セクション13:決死の空中給油
2機のミラージュと1機のイーグルは、ゆっくりと左旋回を始める。
前方を行くフィンガー機の胴体下から、バスケット付きのホースがするすると伸び始める。
その正面にミミ機が位置付き、準備完了。
「ミミ、燃料は後どのくらいだ?」
『後……およそ5分!』
『5分!? なら姫様、すぐ始めましょう! 時間がありません!』
『ええ』
5分という明確な数字が出て緊迫した空気の中、遂に給油が始まった。
ミミ機が、機体をふらつかせながらゆっくりと、慎重にバスケットへ近づいて行く。
この制限時間では、トライはよくて3回が限度だろう。だからか、アプローチもいつもより増して慎重になっている。
「ツルギ、海軍はどのくらいで来てくれるかな?」
「海軍がヘリを飛ばしてくれれば、遅くても30分以内には救助できるはずだ。海は多少荒れているけど、この程度なら問題はないと思う。出番がないのが、一番いい事だけどね」
ストームと、そんなやり取りをするツルギ。
その間にも、ミミ機は揺れるバスケットへと近づき続ける。
機首のプローブが、おぼつかないながらもバスケットを捉え始める。
そこを狙って一気に近づく。
だが、惜しい所で右を通り抜けてしまった。
『く……も、もう一度――!』
一度速度を下げて後退し、リトライに挑むミミ機。
だが、ここで。
『こちらピース・アイ。残念ですが、悪い知らせです。空域に一番近いフリゲート・ロタから、ヘリコプターが機体トラブルにつき発進不可能と連絡が入りました』
ピース・アイから、不能な知らせが入ってしまった。
「何だって!?」
『現在他の艦へ連絡を取っていますが、そちらまで向かうにはかなり時間がかかりそうです』
ツルギの配慮が、一瞬にして水の泡と化した瞬間だった。
『そ、そんな!? ではもし失敗したら――』
『いつ救助できるかわからない、という事ですね』
その言葉に動揺したのは、ミミだけではない。
これで、もはや彼女に失敗という選択肢はなくなってしまった。何が何でも成功させなければ、無事に帰れる保証はない。
つまり、ミミは絶対に落ちる。
未だ空中給油を成功させた事がない彼女にとっては、ほとんど死刑宣告のようなもの。
そんな結論を、強引に振り払うツルギ。ここで終わりだと思いたくないのは同じだ。
「これって……『ハイスイノジン』って奴?」
「残念だけど、そうだね……」
一気に重みを増した空気の中、ストームとツルギがやり取りをしていると、
『ま、まだです! まだ、時間はあります! まだ、死ぬと決まった訳では――!』
ミミが、まるで自分自身を振るい立たせるように声を上げた。
そして、二度目のトライに挑む。
だが、以前より増したプレッシャーのせいか、機体が安定を失い始めている。プローブが、バスケットを捉える事ができない。
そんなミミをあざ笑うかのように、バスケットは上下左右に揺れる。
『く、ね、狙いを――!』
それでも、近づき続けるミミ機だが、やはり姿勢は落ち着かない。
息が荒い。明らかに焦っている。
「ミミ! 落ち着け! 落ち着いて狙うんだ!」
『い、言われなくても、わかってます!』
その返答に反して、ミミの声は荒ぶっていた。
そのせいか、遂にふらりとバランスを崩し、機体がバスケットの下に潜り込んでしまった。
『あっ!?』
何とか姿勢を立て直すも、またしてもドッキングは失敗。
未だドッキングできていないバスケットは、ミミの失敗を見下ろしにやついているように見える。
『姫様! もう後2分もありませんよ!』
フィンガーが残り時間を宣告する。
途端、ミミ機はバスケットを前にして沈黙してしまった。
がっくりと顔を押としたまま動かない。
あの時――戦技テストの時と同じように。
『ダ、ダメ……やっぱり、できない……もう、ダメなの……?』
遂に、涙ぐむ声でそんな事まで口走り始める始末。
「大丈夫だ! まだ1回はできる!」
『でも……このままじゃ、何度やっても同じ……これじゃ、何もしないのと同じじゃない……!』
ツルギが呼びかけるが、ミミは戦意喪失し始めている。
まずい。
時間は刻一刻と過ぎて行き、次第に2分後の墜落がちらつき始める。
それでも、ツルギには見ている事しかできない。自分が経験している空中給油はミミのものとやり方が違う。だから気の利いたアドバイスもできない。
『姫様っ!』
『もう、あきらめるしか、ないの……? 私には、無理なの……?』
燃料の警告音が、ミミを追い詰めるように鳴り響く。
彼女に何もできない事が悔しくて、歯噛みするしかないツルギ。
そんな中。
「姫様、バランスっていうのは目だけでわかるものじゃないよ。体中で感じるんだよ」
ストームが、そんな事を口にした。
『体中で、感じる……?』
すると、ミミはおもむろに目を閉じた。
そのまま、しばしの沈黙。
警告音だけが鳴り響き、制限時間が迫ってくる。
すると、ミミ機のふらつきが次第に治まり始めた。
『体中で、体中で、体中で――』
呪文のように繰り返していく毎に、安定を取り戻していく機体。
コントロールが整い始めている。揺れるバスケットへ、狙いが定まっていく。
その間にも、警告音は鳴り続ける。
「ミミ!」
『姫様!』
もう時間がない。
一刻も早くドッキングしなければ、墜落は目の前だ。
にも関わらず、ミミ機は近づかない。
ただ、プローブは次第にバスケットを軸線上に捉え始めている。
急かす警告音と裏腹に、まるで居合のタイミングを計っているような沈黙の中。
『――今!』
遂に、間合いを詰めた。
揺れは最小限。
プローブはまるで吸い込まれるようにバスケットの中へ滑り込み――ホースと接続された。
警告音が鳴り止む。
『で――できた……!?』
その事実に、真っ先に驚いたのはミミだった。
『や――やりました! 接続成功です!』
途端、フィンガーが声を上げた。
2機のミラージュは、1本のホースでしっかりと繋がっている。
ミミは、この場で初めて空中給油を成功させたのだ。
『やれたじゃないですか姫様! ああもう、一時はどうなるかと思いましたよ……ううっ……』
フィンガーは、よほど嬉しかったのか泣いてしまったようで、片手でマスクを外して顔を拭いている。
その様子に、ミミを少し戸惑っているようだ。
「ほらね、あきらめなきゃ人は何だってできるんだよ! ね、ツルギ?」
「そうだね」
微笑むストームの言葉にうなずいたツルギは。
「……ピース・アイ」
『あ、はい?』
「給油は成功した。これでミミを連れて帰れると、海軍と基地に伝えてくれ」
ピース・アイへ、給油の成功を報告した。




