セクション08:消えたミミ
『ただいま、私は電話に出る事ができません。ピーという音の後に、お名前と用件をお話しください』
ミミの携帯電話にかけてみると、録音された彼女の声が空しく流れる。
用件を録音する気は起きなかった。しても二度と聞いてくれないような気がしたから。
不吉な予感を実感したツルギは、すぐさま仲間達に連絡を取った。
『ん、姫さんか? いや、俺はまだ今日見てないな……シルヴィ、今日姫さんどこかで見たか? そうか、シルヴィも見てないそうだぜ。お忍びで出かけてるんじゃねえのか?』
と、バズ。
『姫様? ごめん、ママは朝から整備だったから見てないのよねー。でも追試もあるんだし、学園からは出てないと思うよ?』
と、ゼノビア。
予感は、確証へと変わった。
理由はわからないが、ミミはどこかへ姿を消してしまった。しかも、何か不吉な形で。
「やっぱり、いないの?」
「ああ」
電話を切り、ツルギはストームに報告する。
突然の出来事に、彼女も困惑気味だ。
「とにかく、探してみよう。何か事情がわかるかもしれない」
「うん、そうだね!」
ツルギは素早く支度を整え、ストームに車いすを押してもらって部屋を飛び出した。
もちろん、持ち主不在の扇子も持って。
* * *
まず教官に話を聞くべく校舎に向かう途中、図書館の前でチーターの姿を見かけた。
「チーター!」
「え、ツルギに、ストームじゃないっすか。ど、どうしたんっすか、そんなに慌てて?」
声をかけると、チーターは少し驚いた様子で振り返った。
「すまない、今朝ミミを見かけなかったか?」
「え? 姫様なら――今朝は休日返上で朝練っすよ」
「あ、朝練……?」
帰ってきた意外な答えに、ツルギは声を裏返した。
「副会長と追試に向けた空中給油の練習っす。朝早くからミラージュで飛んで行ったの、寮から見なかったっすか?」
「そ、そうだったのか……」
そういえば朝から戦闘機が飛ぶ爆音を聞いたような気がするが、昨夜はストームと一緒に寝てしまったせいかあまり覚えていない。
しかし、朝練というのなら尚更気になる。今一体、彼女は何をしているのか――
「何か用があるなら、戻って来た時にアタイから伝えておくっすよ?」
「いや、それが――」
ツルギは、今朝届いた扇子と手紙の事について説明した。
すると、チーターは動揺で目を白黒させた。
「そ、そ、そんな!? まるで遺書じゃないっすか」
「そうとしか、思えない」
ツルギは、手に持ったミミの扇子を見下ろしながら言う。
「もしかしたら、戦技テストで落第した事が原因なのかもしれない」
「そ、そうかもしれないっすけど、だとしたら、姫様は今――」
チーターが言いかけた、その直後。
「そんなの、イタズラに決まってるでしょ」
ツルギの背後から、第三者の声がした。
振り返ると、そこには。
「話は聞かせてもらったわ。ほんと、低俗なイタズラね」
いつの間にか、フィンガーの姿があった。
「フィ、フィンガー……」
予期せぬ登場にツルギは驚いたが、なぜかチーターも顔を見た瞬間僅かに怯んでいた。
「イ、イタズラって……どうして決め付けられるんだよ、フィンガー?」
「姫様はそんな事をする人じゃないわ。遺書を誰かに送っていなくなるなんて――」
チーターの問いに、フィンガーは得意げに答える。
な、何を根拠に、とチーターが恐る恐る反論するが、フィンガーは無視して話を続ける。
「きっと、誰かが『恋人がいるくせに姫様と浮気するな』って警告しているんでしょうね、あんたに」
その鋭い視線が、ツルギに向けられた。
「そう、全ての根源はあんたなのよ。こんな目に遭いたくなかったら、さっさと姫様の前から消えなさい、ジャップ。あんたが姫様の隣にいても、邪魔になるだけだから」
殺意すら帯びているように感じる言葉。
まるで銃を突き付けられているような感覚を前に、ツルギは何も反論できた。
だが。
「ツルギは姫様と浮気なんてしてないよ」
2人の間に、ストームが割って入った。
「なのに、あの時なんで浮気してるって言ったの? あたしを騙すつもりだったの?」
予期せぬ反論に、フィンガーが僅かに怯む。
「あ、あんた……なんで姫様の肩を持つの? こいつを姫様に取られてもいいって事?」
「そんな事はないよ。ツルギは姫様に気使っちゃうって言ってたもん。本当に好きなのはあたしだって事も。ね?」
ストームが、肩越しにツルギへと振り向いた。
大丈夫だよ、と言っているようなその瞳が、ツルギには心強く見えた。
「姫様はツルギのお喋りに気を取られて落第した、って言うけど、もしかしてあたしにそうするように仕向けてたって事なの?」
ストームの指摘に、ツルギは驚いた。
そうするように仕向けた?
まさか、前に「ミミをウザいと思っている」と吹き込んだのと同じ感覚で――?
「く……」
フィンガーが目に見えて顔をしかめている。
すると。
「その通りっすよ」
彼女に代わって、チーターが答えた。
それに一番驚いたのは、フィンガーだった。
「チ、チーター!?」
「もう我慢できないから、白状するっす。フィンガーは、姫様が戦技テストで失敗した責任をツルギに着せて、代わりに自分が手柄を立てるつもりなんすよ」
「な、何だって!?」
衝撃の事実に驚くツルギ。
「アタイも、フィンガーに脅されて無理やり協力させられたんっす……だから戦技テストが終わった後、ツルギを責めたんっすよ……」
懺悔するように、チーターはうつむいて言う。
そして、拳をぐっと握り締めると。
「でも、姫様がこんな事態になっちゃったのは、あんたがおかしな事したせいじゃないのか、フィンガー……? そう思ったら、もうやってけないっすよ……」
顔を上げて、フィンガーに訴えた。
く、と歯噛みし続けていた彼女は、
「だからって、またジャップに助けさせるつもりなの……?」
まるで開き直ったように、笑みを浮かべつつそんな事を口にした。
「もし姫様の事が本当だったとしても、私が助ければいいだけ……そうすれば、姫様も私に振り向いてくれる……でも、ジャップに助けられたら意味なんてない……」
独り言を言い続けるフィンガーの目が、次第に虚ろなものになっていく。
そして、ゆっくりと懐に手を伸ばし、何かを取り出した。
「私は、姫様に一番信頼される人になるの……じゃないと、『スルーズ・ワン』のパイロットになんてなれない……!」
先端から、ぱちぱちと火花を出す黒いモノ。
それは、護身用のスタンガンだ。
「そのためには――あんたが邪魔なのよ、ジャップッ!」
殺意ともとれる感情が、ツルギに集束する。
それに気付いたのも束の間。
フィンガーは奇声を上げながら、ツルギに向かっていった。




