セクション01:姫の戦い
「お前は王になれない。王は男がなるものだからな」
あの言葉は今でも覚えている。
絵本の中の女王様に憧れて、自分も女王様になりたいと思っていた矢先、父は容赦なく私にそう言い放ったのだ。
王位継承は男に優先される。それが、スルーズ家の古くからの慣習。
故に、王位継承権は弟のもの。
私はあくまで『保険』にすぎない。
あの日私は、父に面と向かって夢を否定された。
そして弟は、そんな私の叶わぬ夢をあざ笑った。
でも、納得が行かなかった。
世の中には、女性が政治の頂点に立った国なんていくらでもある。
それが許されるなら、長女の私にだって王になれる資格はあるはずだ。
なのに父は、古い慣習に囚われてばかりでそれを認めようとしない。
何より、中身がないくせに甘やかされてばかりな弟に負けたくなかった。
あんな奴を、王として認めたくない。
あいつなんかより、私の方がずっと王にふさわしいはずなんだ。
このまま黙ってやられる訳にはいかない。
なら、方法は1つ。
自分が王にふさわしい人間という事を、証明するだけ。
だから、私は――
* * *
さんさんと太陽に照らされ、青く輝く大西洋。
波の音が静かに響くだけで、通る船は一隻もない。
その穏やかな空間を、突如として爆音が引き裂いた。
上空を一直線に飛んでいく、4つの影。
美しい三角形を描いた金属製の主翼。
そして、芸術品のように美しく洗練されたグレー迷彩の胴体。
スルーズ空軍の主力戦闘機、ミラージュ2000-5ETの編隊である。
『ピース・アイよりアイスチームへ。間もなく目標地点に到着します。攻撃開始です。がんばってください!』
無線で指示が入る。陽気な少女の声だ。
狭く孤独なコックピットの中では、無線の声は他者の存在を実感させてくれるものの1つだ。
「アイス1、了解。これより攻撃に移ります」
1人コックピットに座る少女ミミは、持っていた扇子をぱちん、と閉じて指示に答えた。
紫色のヘルメットからは流れるような金髪が伸びており、その顔立ちはまだ10代後半にしか見えない。
扇子をしまったその手で、顔を自ら円錐型の酸素マスクで覆う。
「アイス1、チェック!」
『2!』
『3』
『4!』
まず点呼して、僚機達の返事を確認する。全てが少女の声だった。
「フィンガー、爆撃の用意を。ミステールはレーザー照射を。チーターは上空援護を」
『了解、姫様!』
『アイス3、了解』
『アイス4、了解っす!』
ミミの指示を受け、後方から続いていた2機のミラージュが、上昇して編隊を離れて行った。
自身も、武装のセーフティたるマスターアームスイッチを解除。
計器盤にあるディスプレイで、武装を確認する。
主翼下に、レーザー誘導爆弾ペイブウェイ2発。どちらも異常なし。
「マスターアーム解除。行きますよフィンガー」
ミミ機を含む残り2機のミラージュが加速する。
その先には、小さな島が見え始めていた。
人気が全くない無人島。
その山間に、×印が書かれた的がある。
これが、今回の目標だ。
2機のミラージュは少し広がった編隊を保ち、特急列車よりも速い速度でそこへ向かう。
『アイス3、目標捕捉』
ミステールから知らせが入る。
彼女の機体が捕捉した目標の位置がデータリンクで送られ、正面にある透明なスクリーン、ヘッドアップディスプレイ――略してHUDに縦線という形で表示される。
例えるなら、目印として立てられたポールだ。これが、ミミ達の道しるべとなる。
下方が見えにくい分、この情報を頼りに2機のミラージュは微妙な旋回で飛ぶ方向を調整。
「フィンガー、タイミングを合わせますよ。カウントダウンから目を離さないでください」
『ご安心を! できなかったら2番機の名が廃るってものです!』
HUD上で、投下までのカウントダウンが始まった。
いくら数センチ単位で正確に誘導される誘導爆弾とはいえ、タイミングが狂えば誘導が追い付かなくなり、外れてしまう。
ここはタイミングが重要だ。
5、4、3、2、1――
「爆弾投下!」
カウント0と共に操縦桿の発射ボタンを素早く押す。
直後、2機は揃ってペイブウェイを1発ずつ投下。
一見するとミサイルにも見えるこの青い誘導爆弾は、尾部にある4枚の安定翼を展開して目標へと落ちていった。
2機はすぐさま左へ急旋回。翼がヴェイパーに包まれる。
体を押し潰さんと襲いかかる重力の何倍もの力に耐えつつ、ミミは操縦桿を引き続ける。
『レーザー照射!』
同時に、ミステールがレーザー照射を開始。
これにより、2発のペイブウェイは的へと引き寄せられ始める。
『命中まで、8、7、6――』
ミステールが命中までのカウントダウンを始めた。
ミミ機が旋回を終えた頃には、既にペイブウェイは的の中心を捉え始め。
『3、2、1、今!』
カウントを終えた直後、見事的の中心を貫いた。
模擬弾なので爆発こそしないが、上がった土煙で命中をはっきりと確認できた。
『こちらアイス3、目標への命中確認。投下成功』
『やったあーっ! やりましたよ姫様ーっ!』
ミステールの報告と同時に、フィンガーが歓喜の声を上げた。