真紅の少女
世界で一番辛いのは自分じゃない。
無責任も甚だしい、ただの戯言だ。
***
昼間は子供たちのはしゃぎまわる声で絢爛としている公園も、深夜ともなれば幽霊でも出そうなほどしんと静まり返り、不気味な場所の象徴となってしまう。象をモチーフにした滑り台も、木製のこじゃれたベンチも、まるで忘れ去られてしまった過去の産物みたいに、公園の寂しさを増幅させる要因の一つとなっている。
「あれ? 私、どうしてここに?」
静寂が蔓延する夜の公園を歩く一人の女の子。年齢は、十五、六歳くらいか。青々とした葉っぱをざわつかせる夜風が、彼女の深紅色の髪を攫おうとしている。純白のワンピースを身に纏うその姿は何とも麗しい。オレンジ色の街灯に照らされて暗闇の中で見事に映えているが、どこか儚さも感じられる。季節は五月だがまだまだ夜は肌寒く、彼女のような薄着では凍えてしまいそうなものだが、当の本人はまるで気にしていない。顔をゆっくり動かして周囲を見渡すだけ。
「私……あれっ? 私、何で」
そんな彼女に近づく金髪とロン毛。
二人とも獲物を見つけた狼のような目をしている。
「ねぇ、お嬢ちゃん。こんな夜遅くに一人でいると危ないよ」
金髪の男が彼女を落としにかかった。その声に含まれている優しさは偽物だと、にやりと笑う口元を見れば容易に判断できる。
「あなたたち……誰?」
しかし彼女は全く気付いていない様子で、首を傾げながら金髪の男をじっと見つめる。
「俺たち?」
金髪の男は視線を斜め上に向けて考えるようなそぶりを見せた後、
「えっと、俺たちは君と一緒に遊びたいだけさ」
「じゃあ、あなたが私の大切な人? 私はあなたのメイドになるの?」
「えっ……あっ、ああ。そうだよ。君は俺たちのメイドさ」
金髪は戸惑いながらも、好都合とばかりに彼女の話に合わせていく。
彼女の想像しているメイドと金髪が思っているメイドは根本的に違っているのだが、彼女はそれに気が付かない。
「ちょっと雄介? こいつ、何かおかしくない? いきなりメイドとか言い出すし、薬物やってるんじゃないの?」
ロン毛が金髪に囁くが、金髪は聞く耳を持たない。
「大丈夫だ、心配するな。たとえそうだったとしても、こんな美女逃したらもったいないだろ。いいよ、どうせ今日一日だけなんだから」
「あの、さっきから何を話しているんですか?」
「ああ、いや、君に会えて本当によかったなってさ」
「やっぱりあなたが私の仕えるべきご主人様だったんですね」
彼女は満面の笑顔を見せて、金髪の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「おっ、あっ、積極的だな」
突然の出来事に金髪は顔を赤くしたが、
「……違う」
それまで笑顔だった彼女の表情が一瞬にして曇っていく。
「違う。ドキッとしない。触れてもドキッとしない。違う。あなたじゃない」
彼女は金髪の手を離し、数歩後ずさりして男二人と距離を取った。それまでの友好的な態度が嘘のように、体を震わせながら怯えている。
「えっ? ドキッとしない? いやいや、俺たちは君のご主人様だって。君だってさっき自分でそう言って」
「いや! 触れないで」
金髪が彼女の手を握る、彼女は猛烈な拒絶反応を示して、その手を振り払った。
「何だよこいつ。さっきまであんなに乗り気だったのに。おい、竜也。こいつ、とりあえず連れてくぞ」
「お、おう」
金髪とロン毛が彼女を挟みこむようにして立ち、腕を左右から掴んで強引に引っ張っていこうとする。
彼女の表情が嫌悪に染まった。
「離して! 誰か! ご主人様!」
抵抗する彼女がそう叫んだ刹那、彼女の周りは一瞬にして炎に包まれた。
「お、お、お、おい、何だよこれ? か、か、か、火事?」
「もういいよ雄介、早く逃げないと。こんなやつ放っておいていいから」
燃え盛る炎に驚いた男二人は、彼女の体から手を離し一目散に逃げていく。その後ろ姿はなんとも格好悪い。金髪の足はもつれ、転びそうになっていた。
「……よかった」
彼女は胸に手を当てて安堵の息を吐く。炎に包まれている彼女は走り去った男二人とは違って逃げ出そうともしない。それどころか安心して気が抜けたらしく、その場に座り込んでしまった。
「あっ、私、探さなきゃ」
突然火の手が上がった公園に野次馬が集まり始めた頃、彼女は平然と炎の中を歩いて抜け出し、その公園から離れて行った。