セクション01:姫との出会い
・フライト2までのあらすじ
試験官のフェザーの下、遂に期末合同戦技テストが始まった。だが、ミミ機は序盤の空中給油がうまくできず、自ら棄権してしまった。
その結果、少ない護衛機での対艦攻撃を余儀なくされたブラストチームは、フェザーの乗るライトニングに苦戦を強いられたが、王子らカレントチームの介入で撤退に成功。
結局攻撃は失敗に終わり、棄権したミミは不合格となってしまった。ツルギはなぜあきらめたのかを問いただしたが、ミミとの溝はますます深まっていく……
それは、中等部での話。
入学して2年目、始まりのプロペラ練習機・PC-7MkIIターボトレーナーでようやく単独での操縦技術が身に着いて来た頃だった。
編隊飛行実習のパートナーとして、彼女と出会ったのは――
「初めまして。フローラ・メイ・スルーズと言います。よろしくお願いしますね」
その笑みを見た最初の印象は、とてもきれいだな、という事。
今まで見た事のある、どの女子よりも。
特に、長い金髪のきれいさが印象的だった。
姫様だからって緊張しなくていいぞ、と教官に指摘されるまで、挨拶を返す事さえできなかった。
それくらい、見惚れてしまっていたのだろう。
男子なら誰もが憧れる、スルーズの姫。
もちろん、自分自身もその例外ではなかった。
まさか、そんな人と一緒に飛ぶ事になるなんて、思いもしなかった。
あまりの眩しさに、飛んでいる途中で手元が狂うんじゃないかと、心配したものだ。
だが問題が起きたのは、むしろ彼女の方だった。
機体の点検から搭乗、そしてヘルメットを被る姿までてきぱきとしていた彼女が問題になるなるとは想像もつかなかったが、実際に飛んでみてから問題が起き始めた。
編隊飛行を、どうしても飲み込めなかったのだ。
その見た目に反して、編隊飛行にはかなりのテクニックを要する。
ぴたりと位置を付けるには、速度や姿勢を細かくコントロールし、ブレを最小限にしなければならない。それは編隊を率いる時も、編隊の一員になる時も変わらない。
彼女は、その制御能力を欠いていた。
編隊を組もうと細かい調整に入った途端、彼女の機体の挙動は不安定になり、傍から見ても危ないとわかるものだった。
『アイ・ハブ! アイ・ハブ! バカヤローッ! ぶつける気か!』
王族相手でも、後席の教官は容赦しない。
怒鳴り声と共に、教官が操縦を奪う。
それは、操縦を学ぶ実習生として大きな屈辱でもある。
教官が手を出さなければならないほど、危険な操作をしてしまったという事なのだから。
『す、すみません……』
『ぶつけたら落ちるんだぞ! 死ぬんだぞ!』
『す、すみません……』
そんな失敗を犯した彼女は、ただ謝るしかない。
とはいえ、初めてでうまくできなかったのは自分自身も同じだったので、ちゃんと実習を重ねて行けばうまくなるだろうと当たり前のように考えて、あまり気にしていなかった。
だが、始めてからというものの、彼女が教官に操縦を奪われるのは日常茶飯事になっていた。
何度やってもできない。
不安定な飛行を繰り返し、何度怒られた事か。
いつしかフライトで彼女の声に力がなくなり、顔色にも元気がなくなってきた。
それを見ていると、さすがにこちらも不安になってきた。
本当に大丈夫なのかな、と。
その不安が確証になったのは、友人からある噂を聞いた時だった。
姫はパイロットへの適性が低い、というのだ。
パイロット候補生には、誰もがなれる訳ではない。
学園入学時に行われる身体検査はもちろん、飛行実習に入る前に民間飛行クラブのグライダーを使って行われる「適性検査合宿」をパスする必要がある。
彼女は、その成績が芳しくなく、志望する戦闘機科へ行くのは厳しいと言われたらしい。
あくまで噂でしかないが、編隊飛行実習の結果から見れば、かなり現実味がある話だった。
王族は何でもそつなくこなせるというイメージがあったが、それを改めなけれなならない。
これで姫さんが落ちたら国中大騒ぎだな、と友人がジョークを飛ばす中、それをジョークとして受け取れない自分がいた。
彼女が飛べなくなる姿を、なぜか想像したくなかったのだ。
編隊飛行実習のパートナーとして、何かできる事はないだろうかと考えを巡らせた。
そんな時だった。
編隊飛行実習を、彼女が無断欠席したのは。
人数が揃わなければ編隊飛行はできないので、結局その日の実習は中止になってしまったのだが、彼女の身に何が起きたのか気になり、校舎中を探し回った。
やがて辿り着いた先は、人目につかない校舎の裏。
そこで、彼女はうずくまっていた。
泣いている。
まるで、迷子になってしまった子供のように。
泣いている理由は、すぐにわかった。
とはいえ、泣いている女子を慰めた経験などない。
何と声をかければいいか迷っていると、彼女の方がこちらに気付いて顔を向けた。
「あ、えっと、こんにちは、姫様……今日の実習、欠席したからどうしたのかと――」
とりあえず、なるべく笑顔を作って普段通りの挨拶をする。
だがそれが癪に障ったのか、目に涙をにじませた彼女の顔が歪んだ。
「あなた……私の事をバカにしているのでしょう……? 王女でもあろう人が、編隊飛行もろくにできないなんてって……!」
立ち上がり背を向けた彼女の言葉は、乱れきって自暴自棄になっていた。
慌てて否定する。
「ち、違います! そ、そんな事は、断じて――!」
「私に、構わないでください……私はただの、王族の皮を被った劣等生なのですから……」
「姫……」
目の前にいるのは、普段のきれいさとは程遠く乱れた彼女。
見ているだけで、こちらも胸が苦しくなる。
何とかしなければ。
勇気を振り絞り、自分の思いを口に出す。
「その――自暴自棄にならないでください、姫様。その――失敗は誰にでもあります。どんなに身分が高いからって――失敗しちゃいけないなんて決まりはどこにもありません」
途端、彼女が振り向いた。
その目は、覚めたように見開かれていた。
「やった事もない事を一発目でできないのは、当たり前です。ですから――もっと練習しましょうよ。その――僕も手伝いますから」
「手伝って、くださるのですか……?」
「はい。その――編隊飛行は、チームワークが大事ですから」
彼女は、ぽかんと自分を見つめていた。
それが少し恥ずかしくなって、思わず目を逸らしたが。
「……わかりました。そう言ってくださると、心強いです」
彼女は、目に溜まった涙を拭きつつ、そう答えてくれた。
その顔も、普段のきれいさが戻り始めていた。
こうして彼女は、次の実習で復帰した。
そして互いに力を合わせ、無事編隊飛行をものにする事ができた。
その時の嬉しさと言ったら、自分1人で乗り越えた課題よりも格別な味があった。
何より、彼女もまた笑ってくれた。
今更ながら、助け合う事の大切さというものを理解できたものだ。
気が付けば、彼女とは学年が上がっても飛ぶ事が多くなり、いつの間にか自分の側にいる事が当たり前になっていた。
なのにそんな彼女が、またいなくなろうとしている。
今の状況は、まさにあの時の再現だ。
だが、今彼女との関係はギクシャクしたままで、ストームとの関係をはっきりさせろとか姫様を惑わさないでとかいろいろ言われてどうしたらいいか今でもわからないまま――




