ターニング・ポイント ―To the "G"―
地平線の彼方まで広がる、砂の海。
ぎらぎらと照りつける太陽。
ここは、アフリカはサハラ砂漠にある国、カイラン共和国。
風で砂塵が舞うだけの砂漠の上を、這うように高速で飛ぶ影があった。
茶系の迷彩塗装で塗られたそのジェット機は、主翼を後部へきつく後退させており、機首の空気取り入れ口には特徴的なコーンが突き出ている。
Su-22M4、コードネーム「フィッター」。
ロシア製の戦闘爆撃機だが、これはカイランの航空機ではない。
垂直尾翼に描かれている国旗は、カイランのものではなく、隣国のケージ共和国のもの。
つまりこのフィッターは、カイランの領地に土足で踏み込んだ侵入者なのだ。
「ふん、他愛ない」
フィッターのパイロットは、コックピットの中で得意げに笑んだ。
このフィッターは、低空での高速侵攻を得意とする戦闘爆撃機だ。腹が砂丘を掠めるほどの低さで飛んでも、全く問題は起きていない。
何より、低空で飛べば敵の防空レーダーに捉えられにくくなる。
故に、カイラン側はこちらの存在に気付いていないようだった。
一体どの領域まで侵入すれば、敵は動き出すのか。
その様子を見るのが、このフィッターの任務だった。
今の所、南部のサヘル地帯を超えサハラ砂漠に踏み込んでいながら、敵が出てくる様子は一向にない。
防空レーダーを掻い潜って低く飛んだ成果が、出ているようだ。
そもそも、カイランは戦闘機さえろくに飛ばせるかどうか怪しい軍備しかない。戦闘機が出てくるのは稀、仮に飛んでいたとしても低空の目標を探知できない旧式のものしかなく、迎撃してくる事はないだろう。
よって、反応するのは大方地対空ミサイルのレーダーなのだが、それさえも反応が来ない。
もしかしたら、このままカイランの首都まで進撃できるのではないかと、淡い期待が脳裏を過る。だとすれば、この盲点を知ってカイラン側も焦るだろう。
彼にとってこの任務は、ほとんど遊覧飛行のようなものだったのだが――
「ん?」
遂に、ロックオン警報が鳴った。
自機の後部。それもかなり近い。
すぐに後部を確認するが、敵らしきものは見えない。
という事は――
「上か!?」
パイロットは空を見上げる。
強く輝く太陽の脇から、何かが飛んでくる。
それは、本来ありえないはずの来客対応――戦闘機の姿だった。
見た事のない近代的なシルエット。
灰色のその機体は、急降下した勢いを利用し、あっという間にフィッターの背後に回った。
「あれは、何だ……?」
自身が覚えたカイラン空軍のデータにはない機種。
レーダー警戒受信機にも、未知の航空機と出ている。
そういえば、聞いた事がある。
最近、カイランが中国から新型の戦闘機を導入したと。
だがそれは、まだ実戦投入が可能な状態にはないはず。
いや、そもそも。
防空レーダーも探知できないはずの低空の機影を、どうやって見つけたというのだ――?
『ケーコク。コチラ、かいらんクーグン。けーじ軍機に告グ。タダチに、リョークーから退去セヨ。サモナクバ、撃墜スル』
「な――」
突如無線で聞こえてきたのは、あどけない少女の声。
敵のパイロットだろうか。
その口調は、まるで幼子のようにたどたどしいものであったが、同時に感情というものを一切感じない。
背筋が凍りつく。
敵のパイロットが女性という事も異例だが、彼女からは普通ではない何かを感じる。
まるで、人ではない何かが乗っているようにも感じて――
『コードー、変化ナシ。撃墜スル』
と。
その言葉で、初めてこちらが何もしていない事に気付いた。
敵は、それを進路変更の意思なしと判断したのだ。
だが、早すぎる。
普通なら、写真撮影や行動監視などの手順を踏んでからのはずだ。
再び鳴るロックオン警報。
後頭部に銃を突き付けられたような感覚。
全身に走った悪寒に従い、パイロットがフィッターを旋回させた。
『発射』
直後、フィッターの後部を閃光が掠める。
敵が銃撃して来たのだ。
威嚇射撃か。
いや、僅かでも旋回が遅れていたら、あの弾に当たっていた。
敵は、殺る気だ。
こちらに何の猶予も与えずに、落とすべき敵と認識した。
機械のごとく冷たい殺意。
やはりこの敵は、普通ではない――!
『逃げるナ……!』
敵はまだ追ってくる。
進路変更をしたにも関わらず、尚もロックオン警報は消えていない。
逃げなければ、死ぬ事になる。
それを悟ったパイロットは、すぐさま低空を保ったまま急旋回を行い、防御を試みる。
フィッターの主翼が、前方へゆっくりと動く。
可変翼を持つフィッターは、状況に応じて主翼の角度を調節できる。主翼を直線へ近づければ、スピードこそ出せなくなるが機動性が増す。
低空飛行での高機動は、常に墜落と隣合わせ。一歩間違えれば、地面へ真っ逆さまだ。
地の利はこちらにある。全力で機動性を発揮すれば、敵が追跡不能になる事もあり得る。
それを期待して、低空のまま左右へ急旋回を繰り返す。
だが、ロックオン警報は消えない。
何度力を振り絞り旋回しても、ロックオン警報が途切れる事さえないのだ。
背後を確認する。
敵は未だに、フィッターの背後に食らいついていた。
「くそ、何なんだあいつは……!?」
鳴り止む気配のないロックオン警報。
操縦桿を握る手が、僅かに震え出す。
気が付けば、空を飛び始めて以来初めて、恐怖を感じていた。
『しゃおろん、甘ク見ないデ……!』
すると、敵のパイロットが何かの固有名詞を口にした。
「しゃお、ろん……? そうか!」
その単語で、彼の記憶がようやく引き出された。
FC-1シャオロン。
それが、あの機体の名前だ。
カイランも使用している小型戦闘機、MiG-21の発展型に当たる機体。
その性能は、西側諸国で使用されているF-16ファイティングファルコンを上回るとも言われている。
ならば、フィッターとの性能差は歴然。まともに戦って勝てる相手ではない。何とかして逃げなければ。
急旋回しながらフィッターの主翼を、さらに直線へ近づける。
減速し、シャオロンを追い抜かせるためだ。
案の定、速度の差は大きくなり、急旋回を重ねるに連れてシャオロンとの距離が縮まっていく。
遂にシャオロンが左隣に出て、フィッターと背を向け合った。
コックピットに座る敵パイロットの姿が、僅かに見える。
緑色のヘルメットで、素顔を窺い知る事はできない。
ただ、その首に巻いていた緑色の大きなスカーフが目に留まった。
それを確かめた直後、シャオロンはフィッターの真上を通り過ぎた。
ロックオン警報が、ようやく鳴り止む。
「今のスカーフは……?」
度重なる高Gでろくにできなかった息を整えながら、思考を巡らせる。
敵パイロットがしていた緑色のスカーフ。
それには、妙なデジャブを感じた。
どこかで見た事があるような。
いや、そういうレベルではない。
誰か、あのようなスカーフを着けていた有名人がいたような――
だがその詮索は、再び鳴ったロックオン警報で停止した。
見れば、シャオロンが早くも姿勢を建て直し、背後に食いついていた。
何という腕なのか。
凄腕、緑のスカーフ。
その要素で何か喉に出かかったが、それを引き出す余裕はない。
今まさに彼女は、こちらに狙いを定めているのだから。
度重なる旋回を繰り返して速度を消耗したフィッターに、逃げる術は残されていない。
観念したパイロットは、フィッターの翼をゆっくりと左右に振った。
降参する、という意思表示だ。
だが。
『落チロ……!』
敵は容赦なく、無防備なフィッターを銃撃した。
次々と開けられる風穴。
それはコックピットにも及び、キャノピーが割れた。
「うわあああああああっ!」
さまざまな警告音が鳴り始める。
コックピットが煙で充満し始める。
力を失ったフィッターは、遂に砂の海へと吸い込まれ始めた。
そんな時、喉から出かかっていたものの正体が、ようやく思い出せた。
「そ、そうか……あいつは――」
緑のスカーフを纏ったパイロット。
かつて世界のあらゆる戦場で姿を見せたという、正体不明のエース。
中東の地で起きた大規模な戦いを最後に、姿を見せなくなっていた伝説のエース。
まさか、このアフリカの地にいたとは――
「グリーン、スカーフ……!」
自分は、最悪の相手と遭遇してしまった。
その不幸を呪いつつ、彼の視界は衝撃と共に暗転した。
かくして、敵のフィッターは撃墜された。
地面に激突した敵機は、黒い煙を上げて爆発・炎上している。
すぐ近くには道路があったが、被害はない。
もっともその存在は、彼女自身も空戦が終わってから気付いたのだが。
「……敵機、撃破」
上昇旋回しつつヘルメットのサンバイザーを上げて、戦果を確認する。
目元だけ露になる、褐色の肌。
砂塵の中で変わり果てた敵機を見つめる赤紫の半目に、感情らしきものは見受けられない。
「死ンダ、のカナ……」
だが、目の下から伸びた緑のフェイスペイントは、どこか泣いているようにも見えた。
この高度からは見えないはずの、脱出できなかったパイロットを見て哀れむように。
「……げいざー、コレヨリ帰還スル」
正面に顔を戻し、報告する少女。
そして、シャオロンは帰路に就くべく旋回する。
どこまでも広がる砂漠の先の、地平線の彼方へ悠々と――
完
――強くなりたい。あの人みたいに――
次回から、新シリーズ『ウィ・ハブ・コントロールG!』が始動!
スルーズ空軍航空学園に、留学生がやってきた。
謎多き彼女の名は、ゲイザー。
ひたすらに強さを求める、その瞳は何を見つめているのか?
軍人に求められる「現実」。
世界へと広がる実習の場。
そして明かされる、かつて起きた戦いの謎。
ツルギ達の学園生活は、さらに波乱に満ちていく――!
『ウィ・ハブ・コントロールG! シーズン1:留学生・アフリカの少女』(仮題
お楽しみに!




