セクション08:空中給油開始
次第に大きくなっていく、ボイジャーの機影。それを上手に見ながら、ゆっくりと近づく。
やはり旅客機の巨大なシルエットには、近づくだけで圧倒される。
『いらっしゃいませー。空の喫茶店トライスターへようこそー』
久しぶりに聞く、幼さを感じさせる少女の声。
それだけで、ツルギは乗っているのばブーマーのユーリア・アーレントだとすぐにわかった。
声だけでなく、見た目もやはり幼さを感じさせる、背の低い少女だ。
その純粋無垢な声を聴くと、不穏な雰囲気が少し和んだような気がした。
「こちらブラストチーム。アイスチームと共にただいま給油に来ました」
だから、ツルギもいつも通りに返答する。
『あっ、ツルギさんですか! はい、ツルギさん達なら喜んでご提供いたしますよ! で、ご注文はいかがなさいしますか?』
「え? えっと――」
久々だったので、彼女のウェイトレスのようなやりとりに少し戸惑うツルギ。
『こういう時は「いつものヤツ」って言うんだよ、ツルギリーダー?』
からかい半分で、バズがそんな事を言った。
『私達3機もいつもの奴で』
気を利かせたのか、ミステールもそれに同調する。
『かしこまりました、いつものヤツですね。では、そのまま少々お待ちくださいませ。教官さん、ブラストチームとアイスチームです』
ユーリアもまた、嬉しそうに答えたが、教官さんという気になる単語を誰かに向かって口にした。
『ん?そこにはユーリアちゃん以外にも誰かいるのか?』
『はい、空中給油を評価する教官さんがすぐ隣にいますけど?』
『げ――っ!?』
不意を突かれたように、動揺した声を出すバズ。
空中給油機のブーマーが座るコンソールには、オブザーバーや教官などが座るための席がもう1つ用意されている。どうやらそこに、評価を行う教官がいるらしい。
『……兄さん、変な事をブーマーさんに言わないでくださいね』
『そ、そうだな……』
釘を刺してきたラームには、バズも反論できない。
そこへようやく合流したミミも、やはり黙ったままだった。
『では、準備を始めますね』
こんな状況下でも普段通りのにこやかな声を絶やさないのは、ユーリアが場馴れしているからなのか、それとも「営業スマイル」として割り切っているからなのか。
すると、尾部のブームがゆっくりと下がり始めた。
そして、主翼下にあるポッドからも、ろうと型のバスケットが付いたホースがするすると伸び始めた。
ブームはイーグルに、ホースはミラージュに対応するものだ。
これに接続できた者だけが、本当の戦技テストへの切符を得られる。
これから始まるのは、言うなれば予選なのだ。
『お待たせいたしました。では始めますよ。制限時間は5分間です。最初のお客様ブラスト1、接続を行いますのでこちらへどうぞ』
「はーい!」
「また前みたいにアクロバットで近づくなよ」
いよいよ始まる空中給油。
その前に、以前のような危ない事がないよう、ツルギは釘を刺しておく。
うん、と答えたストームは、その言葉通りにゆっくりとウィ・ハブ・コントロールを向かわせる。
左翼の根元にある燃料口、リセプタクルが開くのを確認。
そこへ、ゆっくりと迫ってくるブーム。
キャノピーのすぐ左を通り過ぎていく様は、何度見ても慣れない。
ストームはひたすら、ボイジャーの腹にある信号を見て位置を調整する。
『お客様、そのままの位置を維持してください』
遂にブームが、リセプタクルを捉えた。
ここから時間内に接続できるかどうかは、ブーマーたるユーリアの腕にかかっている。
『行きますよ……むむむむむ……』
少しずつノズルが伸び始める。
それでも、ブームはふらふらと揺れており、簡単には接続させてくれない。
一度は伸びたノズルが、おっかなさそうに少し引っ込んだのが見えた。
この間にも、時間が刻一刻と過ぎて行く。
ツルギは事の成り行きを、固唾を呑んで見守る。
『むむむむむ――今だっ!』
絶好の機会を見逃さず、ノズルが伸びる。
それは、リセプタクルにがっしりと差し込まれた。
『ふう、接続成功です』
「やった! これでパスだね!」
「とりあえず第一関門は突破できたな……」
喜ぶストームに対し、ツルギはほっと肩の力を抜いた。
実際に給油をしていないので、ディスプレイを見ても燃料のゲージは増えていない。
とはいえ、実際の給油を模して数分間は接続を続ける事になる。
『ではアイスチームの方々、セルフサービスでどうぞ』
いよいよ、アイスチームの番が来た。
既に2機のミラージュが、両翼から伸びるホースの後ろに位置を取っている。
『じゃあ行こう、姫』
『……ええ』
ミステールに促されるように、給油へ挑むミミ。
2機のミラージュは歩調を合わせるように、ホースの先にあるバスケットへ近づいて行く。
そこへ、ミラージュの機首から突き出しているパイプ――ドローグを接続するのだ。この方式では、パイロット自身が接続を行わなければならない。
右翼側のミステール機は、ほとんど機体をぶれさせる事なくゆっくりとドローグをホースに近づけ、見事接続させた。
『アイス4、接続成功です』
ユーリアが報告する。
だが反対側のミミ機は、近づけはしたものの動けていない状態で、まるでホースとにらみ合いっているようである。姿勢もややふらついていて落ち着きがないように見える。
『お、落ち着くのです、フローラ……何を、恐れているのですか……』
自分自身に言い聞かせるようにつぶやくミミ。
失敗すれば脱落。
そのプレッシャーからか、トライすらできないほど動きが硬くなってしまったのだろうか。
『……えいっ!』
覚悟を決めたのか、ミミ機がホースへ前進する。
だが、その直後に姿勢が崩れてしまい、バスケットの下に潜り込む形になってしまった。
『きゃっ! も、もう一度です!』
姿勢を立て直し、元の位置に戻るミミ。
再び、動かないままホースとのにらみ合いが始まった。
「ミミ……」
自然と、口が開いた。
できるなら、ここを突破して欲しい。
だが同時に、どう足掻いても突破できないという結論も見えている。
悪い想像はやめようとミステールは言っていたが、これが現実だ。
あの時、王子が言ったように――
「……ツルギ」
と。
不意にストームが声をかけてきた。
顔を戻すと、彼女は振り向いて顔を向けている。
「どうしたんだ? ちゃんと前見て操縦しないと――」
「姫様の事、そんなに心配なの?」
ツルギの指摘を遮ったストームの問いかけは、どこかツルギを疑っているような声色だった。




