セクション02:謎の信号
『お、姫様いい爆撃だったようですね! さすがは『ミラージュ姫』です、お見事! さて、本日の実習はここで終了です! 帰ったら復習をお忘れなく! それでは、また次回のフライトでお会いしましょう! さようならー!』
まるでラジオパーソナリティのようなピース・アイの声が、フライトの終了を告げた。
やる事は全て終わった。後は帰るだけである。
『どうでした姫様! 私のファインプレーは!』
追いついてくるフィンガー機。
オレンジ色のヘルメットを被ったフィンガーが手を振っている様子が、はっきりと見えた。
「ミステール、正確な指示でしたよ」
『それはどういたしまして』
だがミミは無視してミステールに声をかけた。
なんで無視するんですか、と悲しそうなフィンガーの声が聞こえたが、やはり無視。
『あーあ、アタイのいい所は全然なしかー』
どこか残念そうなチーターの声。
そこへ、ミステールの冷静なアドバイス。
『自分の存在が敵への抑止力になったって考えればいいじゃない、チーター』
『ああ、そうっすね! 確かにアタイがいたから敵は――って余計悲しくなるっすよそれ! アタイだって第一線で活躍したいっすー!』
『下積みを重ねて行けば、いつかはそうなれるよ』
慰めているのかそうでないのかわからない2人のやり取りに、ミミは思わずくすり、と笑ってしまった。
『聞いてますか姫様ーっ!』
と。
フィンガーの叫び声がインカムから飛び込んできた。
耳元で叫ばれたような感覚に、驚いてしまうミミ。
「な、何ですかフィンガー。おどかさないでください」
『おどかさないで、じゃありませんよ! 共に爆弾を落とし命中させたウィングマンに労いの言葉はないんですか?』
拗ねるようにフィンガーは言う。
う、とミミは黙り込んだ。
自分の事を過剰に慕うフィンガーは、構ったら付け上がるのでわざと無視していたが、こう問われては言葉を返さない訳にはいかない。
ため息をついてから、適当な言葉を返す。
「はいはい、ご苦労様でしたフィンガー。次の活躍に期待しますよ」
『何か心がこもってませんよ! 姫様にとって私はその程度の存在なんですかー!』
だが、フィンガーは余計に駄々をこね始めた。
さすがに棒読みすぎたか、と少し反省。
とはいえ、そんなに褒めて欲しいのかと呆れてしまう。こんな人をパートナーに持つと困る事ばかりだ。
「……さて。無駄話はこれくらいにして、学園へ帰りましょう」
とりあえず、そう指示して話を濁す事にした。
『ちょっと姫様――』
「帰りたくないなら置いて行きますよ?」
『……りょ、了解』
少し脅すように言ってから、右旋回で編隊を離れる。
すると、ようやくフィンガーは黙って後を追ってきてくれた。
『アイス3、了解――ん?』
そして、ミステールがさらに続こうとした時。
ふと、目の前を1つの機影が横切った。
あまりにも速かったので、その正体が何だったのかはわからない。
ただその直後、甲高く規則正しい電子音が無線で流れてきた。
「何、これ?」
『信号みたいっすね。解読するっす』
少し戸惑うミミをよそに、チーターがそう名乗り出た。
信号?
こんな所で信号を流す輩がいるのだろうか。
ここは軍事活動エリアだ。主要な民間航空路も海路もない。
つまり流しているのは軍という事になるが、自分達空軍以外がここで活動しているなんて事は聞いていない。
『えーと、「イツマデソンナバカナ事ヲシ続ケル気ダ、フローラ」……』
フローラ。
不意にその名が出てきて、ミミの全身の毛が逆立った。
最近、その名前で呼ばれた事がほとんどなかった故に。
『ちょ、フローラって――!』
『姫様を呼び捨てにするなんて、誰なの一体――!』
僅かに驚いた声を出したミステールと、怒りを露にするフィンガー。
『静かに! えーと、「次ノ期末戦技テスト、突破デキル自信アルノカ?」以上っす』
チーターが続きを読み上げる。
それは明らかに、ミミを挑発するものだった。
『くーっ、何よそいつ! 姫様をバカにするなんて、このフィンガーが許せないっ! ちょっと犯人捜してきます!』
『落ち着くんだフィンガー。感情だけで行動してもいい事はない。まずは戻ろう』
我慢ならないとばかりに憤慨するフィンガーと、それを窘めるミステール。
だがミミは、その言葉に茫然とするしかなかった。
「期末戦技、テスト……」
その単語に、不吉な予感を感じていたから。
* * *
そして、着陸後の教室。
不吉な予感は、配布されたプリントという形で見事に的中した。
「嘘……!?」
席でそれを見たミミは愕然とした。
間もなく行われる、期末合同戦技テスト。
発表されたその内容は、ミミ――いや、フローラ・メイ・スルーズという王女にとって、かつてない大きな壁となるものであった――
「空中、給油……!?」