき考えた嘘で、何とか誤魔化すから」
「本当に大丈夫です。それに私、鉄平様の顔が見たいんです。鉄平様と一緒にいたいんです。それが、何よりの私の幸せなので」
健気に笑うリアの姿を見て、これ以上引き留めることなど出来なかった。
強がっているようにしか見えなかったのに止められなかった。
クレアも黙ってリアのことを見つめている。
「それじゃあ私はこれで。本当にごめんなさい。私ちょっとどうかしてました。殺して欲しいなんて頼んだりして。もう大丈夫です。私のことははやく忘れてください」
リアは頭を深々と下げ、遼河に向かって歩いてくる。
遼河は無言で横にずれて、扉の前を明け渡した。
「それでは。本当にごめんなさい」
扉を開けて、廊下へと出ていくリアの背中が見えなく無くなる間際、
「あ、待って。俺も一応……見送りに」
「私も行きます」
どうしてかは分からないけど、リアを一人で城ケ崎の所に向かわせるのはダメな気がした。ってか見送りに行く方が普通だろう。
「ありがとうございます」
足を止めて振り返ったリアは、ふわりと笑ってくれた。
「あ、鉄平様には、先程私が話したこと全部、言わないでください。お願いします」
「……分かってるよ」
「はい。分かりました」
***
「リア。よかった。急にいなくなるからどこに行ったのかと」
「私は願いを叶えるまで絶対負けませんので安心してください。それに、昨日は少し道に迷ってしまっただけで……申しわけありません」
「別に謝る必要ないって。あ、この度は、本当にありがとうございました」
城ケ崎はもう一度遼河とクレアに頭を下げた。
「そんな別に迷惑は……。なあ、クレア」
「はい。リアさんと話せてとても楽しかったです」
遼河もクレアも何とかしてこの場をしのぐ。
リアは城ケ崎と目を合わせた時は笑っている。
それ以外は、俯いている。
「本当にありがとうございました。お礼をしたいところなのですが、あいにく今は何も持ってなくて、それにこれから仕事もあるので」
「そんなの全然気にしないでください」
「本当にすみません。では失礼します。リア。これ、雨降ってるから」
リアは城ケ崎から傘を受け取り、遼河とクレアに背を向けた。
その時に、リアの服のポケットから四角い紙のようなものが落ちたのを、遼河は見つけてしまった。
「……あ、ちょ――」
しかし二人を呼び止める前に、ドアは閉まってしまった。
「待ってくだ……」
急いで落し物を拾って、ドアノブに手をかけ――それを辞めてしまった。
リアが落としたものは写真だったのだ。
「遼河さん。おそらくですがあの方、私がメイドだということに気が付いたのではないかと思います。私を見た時、一瞬、驚いたような顔になりましたので」
「そうか」
クレアの言葉がまるで耳に入ってこない。右から入って左から抜けていく。
「私、リアさんの話を聞いていた時の印象と、本当の城ケ崎さんの印象が、全く違ってました」
「それは俺も……ってかクレア、これ、ちょっと」
「何ですか……それ。写真……で……」
クレアの言葉が止まる。
「これに写ってるのって、城ケ崎と、その彼女だよな?」
「多分、そうなのだと思います」
立ち尽くすしかない二人が見ている写真には、城ケ崎とその彼女と思われる女性が、笑顔で肩を寄せ合って、幸せそうに映っていたのだ。
「これをリアが落としたんだよ」
「そう、ですか」
遼河もクレアもそれ以上は話そうとしなかった。
その写真が、ただの彼氏彼女のツーショットならここまでなかったのかもしれない。それをリアが落としたという事実が加わってもここまでは、なかったのかもしれない。
二人が見ている写真。その写真は、一度ビリビリに破られていて、それをセロハンテープでもう一度くっつけ直したものだったのだ。
そして、その写真の彼女の方、城ケ崎の彼女だと思われる女性の、右目と、額の中心と、左肩辺りに、キリのようなもので開けられたと思われる穴が開いていたのだ。
それは、まるで彼女を三度殺したみたいに。
***
あれっ? 写真が……ない。
「ん? どうかしたか、リア?」
「あ、……いえ、何でもありません」
えっ? どこかに落とした? 嘘? せっかく鉄平様の笑顔の写真、見つけたのに……。私のことを彼女みたいに思って笑いかけてくれる写真だったのに。
「そっか、ならいいんだけど」
でも、本当は違うんだけど。
「あっ、そういえば鉄平様。彼女さんとは、仲直りできたのですか?」
「それが、まだなんだよ。ははは」
鉄平様はどこか申し訳なさそうに笑う。
「そうですか。それは、早く、仲直りできるといいですね」
やっぱり、私は、最低だ。
この雨が酸性雨なら、私を傘ごと溶かして欲しい。