セクション09:リタイア
「……そ、そりゃ心配になるよ。ミミが通らなかったら、護衛がミステール先輩だけになるんだ。戦力がガタ落ちする」
疑われているかもしれない。
ツルギはどう答えるべきか一瞬迷ったが、とりあえずそう答えておいた。
「まあ――そうだよね。でもそんなに心配しなくても大丈夫だよ。もし護衛がいなくなっても、あたしが何とかするから。あたしはツルギの翼なんだからね」
ストームが顔を戻す。
長く話す気はなかったようで、とりあえず一安心。
「……そう言ってくれるのは心強いけど、無理はするなよ」
『お客様、ブームを切り離しますよ』
そんな時、ウィ・ハブ・コントロール号からブームが切り離された。
待機しているバズ・ラーム機へ譲るべく、右側の待機位置へ移動する。
給油前は左で、給油後は右で待機。これが空中給油の原則だ。
改めて、ミミ機を見てみる。
やはり接続できておらず、未だに機体の安定に悪戦苦闘している。
反対側では、既にミステール機がボイジャーの右側へ移動し、左側で待機していたチーター機へ譲っている。
自身がどんどん先を越されていく焦りを抱いている事は、容易に想像できる。
「そもそも姫様って、どうして空中給油が苦手なんだろ?」
ふと、ストームがそんな疑問を口にした。
「さあ、僕にもわからない。でも、もしかしたら適性に関する事かもしれない」
「適性?」
その単語を、ストームが繰り返す。
「そういえば、前に言ってなかったか? ミミは入学する時ファイターパイロットへの適性が低いって言われてた事」
「え、そうだったの?」
そう答える辺り、まだストームにはちゃんと話した事はなかったな、とツルギも振り返る。
「ミミは中等部の時、編隊飛行にも悪戦苦闘していたからな。僕はその実習での相手役だったんだけど、見ているだけでも危ない飛び方だった――」
中等部の事を振り返りつつ説明していると。
『その時が、姫様との馴れ初めって事っすか?』
急にチーターが首を突っ込んできた。
予期せぬ乱入に驚いて右側に顔を向けると、チーター機はホースを捉えようとアプローチ中だった。
気が逸れたせいなのか、少しバランスが崩れ、おーっとっとっと、と姿勢を整えている。
「……き、聞くんだったらせめて、それが終わってからにしてくれないか?」
『まあ、それもそうっすね』
苦笑いしたチーターの話は、そこで終わった。
ツルギは咳払いをして話を続ける。
「ミミが指摘されていた適性のなさっていうのは、もしかしたら空中感覚の事なのかもしれない。でも、その編隊飛行さえ克服してここまで来たんだから――」
空中給油だって、できないはずはない。
少なくともツルギは、そう信じていた。
だが、ミミ機は未だに接続ができていない。バズ・ラーム機すら既に接続を成功させているのに。
『残り30秒ですよ、急いでください姫様!』
ユーリアが残り時間を告げる。
気が付けば、残り時間はあと僅か。もうトライできるのは後1回だけだろう。
だがミミ機は、ホースを前にして硬直してしまったかのように沈黙している。
『……っ』
苦しそうなミミの吐息。
どうしても一歩が踏み出せない。それどころが、逆に遠ざかり始めている。
ドローグは、ふらつきながらもホースのバスケットの枠を捉えている。このまままっすぐ行けば成功するかもしれないのに。
『……っ!』
コックピットのミミは、顔をうつむけてしまっている。
刻一刻と過ぎて行く時間。
何やっているんだ。せめて後1回だけでも。
ツルギの願いは、ミミには届かない。
そして。
『ご、ごめんなさい……棄権、します……』
タイムアップを告げられる前に、泣きそうな声でとんでもない事を口にした。
その言葉に、底にいた誰もが耳を疑った。
ミミ機は、不意に左へ急旋回し、ボイジャーの元から離れて行く。
どう見ても、逃げ出すようにしか見えなかった。
「あっ、ミミ!」
『姫!』
ツルギやミステールの呼びかけも空しく、小さくなっていくミミ機の機影。
それを止められる者は、誰もいなかった。
『おい、嘘だろ……?』
『あの姫様が、戦意喪失……?』
バズとラームの言葉もごもっともだ。
今まで、どんな敵にも果敢に立ち向かっていった『ミラージュ姫』が、最大の課題を前にさじを投げてしまうなんて。
他の生徒達も、この結果を知れば同じ衝撃を受けるはずだ。
『……えー、お客様。これにて給油は終了です。残念ながら、1機リタイアが出てしまいましたが――』
ユーリアがバズ・ラーム機からブームを切り離すと、若干暗いトーンで給油終了を告げた。
重い空気が、再び編隊を支配する。
だが、これで中止という訳にはいかない。
たとえ些細なトラブルで脱落者が出ようとも、作戦自体に支障がなければ欠員を埋めぬまま続行するのが軍隊の世界なのだ。
とはいえ、作戦に支障をきたす事には変わりはない。
その事は、ミミもわかっていたはずだ。
「ミミ、どうして――?」
なのに、彼女は最後の最後でそれを放棄してしまった。
まだ、最後に1回だけチャンスはあったにも関わらず。
ツルギはどうしても、それが納得できない。
「ダ、ダメだよみんな! まだ……まだ戦技テストは失敗したなんて、決まってないじゃない!」
ストームが、奮い立たせるように一同へ叫ぶ。
こんな時でもまだあきらめずに前向きにいられるのは、彼女のいい所だ。
『確かにその通りだ。行こう、みんな。姫の欠員に報いるためにも』
『了解っす』
ミステールの指示に、チーターが重い返事をする。
『では、我々は作戦を続行する。給油に感謝する、トライスター』
『あ、はい。またお越しくださいませ』
ユーリアの重い挨拶を背に受けて、4機のみとなったブラストチームとアイスチームはボイジャーから離れていく。
その間。
「どうして……あんな事――?」
ツルギはぐっと拳を握り、ここにいないミミへ問い続けていた。




