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セクション05:適性がない

 2機のミラージュは、ツルギから少し離れた位置で並んで停止。

 エンジン停止。

 駐機場(エプロン)が静まり帰ると、パイロットはキャノピーを開き、紫色のヘルメットを脱いだ。

 その顔は、紛れもなくミミであった。だが、表情は明らかに曇っている。

 重い足取りでコックピットから下りても、顔をうつむけ肩を落としている。

 フライト中に何かあったのだろうか。そもそも、筆記テストが終わって間もないにも関わらず、何をしていたのだろうか。

 すると、僚機のパイロット――フィンガーが駆け寄ってきた。

「姫様ー!」

 ミミは声を出さず、顔だけを向けて答える。

「……そ、その、落ち込んでばかりいてはダメです! もしかしたら、本番でうまく行くかもしれないじゃないですか!」

「……」

 ミミは答えない。

 明らかに普通じゃない事が起きたと察したツルギは、すぐに彼女の元へ行こうとしたが。

「やあ、フローラ」

 先に、声をかけてきた人物がいた。

 王家の証たる紫のケープを身に纏った、金髪の少年。

「……シーザー」

 ミミがようやく、声を発した。

 彼女の弟――シーザー・ロイ・スルーズ王子がそこにいる。

 見れば、後ろにはビクセンの姿もいる。

『ハリアー王子』と『ミラージュ姫』が、再び対峙する形になった。

「筆記テスト終わったばかりなのに、すぐフライトとはごくろうさま。で、調子はどうだったんだい?」

「っ……ばっちしに決まってるでしょ。今日は最後の仕上げをしていた所なの」

 挑発的な王子の質問に、ミミはようやくいつもの表情を取り戻して答えた。

「そうか、うまく行かなかったのか」

 だが。

 王子はそれを、鼻で笑った。

「な、何言ってるの――!」

「フローラはうまく行かなかった時に限って、強がりを言うからな。あの装備を見る限り、どうやら空中給油を練習してたみたいだね。フローラは空中給油苦手だもんな」

「う……」

 ミミは反論できない。

 そこで、ツルギは気付いた。

 フィンガー機が胴体下に装備していた、見慣れない装備の正体を。

 バディ・ポッド。

『相棒』の名を冠したそれは、戦闘機用の空中給油ポッドだ。中には空中給油用のホースが巻き取られており、ミラージュを簡易空中給油機とする事ができる。主に、専門の空中給油機には危険すぎる敵地上空などでの運用を想定している。

 ミミとフィンガーは、これを利用して空中給油の練習をしていたのだ。

 だが、いい成果は得られなかったようだ。

「どうして空中給油ができないか、教えてやろうか? ズバリ、適性がないからだよ」

 王子の指摘に、ミミが明らかに動揺した様子を見せた。

「あ、あんた! 姫様をバカにするつもりなの!」

「僕は事実を言っただけさ」

 反論するフィンガーをも、表情を変えずに受け流す王子。

「身体検査で適性ないって言われたのに無理して戦闘機になんか乗るから、そうなるんだよ。フローラだって、もうわかってるんじゃないか? もう自分はおしまいだって事をさ」

「く……!」

 悔しそうに両手を拳にするミミ。

 言葉通りなのか、以前のように殴りかかる様子は見せない。

「そんなのまだ、やってみなきゃわからないでしょ!」

 代わりに、フィンガーが食いつく。

「おいおい、何言ってるんだい? 練習でできもしなかった事が本番でできるなんて、マンガみたいな展開が本当にあると思ってるのかい? 練習してできない事が、本番でできるはずはないんだ。それが現実だよ」

 哀れだと見下すような目で、主張する王子。

 それを受けて、遂に堪忍袋の緒が切れたのか。

「バカにして――っ!」

 フィンガーが、敵意を剥き出しにして王子に手を振り上げた。

 王子をぶとうと振り上げられる手。

 だが、それが届く前に、素早く割り込んできた影があった。

「ぐ――っ!?」

 思いきり体当たりされ、フィンガーが背中から倒された。

 地面はコンクリート舗装だ。思いの外強く背中を打ったのか、フィンガーは立ち上がれずにいる。

「シ、シーザー様の、言う通りや……! 往生際、悪すぎるで……!」

 割り込んだのは、ビクセンだった。その姿に、王子も少し目を丸くしていた。

 どこか弱気ながらも、ビクセンは震える声で意見を主張する。

「できない事は、できないって認めなきゃダメや……! 王位継承だって――!」

 ただ見ているだけのミミは、ますます黙り込んでしまう。拳が、わなわなと震え始めている。

 そして、悔しそうに痛みを享受し続けているフィンガー。

 まずい。このままヒートアップしたら乱闘になりかねない。

 そう思ったツルギは、すぐに止めに行こうとした。

 だがその時、立ち上がろうとしたフィンガーと目が合ってしまった。

「あ――」

 遠距離で交錯する、2つの視線。

 なぜか、車いすを動かせない。

 フィンガーの視線が、鋭さを増す。

 それだけで。


 ――これ以上、姫様を惑わせないで。


 なぜ、あの言葉を思い出してしまうのだろうか。

「できないって認める――ですって……?」

 歯を食いしばり、フィンガーが立ち上がる。

 途端、ビクセンが表情を変えた。

「できないって認めてるからこそ……できるように頑張ってるんじゃない、姫様は……!」

 ビクセンは反論できず、急におどおどし始めた。彼女にとってはどうやら予期せぬ反論だったらしい。

「フィンガー……」

 ミミはただ、そんなフィンガーの姿を見てぽつりとつぶやくのみ。

 ビクセンは、助けを求めるように王子に振り返る。

 その王子は。

「……ふん、いくらでもほざくがいいさ。どの道、戦技テストをフローラはパスできない。戦技テストだって、王位継承だって、勝つのはこの僕なんだからな!」

 自分の胸を指差し、堂々と勝利宣告した。

「何よ! 『スルーズ・ワン』のパイロットになっても、あんなたなんか絶対乗せてやんない!」

「そうか、こっちもごめんだ。行くよビクセン」

「あ――はい、シーザー様!」

 フィンガーの文句を聞き流し、ミミに背を向けて去っていく。ビクセンも慌てて、その後に続く。

 その背中を、ミミは悔しそうに見送っていた。

「いたた……姫様、まだあきらめちゃダメです。空戦10箇条にあるでしょう?」

「『自分を信じろ、惑わされるな、そして、あきらめるな』……わかっていますよ、そのくらい」

 フィンガーの励ましも空しく、ミミは自機の元へ重い足取りで歩き出す。

 きっと、コックピットへ置いてきたヘルメットを取りに行くのだろう。

「あ、待ってくだ――いたたた……」

 背中が意外と痛むのか、ぎこちない足取りで後を追うフィンガー。

 ツルギも声をかけてやりたかったが、車いすを動かす事はできなかった。

「なーに悲しそうな顔しちゃってるのかしら?」

 と。

 急に背後から声がして、ツルギは振り返った。

「そんな顔でお姫様を見る人、初めて見たなあー。これは何か深ーい事情があると見ました」

 いつの間にか背後にいたフェザーは、他人事のように緩い笑みを浮かべている。

「まるで昔付き合ってた彼女を見てるような――そんな目してるわね」

 核心に近い指摘をされて、ツルギは少し動揺した。

 自分をからかっているのだろうか。

「……何でもないです」

 ツルギはそれだけ答えて、車いすを進めた。

 もちろん、ミミとは全く別の方向へ。


 夜。

 ツルギは薄暗い自室に1人こもって、詰将棋をしていた。

 ミミの事が頭から離れず、勉強が捗らないのだ。

 とはいえ、駒を動かす手も重く、こちらも結局捗らない。


 ――もうわかってるんじゃないか? もう自分はおしまいだって事をさ。

 ――どの道、戦技テストをフローラはパスできない。


 王子のあの言葉が、まるで自分の事のように突き刺さる。

 それだけ、ミミの事が心配なのだ。

 もし脱落すれば、彼女はファイターパイロットを目指せなくなる。王位を継ぐという夢にも、間違いなく影響するだろう。

 ミミのそんな姿を、想像したくない。

 だが、王子の言う事は決して誇張ではない。

 僕が何か力になれれば――と考えても、扱う機種は操縦法も空中給油の方法も違うためできる事が思いつかない。

「ツルギー、一緒に寝ようよー」

 ドアの奥から、ストームの声がする。

 何度もノックしているが、ツルギは返事をせずに駒を重く動かす。

「ねえどうしたのー? もう寝ちゃったのー?」

 鍵をかけてあるので、以前のように不意に入り込まれる事はない。

 テスト前だからと一緒に寝たがる気持ちはわかるが、残念ながらその気にならない。

「あたしと寝たくないのー? ねえってばー」

 そんな自分が、逆に空しくなる。

 ストームとミミ。

 自分は一体、どちらの味方なのだろうと何度も考えてしまって。


 ふと、窓から外を見る。

 今宵の空は、ツルギの不安を表すように、星ひとつ見えなかった。

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