セクション02:二番手でもいい
ミミの手が、とうとう頬に触れた。
そっと頬を撫でるその手は、僅かに暖かい。
「な、何のつもりなんだ、ミミッ!?」
「照れないでください、ツルギ。あなたはこんな姿の私を一度見ていたはずですよ?」
「そ、そういう問題じゃないっ!」
動かせない体の代わりに、目を閉じて精一杯口で抵抗するツルギ。
「ぼ、ぼ、僕は、ミミとは友達でいたいって、言ったはずだぞ!?」
「ええ、わかっています。ストームが一番ともおっしゃっていましたね」
「なら――」
「言ってますでしょう? 私はそれでもあきらめられないと」
直後、ツルギの唇が塞がれた。
ゆっくりと吸ってくる柔らかい感触から、ミミの唇だとすぐ理解できてしまった。
そのせいか、閉じていた目が開いてしまう。
そっと目を閉じて口付けていたミミは、ゆっくりと唇を離した。
口付けの時間は、長かったようにも一瞬だけだったようにも感じる。
理性がとろけてしまっているせいか、時間の感覚が麻痺している。
「この程度では、私の気持ちを伝えるには全然足りないのですが――後はツルギに委ねます」
宝石のようにきらめく碧眼を開き、物足りなさそうに言うミミ。
「ゆ、委ねる――?」
「別に、ストームが一番のままで結構です。これからは二番手として、私の事を受け入れてくださいませんか?」
そして、微笑みながら突拍子もない事を口にした。
それはあまりにも衝撃的かつ魅力的で、理性の枷が僅かだが外れかかってしまった。
「に、二番目って――!?」
「どの道、もう私はあなたの浮気相手扱いされています。なら、この気持ちを貫けるなら、いっその事――」
「ま、待て……! どうしてそういう理屈になるんだ……!? そんな事したら、どうなるかくらい――」
残された理性を振り絞り、必死に抵抗するツルギ。
このまま先に進んでしまったら、取り返しのつかない事になる。
ロックオン警報のように高鳴る心拍数が、そう警告しているのだ。
「……そうやって気を使ってくださる所も、大好きです」
だがミミは、表情を変えずに言う。
もはや、完全に開き直ってしまっているようだ。これでは小手先の説得など通じないだろう。
「さあ、ツルギ。遠慮はいりません。このまま、私を欲望のままに抱いてくださいな――」
ミミは、再び唇を近づけ、誘ってくる。
今度はあなたから、と。
あの日――ミミが告白した日と、同じように。
「あ――」
気が付けば、手がゆっくりと肩へ伸びていく。
彼女の言う通り、このまま欲望に任せて抱き締めたい衝動に駆られる。
だが、いいのか?
あの時みたいに、後先考えずに抱いてしまうなんて――
「わ、わかった……! ミミの気持ちは、よくわかった……!」
ツルギは何とか踏み止まり、肩に手を置く。
そのままミミをゆっくりと引き離してから、目を泳がせつつ問いかけた。
「気持ちは、嬉しいよ……けど、おかしくないか――?」
「おかしいって、何がですか?」
「僕が言うのも、変だけどさ――手順ってものがあるんじゃないのか……? いきなりこんな事するなんて、いろいろと強引にすっ飛ばしすぎじゃないのか……?」
「え――」
強引という言葉に、ミミが反応した。
「その、僕をその気にさせたいなら――もっと、えっと――好感度ってものを上げてからするべきかと……」
口にしてから、ひどい言い訳だと反省した。
あまりにも回りくどくて、結局断れていない。
それだけ、ミミの色仕掛けが強烈だったのだろうか。
だが、逆に言えばこれしか反論できる術がなかった。
これが通じなかったら、どうしようかと不安になったが。
「そ、そうでしたね……ごめんなさい……私、また強引な事を――」
ミミは意外にも、あっさりとツルギから離れた。
そして、背を向けてワイシャツのボタンを締め直し始める。
ふう、とツルギは大きく息を吐いた。
気が付けば、体中が汗だくだ。
息を落ち着かせて、何とか体を冷却する。
「なら、何から始めればよろしいのでしょう……?」
と。
ミミは不安そうに、ツルギに問うてきた。
「何からって……一緒にランチとか?」
適当に答えてごまかす。
「そ、そんな所からですか……?」
「言っとくけど、僕にはもうストームがいるんだから、一筋縄じゃ行かないぞ?」
あきらめがつく事を期待して、少し挑発してみるツルギ。
だが、それを聞いたミミが、ふっ、と僅かに笑った事に気付いた。
「……そうですか。ならば受けて立ちましょう」
上着とケープを着終えたミミが、ツルギに振り返った。
長い金髪を揺らすその姿には、普段の凛とした姿が戻っている。
「ツルギ、私はあなたに宣戦布告します。あなたの心を、いつか必ず私の虜にしてみせます!」
扇子をツルギに向けて、ミミは力強く言い放つ。
「え、ええ!?」
全く持って予想外の発言。
まさか、逆に闘志を燃やしてくるなんて。先程の挑発が、逆効果になってしまったようだ。
「私の心をこれだけ虜にしたのですから、覚悟してくださいね?」
得意げにウインクまでしてくるミミ。
あんな事言わなければよかったかな、と思っても、もはや後の祭り。
これからのミミとの付き合いは、いろいろな意味で大変な事になりそうだ。
そんな予感がしつつも、彼女の姿勢をどこか憎めない自分もいた。
* * *
「ただいま……」
ツルギが部屋に戻ってきたのは、既に夜も更けていた頃だった。
そんな彼を、早速ストームが出迎えた。
「お帰りツルギ! あれ、何か元気ないね? どうしたの?」
「いや、いろいろあったものだから……」
適当に答えてごまかす。
言える訳がない。ミミに色仕掛けで誘惑されかかったなんて。
そんな自分が本当に情けなくて、ストームに申し訳なくなる。
「ふーん……じゃあ。これからどうする? ご飯にする? お風呂にする? それとも――あ・た・し?」
すると、ストームが上半身を乗り出して、ツルギにそんな事を言ってきた。
その明るい表情は不覚にもかわいいと思ってしまったものの、言葉には少し引いてしまった。
「……ストーム、どこでそんな言葉覚えてきたんだ?」
「あれ、日本人ってよくこういう事言うんじゃないの?」
「それはとんだ偏見です。ストームの気持ちはわかるけど、こっちも疲れてるんだから――」
ツルギは車いすを進めて部屋に上がると、テーブルにあったリモコンを手に取った。
テレビでも見ながら、一休みしようと考えたのだ。
「じゃあその疲れ、あたしが吹っ飛ばしてあげるっ!」
だが、急にストームが背後から無邪気に抱きついてきた。
「わっ!? こ、こら――っ!」
完全な奇襲攻撃。
抵抗する暇もなく、ツルギは顔を向けられて唇にキスまでされてしまった。
先程ミミにされた感触を、忘れさせる味。
気が付けば、ツルギはその味を求めるように、ストームの唇をしばし吸っていた。
こういう所は本当にストームらしいな、と思ってしまう辺り、やっぱり敵わないと思ってしまう。
「どう? 元気になった?」
「……ちょっとはね。でも、今はゆっくりさせてくれ。相手なら後でしてあげるから――」
「やだ」
口付けを終えても、尚も離れようとせず唇を重ねてくるストーム。
仕方ないな、とツルギはストームのキス攻撃を頬へ受け流しつつ、リモコンでテレビの電源を入れた。
『たった今入った速報です。今日の午後、カイランを領空侵犯していたケージ空軍の戦闘機が、カイラン空軍の戦闘機によって、撃墜されていた事がわかりました』
と。
テレビに映ったニュース番組では、いきなり物騒なニュースが流れていた。
「ツルギ、テレビなんて――戦闘機?」
テレビ見るよりもキスをしていたい、と言いたげだったストームも、そのニュースに釘付けになった。
それは、スルーズとは決して無関係ではないアフリカの国で起きた大事件だったのだ。
『現地のメディアによりますと、カイラン南部の砂漠地帯で、ケージ空軍の戦闘機が火を噴きながら墜落する様子が一般市民に目撃されたとの事です。カイラン政府、ケージ政府共に、この事件に関する公式なコメントはまだありません』
映像では、現地の一般市民が撮影したと思われる映像が流れている。
砂漠の真ん中で、黒い煙を上げて落ちて行く戦闘機。
その上を、悠々と飛び去って行く別の戦闘機。
遠くから撮影したせいか、機影は小さく機種までは識別できない。
ただ、これは紛れもない『実戦』であるという事は、ツルギにもわかった。
「ねえ、ケージってカイランと仲悪い国だよね? もしかしたら――」
「ああ、戦争って事もあり得るね。もしかしたら、スルーズも――」
何か動くかもしれない、とツルギは確信する。
2人でキスをする事も忘れて、ニュースに見入るストームとツルギ。
『カイランと南部の国境問題を抱えているケージは、これまでも戦闘機によるカイランへの領空侵犯を行っていましたが、カイラン空軍の戦闘機に撃墜された事例は、これが初めてです。このニュースについては、また詳しい情報が入り次第、お伝えします』
この時、2人は知る由もなかった。
後にこの事件が、自分達とも無関係ではなくなる事になろうとは――




