セクション11:発進
アフターバーナーの爆音が、基地中を支配する。
先頭にいるミラージュの編隊が、ノズルから赤い炎を引きながら離陸滑走を始めたのだ。
ミミとフィンガーの編隊だ。
機首上げ、そして車輪を格納するタイミングもぴったり合わせた、教科書通りの編隊離陸で滑走路31Rから飛び立った。
その様子を、ツルギ達は隣の滑走路31Lから見守っていた。
『ブラストチーム、離陸を許可する』
「ウィルコ! それじゃブラストチーム、レディ、セット、ゴーッ!」
いつものように明るい掛け声で叫ぶと、前席のストームはスロットルレバーを思いきり押し込んだ。
ウィ・ハブ・コントロール号が駆け出す。
次第に流れ始める周りの風景。
後ろを見ると、右翼に赤いバンドが描かれたバズ・ラーム機がちゃんとついて来ているのが確認できる。
ゆっくりと機首上げ。
ふわり、と機体が浮かび上がる感覚。
ウィ・ハブ・コントロール号率いるブラストチームの編隊も、揃って滑走路から飛び上がり、揃って車輪を納めた。
そのままゆっくり上昇。
海に浮かぶファインズ基地が、次第に小さくなっていく。
いつもなら、ストームはここでアクロバットの1つや2つを披露する所だが、模擬弾とはいえ実弾と同じ重量の大型対艦ミサイルを主翼下に2発抱えた状態でそれはできない。
「ツルギー、編隊ぶれてなかった?」
「え? ああ、よかったんじゃないか?」
「そっか! ならよし! やっぱソロの離陸もいいけど、編隊離陸もかっこいいよねー! 今度はロイヤルフェニックスみたいに3機編隊でやってみようよ!」
それでも、ストームは別なアクロバットとして楽しんでいるようだった。
彼女は夢見ているアクロチーム「ロイヤルフェニックス」のパイロットとなるために、何かと練習と称してアクロバットをやりたがる。
普段からソロのアクロバットばかりやっているようなイメージはあったが、こういう編隊飛行の事も彼女はちゃんと意識しているらしい。
アクロチームがやるアクロバットには、高度な編隊飛行もあるからだろう。
それはそれで、ソロの激しいアクロバットをされるよりはマシなのだが、実習中に何でもアクロバットに結び付けるのはいかがなものかと、やはりツルギは思ってしまう。
編隊にせよソロにせよ、アクロバットに危険はつきものなのだ。
「……したかったら4機編隊長の勉強しろよ」
「はーい」
注意しても、ストームはいつものように陽気な返事をするだけ。
これには、ツルギも呆れるしかない。
『何だ? ツルギはいつもみたいに激しいアクロで振り回されたいんじゃないのか?』
「ちょ、バズ!」
バズの横槍が入ってきた時、編隊は雲の中へと消えて行った。
『どうも! 皆さん、お元気ですか? こちらは24時間いつもあなたを上から見守る早期警戒管制機、ピース・アイです! 今日もこのフライトの間、お付き合いよろしくお願いしますね!』
遥か広がる雲海の上で飛行する6機。
いつものように、ピース・アイがラジオパーソナリティじみた挨拶で出迎えた。
『ああ、今日もよろしく頼むぜ、ピース・アイちゃん』
『さて皆さん、いよいよ期末テストですねー! 皆さん、ちゃんと勉強できていますか? 私は管制の休憩時間を使って暗記の日々です。参っちゃいますよねー!』
『ははは、こっちはピース・アイちゃんの顔がいつ拝めるのか気になって捗らないんだよ』
ノリのいいトークには、バズが積極的に乗ってくる。
やはり、彼はこういうものが好きなのだろう。
『残念ですが私、顔出しNGなんで――なーんちゃって! でもそんな事考えてるなんて、随分と余裕ですねー?』
『ああ、俺にかかりゃこんなテストなんて――』
『兄さん……そんな事、考えていたんですか……?』
と。
2人のトークに、ラームが割り込んできた。怒りを帯びた声で。
『へ? い、いや、これはジョークだよ! 断じて――うわっ!?』
すると、突然バズ・ラーム機の姿勢が崩れた。
『や、やめろ! 俺と心中する気か!?』
『テスト勉強もしないで、そんな事にうつつを抜かしていたなんて……!』
『だから、ジョークだって! わかったら早くやめてくれ!』
『いいえ、やめません! 兄さんにはお仕置きが必要です!』
編隊から離れつつ左右に揺れる機体の中で、口喧嘩を繰り広げるバズ・ラーム兄妹。
おお、ジェラシーって怖いですね、と他人事のようにコメントするピース・アイ。
『そうだ、副会長! 生徒会について1つ物申したい事が!』
『何だい?』
『次期副会長にツルギを指名したそうですが、私は反対です!』
そんな中、フィンガーが急にミステールに話しかけてきていた。
しかも、ツルギが絡んでいる時期生徒会副会長の事を。
ツルギは思わず、前方右側にいるミラージュの編隊に目を向けていた。
『ん、私の提案が不服なのかい? 君が彼の代わりに値する人材を提案するって言うなら、考え直すけど?』
『え、それは――私です! あんな奴より、私の方が――』
『却下。君には実績がない』
『えー!? じ、実績がないって――』
だが、ミステールはフィンガーの言い分をあっさり退けてしまった。
『ははは! 姫様のウィングマンだからって調子こくなよなフィンガー!』
『チーターッ!』
チーターにまで笑われて、動揺している様子のフィンガー。
さすがにミステールの冷静な指摘には頭が上がらないようだ。
『感情的に話すのは君のよくない所だよ、フィンガー。もっと論理的に話す癖を身に着けないと。姫もそう思うだろう?』
『……え? な、何の話ですか?』
ミステールがミミに話を振ると、ミミは驚いたように声を裏返した。
『ん? さっきの話、聞いてなかったのかい?』
『ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて――』
そういえばミミは、離陸してからずっと無言のままだった。
まさか、あの誤解を引きずっているのだろうかと思うと、ツルギは複雑な気持ちになる。
――これ以上、姫様を惑わせないで。
フィンガーの言葉を、思い返す。
やはり、自分は副会長にふさわしくない。
今のままでミミの隣の役職に就くのは気まずい。
間違いなく、チームワークが乱れるだろう。
フィンガーが仕込んだ事を話そうにも、下手に彼女を刺激して報復されるのもまずい。
フライトが終わったら、丁重に断ろう。
ツルギがそう決めた矢先。
『あ、皆さん! 無駄話はそこまでです! 間もなく作戦開始ですよ!』
ピース・アイの指摘で、現実に引き戻された。
『アイス3、了解。みんな、頭を切り替えて。本番のつもりでやるよ。私も、このチームで飛ぶのは最後だからね、悔いが残らないようにやりたい』
早速、場を仕切り始めるミステール。
さすがは副会長だけあり、その言葉で全員が静まり帰った。
『アイス4、了解っす! 副会長最後の大舞台、しっかりフォローしますよ!』
と、チーター。
『了解です、副会長!』
と、フィンガー。
『ブラスト2、了解』
と、戻ってきたバズ・ラーム機を代表してラーム。
「ウィルコ!」
と、ツルギに代わってストーム。
そして、最後に。
『……ええ、始めましょう』
ミミが、心ここにあらずな声で答えた。