セクション03:はっきりさせて
ミミがツルギを連れて行った場所は、なぜか人気のない校舎の裏側だった。
「な、なあ、どうしてこんな所で生徒会の話なんか――?」
問いかけてみるが、ミミは答えない。
妙に集まっていた視線が気にならなくなったのはよかったが、これから話す事は人目を避けないと話せない事なのだろうか。
そういえば、ミミとこういう場面で話をしたのは、これが初めてではなかった。
あれは、確か――
「ツルギ、私から1つお願いがあるのですが――」
正面にやってきたミミが、ようやく話し始めた。背を向けたままで。
「お願い、って?」
「後期から、生徒会副会長になっていただけませんか?」
振り返りながら言った、その言葉。
ツルギにとって、まさに青天の霹靂だった。
「え……!?」
場が沈黙する。
あまりの衝撃の強さに、少し間を置いてようやく言葉が出た。
「せ、生徒会副会長!? 僕が!?」
思わず自分を指差してしまうツルギ。
ミミは、ゆっくりと持っていた扇子を開いた。描かれた和風柄の模様が露になる。
それで顔を仰ぎつつ、話を続ける。
「ツルギも知っているでしょう? 今の副会長ミステールは、今期で任期が終了します。なのでその後任に指名したいのです」
ミステール。
6年生でありながら、なぜか副会長の地位に重んじている女子生徒。
現国防長官の娘という、ミミとはまた別の意味でVIPな女子生徒。
最高学年である彼女は、卒業を半年前に控えた今期限りで副会長の地位を降りなければならない。
故に、その後継者となり得る人物を生徒会が探すのは当然の事。
だが、その中に自分が入っていたとは、ツルギも考えていなかった。
「そ、そんな、僕なんかが生徒会副会長なんて――いいのか?」
「いいからこそ指名したいのです。ツルギにはその素質が充分ありますから」
「い、いや、でもさ――」
いくらこれまでの活躍があるとはいえ、操縦能力も持たない自分が副会長になっていいのだろうか、と思ってしまう。
確か、操縦技能を持たないWSO候補生が生徒会に入ったケースはこれまで一度もなかったと聞いた事があったような気がする、とツルギは振り返る。
「謙遜しなくていいのですよ。副会長の地位ははあなたの誇りになるのですから」
「ま、まあ、そうだけど――」
どうしても言葉が浮かばない。
目を泳がせたツルギは、たまたま目に入った差し入れのビニール袋に思わず手を伸ばした。
「その、何と言うか――」
ベットボトルの日本茶だ。
それを開けて口に運んだが、思いの外甘く、つい甘っ、と声を出してしまった。
和風の味を好むツルギにとって、西洋風に味付けられた日本茶はどうも舌に馴染まない。
すると。
「……やはり、私より他の女子の方がいい、という事ですか?」
ミミが、少し嫌味を込めたような声でそう問うた。
「……え?」
思わず、声を裏返した。
どうしてそういう流れになるんだ、と。
「ツルギはいつもそうです。大事な時に態度をはっきりさせない。それだから、ストームだけでは飽き足らず、私とも――他の女とも平気で付き合えるのですね?」
「は、はあ!?」
なんで自分がバズみたいな女好きと扱われなきゃいけないんだ、と思ってふと持っているペットボトルを見る。
そう言えば、これはカローネからもらったもの。
という事は――
「い、いや、これはただのもらい物だぞ? 別に、バズみたいな変な事は何も――」
「おかげで、私もすっかりツルギの『浮気相手』扱いなのですよ!」
ずいっ、と一歩前に踏み出してくるミミ。
怒りに満ちた碧眼が、ツルギを射抜く。
「う、浮気相手……?」
「いい加減はっきりさせてください! 自分のパートナーはストームならストームだと! 私の事が嫌いなら嫌いと!」
ぱちん、と音を立てて扇子を閉じるミミ。
「い、いや、ミミの事は別に嫌いじゃないけど――」
「なら、なぜストームに乗り換えたんですか! あの時の言葉は一体何だったのですか!」
「え――」
その言葉を聞いた途端、ツルギは反論が一切できなくなってしまった。
一番聞かれたくない事を聞かれたが故に。
「そ、それは――」
「一思いに私を拒絶さえしてくれれば、こんな事にはならなかったのですよ……?」
ミミの声が、急に震え始めた。碧眼が、僅かに潤んでいる。
ツルギの動揺は、ますます大きくなっていくばかり。
「そ、そんな、拒絶なんて――」
「私は今でも、ツルギの事を愛しているのに――」
ミミの顔が迫る。
先程とは一転してどこか悲しそうな表情になっていく。
途端、ツルギの体は徐々に強ばっていく。
思わず後ずさりしようと手を車輪に伸ばそうとしたが、ミミの両手ががっしりとツルギの手を掴みそれを許さない。
かちゃん、と扇子が地面に落ちる音がした。
「さあ、嫌なら私を拒絶して。しないなら――ストームからあなたを奪い取ります」
さらに近づいていく顔。
僅かに開いたその唇が、ツルギの唇を捉えんと迫ってくる。
「あ――」
ツルギは何もできなかった。
このままだと大変な事になるとわかっているのに。
でもミミの言う通り、彼女を拒絶する事はできなかった。
脳裏に満ちた後ろめたさが、拒絶を許さなかったのだ。
蘇るのは、あの時の記憶。
中等部で、同じように2人で校舎の裏にいた時。
あの時、ミミの前で自分が言った事。
それは――
その記憶を封じ込めるかのように、ミミの唇がツルギの唇を塞ぐ。
ツルギはもはや、その柔らかな感触に自力で抗う事はできなかった――