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セクション01:送別会

「という訳で副会長、今までおつかれさまでしたーっ!」

 重なる3人の少女の声と共に、かちん、とジュース入りのグラスがぶつかり合う。

「どういたしまして。最後までやり遂げられたのも、みんなのおかげだよ」

 テーブルの中央に座るミステールは、感謝の笑みを一同に見せてからジュースを飲んだ。

 今日は、生徒会を去る事になったミステールの送別会。

 アイスチームの全員が、ミミの部屋に集まって開いているのだ。

 故に、送別会と言いながら簡素な食事しかないが、誰もそれに不満はないようだ。

「いいえ、私が生徒会長の役目を務められたのも、ミステールのサポートがあったからですよ」

「フィンガーからも、感謝します」

 ミステールの言葉に対し、礼で答えるミミとフィンガー。

「ああ、もう副会長と会えなくなっちゃうんすね……アタイ何だか寂しいっす……」

「何言ってるんだいチーター。まだ卒業は半年先だよ」

「……あ、そういえばそうっすね」

 1人で泣いているチーターは、ミステールに指摘されると照れ隠しに笑いながら涙を拭く。

(うーん、気まずい……)

 そんな中、1人招待されていたツルギは、気まずさを誤魔化すためにジュースを口に運んだ。

 この場にいる男は、ツルギ1人だけ。

 ミミの「送別会は関係者のみで執り行う」という意向により、ストームを含む他の仲間達は参加を拒否されてしまったのだ。

 しかも、ここはミミの部屋。

 既にストームとミミに関するいざこざが解決したとはいえ、自分1人が女4人に混じって集まりに参加するのは、倫理的に問題があるのではなかろうか、と考えてしまう。

「どうしたんだい、ツルギ君」

 と。

 不意に声をかけられたツルギは、口に入れたジュースでむせてしまい、強く咳き込んだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

「い、いや、大丈夫……で、何ですかミステール先輩?」

 ミミの心配をよそに、ツルギは落ち着いてナプキンで口元を拭く。

「まさか、この期に及んでまだ生徒会副会長の地位を受け入れないつもりかい?」

 問うミステールの眼鏡は、不敵に輝いているように見える。

「そ、そんな! とんでもないです!」

 何とか呼吸を整えてから、ツルギはナプキンを置いて続ける。

「こうなった以上は、もう後には引けないと思っていますよ」

「ほう……つまり、承諾という事でいいんだね?」

「はい」

 はっきりとうなずくツルギ。

 問題は、ここでまたフィンガーが反論してこないかどうかだったが、

「みんなも、異論があるなら今の内だよ? 特にフィンガー、いいのかい?」

「え!? いえ、私は決定に従います……」

 フィンガーは意外にも、承諾の意思を示した。

「そうか、なら安心して生徒会を離れられるね。これを渡しておこう」

 そして、ミステールは懐からある物を取り出し、テーブルの上に置いて。

 それは、彼女の制服の胸ポケットについていた小さなバッジだ。

 そういえば、生徒会会長と副会長には専用のバッジがあった事を思い出す。

 ミミは普段ケープを着ているため胸元が見えず、全く意識していなかったのだ。

「生徒会副会長のバッジだ。受け取って」

「ありがとうございます」

 テーブル上で差し出されたバッジを、ツルギはしっかりと受け取る。

 これを胸につけるのか、と思うと自分が副会長になる実感が湧いてくる。

「これからの活躍に期待するよ、会長たる姫の()役として――いや、男だから()役か」

 だが。

 悪意ともとれるミステールの一言で、その実感が全て台無しになってしまった。

「もう、ミステールったら上手ね」

 しかも、当のミミは開いた扇子で口元を隠し、まんざらでないように聞こえる言葉を口にしている。

「いよっ、ファインズ分校の王子! 2人も女持てていいっすねー!」

 チーターまで、悪乗りしてそんな事を言ってくる。

 フィンガーは、じっと見つめるだけで何も言わない。

 気まずさで目を逸らさずにいられない。

 自分とミミはただの友達だ。その言葉が冗談である事を信じたい。

 そう願うツルギであった。


     * * *


 かくして、送別会は終わり、ミステールらはミミの部屋を後にした。

 だが、ツルギだけはなぜか「まだ話がある」という理由で帰れずにいた。

 静けさを取り戻す部屋。

 ここにいるのは、自分とミミだけ。

 それだけで、異様に緊張して胸が高鳴ってしまう。

「なあ、ミミ……用事って、何なんだ……? なるべくなら、手短に済ませて欲しいんだけど――」

 緑茶を準備しているミミに、問いかける。

 まさかここで変な事を言うんじゃないかだろうか、という変な考えを押し殺しつつ。

 テーブルに緑茶を用意したミミは、椅子に座ってから話し始めた。

「……ツルギ。あなたは、もう一度自分の足で立ちたいって思わないのですか?」

 意外にも、真面目な質問で驚いた。

 その問いは、ツルギ自身がすっかり忘れかけていたもの。

 かつての事故で失った、下半身の自由。それは、もう二度と完全に戻る事はない。

 その失意からか、立って歩きたいなんて考えた事はほとんどなかった。

 考える以前に、学園に呼び戻されてしまった事もあるのかもしれないが――

「それは、できるならそうしたい。フライトの時もいつもストームやゼノビアさんに迷惑をかけっぱなしだし……けど、リハビリセンターに行く暇なんてないし――」

「ならそれを、私に任せてもらえませんか?」

 すると、ミミは予想外の事を口にした。

「え?」

「ツルギは、まだ下半身の感覚自体はあるのでしょう? なら、完全には回復しなくてもかなりの機能が回復する可能性があるそうですよ。少なくとも、歩く事くらいはできるようになるのではないかと」

「そ、そうなのか……?」

「ええ。ですから私、ずっと前から何かできる事はないかと考え、生徒会を代表してあちこちに問い合わせていたんです。そうしたらつい先日、朗報がもらえました。エリス市のセンターから、専門の職員を派遣してくださるそうです。下半身の自由を奪われても夢をあきらめないツルギの姿勢を、全力でサポートするとおっしゃっていました」

「ミミ、そんな事を――」

 驚いた。

 ミミが知らない所で、自分のために行動していたなんて。

 それなのに、車いす生活の現状を受け入れかけていた自分が、何だか情けなく感じる。

「ですからツルギ、もう一度自分の足で立ってみませんか? もしかしたら、あなたが失った操縦技術だって、取り戻せるかもしれません」

 ミミのまっすぐな視線が、ツルギに問う。

 操縦技術を取り戻せるかもしれない。

 それは、ツルギにとって魅力的すぎる言葉だった。

 あの時自分で操縦していた感覚を、もう一度味わえるのかもしれないのだから。

 でも、と心の奥底で踏み止まろうとする自分がいる。

 もし仮に取り戻せたとしたら、ストームはどうなる――?

「……そこまで行けるかどうかわからないけど、やってみる価値はありそうだね」

 考えるのをやめて、答えた。

 仮に操縦に支障がなくなったとしても、一度忘れてしまった操縦技術を取り戻すのは簡単な事ではない。

 何より、操縦次術うんぬんを抜きにしても、立って歩けるようになるに越した事はない。

 なら、チャレンジしてみない手はない。

「いいよ、やってみる」

 ツルギは、ミミの提案を快諾した。

 すると、彼女の顔にも笑顔が浮かぶ。

「ありがとうございます!」

 それを見て、ツルギは誓った。

 やはり、この現状に満足していたらダメだ。

 少しでもこの体が元に戻る可能性があるなら、そこへ進んでみよう。

 彼女なら――ストームなら、間違いなくそうずるはずだろうし。

「話は、これで終わりか? なら、帰るけど――」

 話の結論も出た事だし、とツルギは帰る支度をしようとした。

「あの、待ってください」

 だが、ミミに呼び止められた。

 顔を上げると、彼女は立ち上がってやや顔をうつむけていた。

「……私には、まだ伝えていない事があります」

 そして、なぜかケープを脱ぎながら、そう言った。

「伝えていない事、って?」

「ツルギ、追試の時は本当にありがとうございました。今私がここにいられるのは、あなたのおかげと言ってもいいでしょう」

 脱いだケープをテーブルにそっとを置くと、今度は制服のボタンに指をかける。

「今更お礼なんて、いいよ。僕だって、ミミのいない学園生活が想像できなかっただけで――」

「ツルギも、そう思ってくださっていたのですね……嬉しいです」

 何か様子がおかしい。

 そう思った矢先、ミミは制服のボタンをゆっくりと外し始めた。

 上着がゆっくりと袖から滑り落ち。白いワイシャツが露になる。

 その白さは、ミミの細い体を強調するように清らかだ。

 そして、ツルギの元へゆっくりと歩み寄り始める。

「あ、あの、ミミ……?」

 否応なしに高鳴る心臓。

 嫌な予感しかしなくなる。

 なのに、車いすを動かせない。

 そうこうしている内に、ミミは首元のリボンを外してしまった。

「此度の追試で、私は確信しました。やはり私はあきらめられない――」

 ツルギの目の前で、今度はワイシャツのボタンに手をかけるミミ。

 ボタンをひとつずつ外していくと、艶やかな白い肌とふくよかな胸を隠すスポーツ下着が露になっていく。

「この胸に湧き上がる、あなたへの思いを……!」

 その言葉を証明するように、ミミはワイシャツの胸元を露にした。

 ストームよりも若干小さいが、それでも充分大きい胸。

 いけない事だとわかりつつも、視線が釘付けにされてしまう。

「な、ななな――」

 嫌な予感が、現実味を帯びてきた。

 今ここにいるのは、自分とミミだけ。

 何かとんでもない事が起きても、不思議ではない状況――!

「ああ、愛しています、ツルギ……」

 ミミの手が、ゆっくりとツルギの頬へ伸びてくる。

 だがツルギの体は、石になったように動かなかった。

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