セクション04:プレッシャーとの戦い
『手が震えてって、大丈夫ですか!? そのまま落ちないでくださいよ!?』
ミミの発言に、ユーリアが動揺している。
舵の振動とは言っても、落ちる事を心配するほどひどくはないが、さすがに不安を煽られる。
『弱音を吐いたらダメです姫様! こういう時こそ勇気を振り絞らなければ、「王女の誇り」の意味がありません!』
ホースとの接続に成功したフィンガーが思わず声を上げるが、それが逆にミミを委縮させてしまったようだった。
『うーん、こりゃフィンガーちゃんの提案が完全に裏目に出た形か? まさか姫さんがここまでプレッシャーに弱いとは予想外だが――』
『そんな事言ってる場合じゃないでしょう!』
バズの独り言を、ラームが制止する。
フィンガーの言う通りだ。
ここで主役たるミミが脱落してしまったら、このフライトの意味がなくなってしまう。
とはいえ、今は絶対に失敗が許されない場面。
ここで失敗すれば、彼女は戦闘機科から出て行かなければならない。それは、彼女の王位を目指す戦いが困難になる事を意味する。
失敗してもいい、なんて楽観論はできない。
そのプレッシャーがどれだけ大きいかは、容易に想像できる。
『おいフィンガー! ここで姫様がしくじったらあんたの責任だぞ!』
『そ、そんな!? 姫様は、こんな所で終わる人じゃ――』
チーターに文句を言われて動揺するフィンガー。
一方で、ミステールは事の成り行きをそっと見守るように沈黙を保っている。
『どうして……? こんな大事な時にできないなんて……こんなの、なんて無様――』
そんな中ミミは、相変わらず給油位置に着く事すらできない。
一度給油位置についてしまうと、5分間のタイムリミットがついてしまうのが怖いのか。
まずい。完全に自分を見失っている。黙っていたらずっと動けないままだ。
たまらず、ツルギは声を上げた。
「ミミ!」
『なっ、何ですかツルギ?』
「まずは1回落ち着くんだ! 大きく深呼吸でもして!」
言われた通り、ミミはマスクを外して、大きく息を吸った。
そして、ゆっくりと吐く。
数回ほど繰り返したのを確かめてから、ツルギは続ける。
「そして思い出すんだ、編隊飛行実習の時を!」
『……!』
ミミが、息を呑んだのがわかった。
「あの時だって、君は今と同じくらい追い込まれていたはずだ! でも、乗り越えられたじゃないか! この間の空中給油だって――」
『で、でも、それは――』
「それは、君が必死になったからだろう? ここで終わりたくないって思ってたからだろう? そんな気持ちは、もう今はないのか? 本当に、ここで終わっていいのか?」
『……』
「今、君が感じてるプレッシャーが半端ないのはわかるよ。だからこそ――歯を食いしばってがんばってくれ! やめたいと思った時、僅かでも迷うならやめるな! それは、君がまだやりたがっている証拠なんだから!」
口から出たのは、いつか教官に言われた言葉。
いつの間にかそれを口にしていた事に、ツルギ自身も驚いた。
『ツルギ……』
『そうだ姫さん! ここが踏ん張りどころだぜ!』
『姫様!』
バズやフィンガーが、ミミに声援を送り始める。
すると。
『そう、ですよね……あの時だって言いましたよね、「どうせ落ちるなら、最後まで戦い抜いてから落ちた方がいい」と――』
うつむいたミミの声に、力が宿り始める。
ミミ機の翼の舵の震えも、僅かだが治まり始めた。
そんな矢先。
『あの、言いにくいんですけど……そろそろ、戦闘開始の時間では――?』
申し訳なさそうにユーリアが口を挟んだ。
反射的に、ツルギは時計を確認する。
「あっ、もうこんな時間! そろそろ行かないと減点される!」
「でも、みんなで行かなかったらまずいんじゃ――?」
戦技テストでは、計画通りにミッションを進める事も重要だ。いざ実戦で行動が遅れるとなれば、敵にその分猶予を与えてしまう事になるからだ。
しかし、ミミはまだ給油を済ませていない。このままではチームは動けない――
『皆さん、先に行ってください。私は後で追いかけますから』
が。
ミミが、そんな事を提案してきた。
当然、それには誰もが驚く。
『おい、いいのかよ? 一時的とはいえ戦力を欠いちまうぞ?』
『ですから、後で追いかけると言っています! 私だけのせいで、ミッション自体を遅らせる訳にはいきません! だから――!』
ミミの声には、強い意志が宿っている。
それこそ、普段通りの彼女の声。
困難に立ち向かう意志を取り戻した、何よりの証拠だ。
「ミミ……」
それを前にして、ツルギは何も反論できない。
『……わかった、姫が言うならそうしよう。だが、必ず来るんだぞ』
ミステールがようやく口を開く。
それに、
『ええ、約束します』
ミミは、約束という言葉を使ってはっきりとうなずいた。
その声に、不思議と安心感を覚えるのはなぜだろう。
約束は破られるためにある、という言葉があるように、約束と言って必ず果たされるとは限らないというのに――
『全機へ、これよりアイス1を残して攻撃に向かう!』
『アイス2、了解!』
『アイス4、了解っす!』
ミステールの号令に、フィンガーとチーターが答える。
『ブラスト2、了解』
次に、ラーム。
そして、ツルギも。
「ブラスト1、了解。行こうストーム」
「ウィルコ! それじゃ、これより攻撃に向かいまーす!」
ストームの一声で、ウィ・ハブ・コントロール号がゆっくりと右旋回し、ボイジャーから離れて行く。
他の機体も、それに続く。ミミ機を1機だけ残して。
『ま、またのご来店、お待ちしてまーす!』
少し慌てた様子のユーリアの声が流れる。
その中で。
(ミミ……信じてるからな……!)
どんどん小さくなっていくミミ機の姿を見ながら、ツルギは願った。
彼女が、再び自分達の元へ戻って来る事を。




