セクション12:戦い方がおかしい
『では、作戦開始です! 皆さん、がんばってください!』
ピース・アイからの指示を受け、ミラージュの編隊が緩やかに上昇。
さらに、2機が編隊から離れた。
『アイス4、ミュージックオン!』
離れたミラージュの1機に乗っているチーターが叫ぶ。
ミュージックとは言っても、音楽の事ではない。電波妨害の事だ。
チーター機の胴体下には、細長いポッドが搭載されている。
このポッドはケイモンという名で、敵のレーダーを妨害電波で妨害する電子戦ポッドだ。
レーダーが発達した現代の航空戦では、攻撃時の電波妨害が重要な意味を持つ。
スルーズ空軍には専用の電子戦機がないため、このポッドを搭載したミラージュが電子戦任務を務めているのだ。
「みんな、発射ポイントへ行くぞ!」
「ウィルコ! ブラストチーム、目標へ突撃しまーす!」
『ブラスト2、了解だ!』
ブラストチームのストライクイーグルは揃って左旋回。予め指定された発射ポイントへと向かう。
今回の仮想目標は、敵の軍艦。
チーター機による電波妨害で艦の対空防御力を弱体化させ、そこへ対艦ミサイルを撃つのが今回の作戦だ。
敵艦はあくまで仮想上のものであるため、発射ポイントの先には存在しない。
とはいえ、対艦ミサイルは敵艦が目視できない距離から発射できるので、レーダーに見えないという点を除けばリアリティの面で問題にはならない。
ツルギは普段通りにディスプレイ上でハープーンミサイルをセッティングする。
その間に、編隊は水平に戻り、発射ポイントへとまっすぐ向かう形になった。
『発射ポイントまで、後1分』
ラームが位置を報告する。
このまま行けば、順調にミサイル発射まで行けるだろう。
『警告! 敵戦闘機が接近中です!』
とはいえ、相手も簡単に撃たせてはくれないようだ。
空対空レーダーの画面を見ると、敵影が4機映っている。
機種はいつものようにF-5EタイガーII。ブラストチームの行く手を阻むかのように、正面から向かってくる。
「ツルギ、敵機だよ!」
「いいから進路を変えるな。護衛がやってくれる」
高揚した様子のストームをなだめるツルギ。
『アイスチーム、ただちに迎撃してください!』
そう、ピース・アイの言うように、敵機の相手は自分達の仕事ではない。
敵機を迎え撃つのは、護衛役のアイスチームの仕事だ。
『行きますよフィンガー』
『了解です姫様! スルーズ家に栄光があらん事を!』
ミミの声に、初めて力が宿る。
すると、ちょうどブラストチームの真上に陣取っていた2機のミラージュが、背面になって一気に急降下。先行して敵編隊へと飛び込む。
敵より上に陣取れば有利なのは、空中戦でも同じ。位置エネルギーを確保して空戦機動を有利にできるのはもちろん、ミサイルの射程も伸ばせる。
ロックオン警報が鳴った。
敵機はもう、こちらを捉えている。
だが。
『やらせませんっ! アイス1、ミサイル発射!』
『アイス2、ミサイル発射!』
ミミ機とフィンガー機が見えないミサイルで攻撃を開始した途端、警報は止んだ。
攻撃を受けた敵機が、回避運動に入ったのだ。
レーダー画面を見ると、4機が一斉に散開しているのがわかる。
「今だ! 突っ込もう!」
ミミ達が作ってくれたその隙に、ブラストチームが加速して突っ込む。
これで、発射ポイントまでの道が開けた。
『アイス1、敵機撃墜です! さすがミラージュ姫!』
どうやらミミが撃墜したようだ。
その間にも、発射ポイントが迫ってくる。
『発射ポイントまで、7、6、5、4――』
ラームが発射までのカウントダウンを開始。
だが、周囲を警戒していたツルギは、それを阻むように敵が後方から旋回して迫っているタイガーを発見した。
「敵が1機抜けてきた!」
「えっ!?」
途端鳴り響くロックオン警報。
『ブレイク!』
ラームの指示で、とっさにフレアを撒きつつ散開する2機。
こうすれば、少なくとも相手に狙いをどちらか1機に絞らせる事ができる。
相手のタイガーが狙いを定めたのは、ウィ・ハブ・コントロール号。
「あいつ、追ってくるよ!」
「早く振り切るんだ!」
逆方向に急旋回。翼が白いヴェイパーに包まれた。
体を押し潰そうとする強いGに息んで耐えつつ、ツルギは追ってくる敵の様子を注視する。
敵もそう簡単に見逃すつもりはないらしい。旋回にしっかりとついて来ている。
『このおっ!』
と、そこへ正面から1機のミラージュが割り込んできた。
真上を通り過ぎて、敵機が背後から離れても、ツルギはそれがミミ機であるととっさに判別できなかった。通常の機体に乗っているからだろうか。
『ツルギには、指一本触らせませんっ!』
開始前の静けさから一転、やけに強気な声で叫びつつ、タイガーの背後を狙うミミ機。
その機動も、普段の舞うようなものと違い、鋭さを増しているような気がする。
旋回を繰り返す敵の回避運動に、愚直なまでについて行っているせいだ。
これでは、運動エネルギーをいたずらに消耗するだけだ。長時間の格闘戦を苦手とするミラージュには致命的なものになりかねない。
普段のミミなら、それを知ってエネルギー管理を考慮した機動をするはずなのに。
『落ちなさいっ、落ちなさいっ!』
旋回戦の末、遂に敵を撃墜したミミ。タイガーは潔くその場から離脱していく。
だがその背後から、別のタイガーが迫ってきている事に気付いていなかった。
「危ないミミ! 6時方向注意!」
『――はっ!?』
とっさにツルギが呼びかけて気付いたものの、回避しようとしたミミ機は、急に機体をふらつかせて機首を下げた。
『失速!?』
先程の格闘戦で、エネルギーを消耗してしまった反動だろう。
絶好の隙を逃すまいと、タイガーが射撃位置に着こうとした矢先。
『姫様! ミサイル発射!』
それを、フィンガー機が阻止した。
回避が遅れたタイガーは、そのまま雲の下へと力なく回りながら消えていく。撃墜だ。
『姫様、大丈夫ですか!』
『た、助かったわフィンガー』
姿勢を立て直したミミ機を心配するように付き添うフィンガー機。
ミミが僚機にフォローされるとは珍しい。
いつもの『ミラージュ姫』にあるまじき失態。
おかしい。彼女らしい戦いができていない。
まさか――
『ツルギ君、発射ポイントへ再集結を!』
「あ、了解! 行くぞストーム!」
そんなミミへの不安が消えぬまま、ウィ・ハブ・コントロール号はバズ・ラーム機と再度合流し、発射ポイントへ向かった。