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セクション07:素直になろう

 2人が寮に戻ったのは、既に空が暗くなった頃だった。

 長いようであっという間に終わってしまった一日。

 それを、部屋に戻って初めて実感できる。

「はぁー、帰ってきたねツルギ! これからどうする? そうだ、一緒にお風呂入ろっか?」

 部屋に上がるや否や、そんな事を臆する事なく口にするストーム。

 こんな赤面ものの言葉を、彼女は内外問わず平気で言ってくる。

 それはそれで大変だが、やはり――

「なあ、ストーム」

「ん、何?」

 声をかけた直後、ツルギは無意識にストームの手を引き寄せていた。

「――あ」

 ストームの体が、あっさりと車いすの上に倒れ込む。

 それを、両腕でしっかりと受け止めるツルギ。

 ストームは、右肩を背もたれにして膝の上に座り込む形になった。

「今日は、その――ありがとう。何というか、君に惚れ直したっていうか――」

 しっかりとストームを抱き締めながら、ありのままの気持ちを伝えるツルギ。

 これはストームも予想外だったのか、不思議と黙り込んでしまっている。

「やっぱり僕は、君が好きだ」

「……ふふ、どういたしまして。やっと元気が出てきたねツルギも」

 ようやく、ストームが声を出した。

 そのまま少し間を開けて、ツルギは伝えるべき事を口にする。

「今だから白状するけど、実は最近悩んでたんだ。僕は、本当にストームの事が好きじゃないんじゃないかって」

「え、どうして?」

「前にミミから告白されたって話、しただろ? 結局恋人として付き合えなかったって事も」

「うん」

「でも僕は、ミミと普通に話せているし、付き合えてもいる。もしかしたら、僕はミミの事がまだ好きなんじゃないかって――ストームはミミの代わりなんじゃないかって思って――」

「え――」

「でも結局は、ただの杞憂だった」

 少し驚いたストームを、安心させるようにツルギは言う。

「君への気持ちは本物だ。君がミミの代わりだなんて思ってないし、ミミに浮気しようとも思ってない。やっぱり姫様だし、どうしても気を使っちゃうんだ。僕が自然体で付き合えるのは、やっぱりストームなんだってやっと気付けたんだ。だから、ごめん。ミミの事に嫉妬してるかもしれないけど、ミミと浮気するつもりなんてないから――」

「……なあんだ、そうだったんだ」

 すると。

 ストームも、安心したようにつぶやいた。

「別に謝らなくていいよ。あたし、嫉妬なんてしてないから。でも実はね、あたしもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不安だったんだ」

 そしてやや声を落とし、自らの心情を口にした。

「ほんの、ちょっとだけ……?」

「実技テストの前、『ツルギが姫様と浮気しようとしてる』なんてフィンガーに言われちゃったから――」

「え、フィンガーに……?」

 そこで出てきた意外な名前に、ツルギは驚いた。

 実技テストの前、ストームはフィンガーと話をしていた。その時話していた事が、この事だったというのか――?

「でも、ツルギを信じてた。だから今日、デートしようって思ったんだよ。最近元気ないから元気にさせてあげたかったし」

「ストーム……」

 自然と、表情が緩む。

 ストームが嫉妬しているかもしれないという事も、やはり杞憂だったようだ。なまじそんな態度を見せなかったせいで疑い深く気にしていた自分が、ばかばかしくなってくる。

「何だか僕、疑い深すぎだな……もっと素直に、ならなきゃな……」

「じゃあ、ツルギ」

「何?」

「今から、素直に、なろう……?」

 ストームが、ツルギの頭に手を伸ばした。

 そのまま、誘うように顔を右に向けさせた。

 間近にある、ストームの顔。

 誘うように深い空色の瞳が、そっと近づいてくる。

「そう、だね……」

 ツルギは抵抗する事なく、それを受け入れた。

 久しぶりに、2人の唇が重なった瞬間だった。


「なあ、ストーム」

「何?」

「さっき、嫉妬なんてしてないって言ってたけどさ――」

 浴室に舞う、無数の泡。

 それは、ドリームキャッチャー以外一糸纏わぬストームが手元からすくって吹いたものだ。

 生まれて初めて入る泡の海は、意外と暖かい。

 ツルギはストームの誘い通り、2人で泡風呂に入っていた。

 先程と同じく、ツルギの膝上に座るストームを泡の中で抱く形だ。

「それならどうして、僕からミミを引き離したりしてたんだ?」

「ツルギが嫌がってたからだよ。嫌がる事しなかったらそんな事しないよ?」

「そうだったのか……でももし、僕が本当に浮気したらどうするつもりなんだ?」

「え?」

 ストームは少し考え込むと。

「その時は、その時だよ!」

 ツルギと体を向かい合わせて、そう答えた。

 ごまかしを全く感じない、まっすぐな言葉。

 ストームは全くの本心で、そう言ったのだ。

 ツルギはくす、と少しだけ笑ってしまった。

「そんな考えで、本当に大丈夫か?」

「不安になる事考えても、しょうがないでしょ?」

 ストームの細い手が、ツルギの背に回される。

 それに呼応するように、ツルギの腕にも力が入る。

 2人の体が、泡の中でさらに密着する。

「信じてるから。ツルギ大好き」

「僕も大好きだよ、ストーム」

 もう何度目かわからない、激しい口付け。

 泡の海の中、一糸纏わぬ2人は時間を忘れて互いの気持ちを確かめ合う。

 今まで溜めていた不安の分を、補うかのように――


     * * *


「ふう……何だか疲れが取れたのか取れてないのかわからない朝だな……」

 翌朝。

 ツルギは眠い目をこすりつつ、いつものように玄関に出て郵便受けを確かめていた。

 すると、その中に奇妙なものを見つけた。

「ん? 何だ?」

 手で中を探っているだけでもわかる、硬く細長い何か。

 掴んで取り出してみると、それは閉じられた扇子だった。

「扇子……?」

 おもむろに、それを開いてみる。

 紫色を地としたその模様には、見覚えがある。

 そう、かつてミミにプレゼントしたものだ。

 こんな所に、どうしてミミの扇子が。

 気になりつつ、もう1つ入っていた手紙を確認する。

 封筒にすら入っていないその手紙には、


 この扇子は、お返しします。

 今までありがとう、さようなら。

 フローラ・メイ・スルーズ


 と、おかしな英文が書かれていた。

「え――!?」

 ツルギは、言葉を失った。

 一体どういう事なのか、全く飲み込めない。

 ただわかるのは、あまりにも簡潔な文面と持ち主不在の扇子の組み合わせから漂う、不吉な予感だけだった――

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