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セクション10:誤解と嫉妬と

「あれだけ私が思いを伝えようとしても、ウザいと陰で思っていたなんて――しかもそれを、仲間達の前で暴露していたなんて――っ!」

 確かに、昨日の食堂でミミの事を離したのは事実だ。

 それを、フィンガーが話していたなんて。

 だが、内容が違う。

 自分はミミの事をウザいなどと言った覚えはない。

 どこで話が変わってしまったのだろうかと思いつつ、弁明する。

「そ、そんな事言ってないぞ僕は!?」

「とぼけないでください! 嘘言ってもわかりますよ! 先程バズに確認したら本当だと言っていましたし!」

「バ、バズに!?」

 まさか、よりによってバズに確認したなんて。

 彼の事だ、きっと面白そうだと悪乗りしたのだろう。

 その証拠に、ミミから少し離れた所にようやく追いついてきたバズがいるのだが、他人事のように2人の様子を見てくすくす笑っている。

「人前で親しそうに振る舞っていたのは、演技だったのですね! あの時の私への気持ちは、もう冷めてしまったのですかっ!?」

「だ、だから違うって! そもそもバズに聞いたって――」

「ウザさならあのアバズレ女だって同じでしょう!? なぜっ!? なぜっ!?」

 何とか誤解を解こうとするが、頭に血が上ったミミは襟元を掴み、体を思いきり揺さぶってくる。

 もはや暴走状態だ。こうなっては反論もろくにできない。

「ツルギは違うって言ってるでしょ!」

「あなたには関係のない話ですっ! 引っ込んでなさいっ!」

 ストームが割り込んで引き離したものの、たちまちミミとの取っ組み合いになってしまった。

 騒ぎを聞きつけた生徒達が集まり出す。

 まずい。このままだと大きな騒ぎになりかねない。

 だが、ツルギにはどうする事もできない。

 そんな時。

「姫様! 何やってるんですか!」

 ミミを止めたのは、集まった生徒達に混じっていたパートナーの声だった。

「……フィンガー」

「こんな所で乱闘してる場合じゃないですよ! もう発進の時間です!」

「……そうでしたか」

 フィンガーの報告には、さすがにミミも黙らざるを得ない。

 ストームと離れたミミは、取っ組み合いで落としていたヘルメットを拾うと、改めてツルギに向き直った。

「いいでしょう、ならば力ずくでも、あなたの心を取り返すまでです!」

「いや、だからそれは――」

 ツルギが反論する余地もなく、今度はストームに向き直るミミ。

「ストーム、ツルギの恋人だからと言って自惚れない事ですね! 今日のフライトでツルギを守るのは、あなたではなく私なのですから!」

 その言葉を捨て台詞にして、ミミは去っていく。

「何さ、偉そうに!」

 一方のストームは、そんなミミの背中をべー、と舌を出しながら見送った後。

「行こっ、ツルギ!」

 自分のヘルメットを拾い、先に行ってしまった。

 集まっていた生徒達も、事件が解決したと見て周りから去っていく。

 そして。

「……ふふ、いい気味ねジャップ」

 残ったフィンガーはなぜか、そんな事をツルギに言った。

 敵意を露にしてあざ笑う彼女の顔を見て、ツルギは思い出した。

 ミミを誤解させた話をした張本人は、今目の前にいるフィンガーなのだと。

「フィンガー……君が、まさか――」

「ええ、そうよ」

 フィンガーは隠すまでもないとばかりに、イエスと答えた。

「なんであんな事を――!?」

「あんたにはもう恋人がいるんだから、姫様と付き合う理由なんてないでしょ? だから縁を切る手助けを、ちょっとしてあげただけよ」

 その目には、強い嫉妬が現れていた。

 フィンガーは、ミミを崇拝と呼べるまでに慕っている。

 だからか、ツルギの事を警戒しているような言動はこれまでも何度かあったが、こんな嫌がらせまでしてくるのは初めてだった。

「いや、それは――」

「これ以上、姫様を惑わせないで。姫様は将来、この国の頂点に立つ人なんだから。二股なんて、私がかけさせない。副会長になんかさせないし、『スルーズ・ワン』にも絶対乗せないんだから」

 それだけ言い残し、フィンガーはミミの後を歩いて追った。

 その背中に、何も反論できない。

 自然と、ミミの行先に目が行った。

 彼女はもう、今日乗る機体の前にやってきて、点検を始めている。

 無尾翼デルタ翼と洗練された胴体が芸術品めいた美しさを醸し出している戦闘機、ミラージュ2000-5ET。

 ミミ程、こんな美しい戦闘機が似合う人は他にいないだろう。『ミラージュ姫』と呼ばれるのも納得だ。

 本来ならば、尾翼にB組の委員長専用機の証である青いフィンと、スルーズ家の王旗が絵がれた機体に乗るのだが、少し前の事故で失われてしまったため、今回は通常塗装の機体が割り当て(アサイン)されている。

 そんな乗機を機首から時計回りに点検して回るミミの顔は、怒っているようにも、悔しがっているようにも、泣いているようにも見えた。

「ミミ……」

 恋人がいるのに、ミミを惑わせるような事はするなという、フィンガーの言葉は正論だ。

 自分は知らず、惑わせているのかもしれない。

 ならば、ミミの言う通り拒絶するべきなのだろうか。

 それが、あんな顔を見せる結果になってしまっても。

 だがそれを、拒む自分がいる。

 それは、やはり――

「……行こう」

 考えても仕方がないので、ツルギも車いすを動かした。

 向かうのは当然、自分がストームと共に乗る機体、『ウィ・ハブ・コントロール号』の元だ。

 ミラージュとは正反対に、大きく力強いシルエットを持つダークグレーの複座戦闘機、ストライクイーグル。

 堂々と立つ2本の青い垂直尾翼には、A組の委員長専用機の証たる赤いラインが入っている。

「やあ、やっと来たね我が息子よ!」

 そんな愛機の前に到着すると、早速機付長(きづきちょう)たる小柄な女性、ゼノビアが出迎えた。

「今日もよろしくお願いします、ゼノビアさん」

 なるべくいつも通りに、敬礼して挨拶するツルギ。

 それでも、ゼノビアの目はごまかせなかったようで、

「ストームちゃんから聞いたけど、さっき姫様といざこざがあったらしいわね。何があったの?」

「それはこっちが聞きたいですよ」

 一言だけで済ませて、ツルギはコックピットへと向かう。

 当然、下半身不随の身では自力ではしごを上り乗り込む事はできない。

 だから、ゼノビアら整備士達の力を借りて乗り込む事になる。

 1人になりたい今ほど、自力で乗り込めない不自由さが嫌になる。

 ストームが点検中だったのがせめてもの救いか。

「あっ、ツルギー!」

 彼女がコックピットにやってきたのは、既に後席に座った後だった。

「どうした?」

「ほら、いつもの」

 ストームは後席に体を乗り出すや否や、そのまま目を閉じて自らの顔をツルギの顔に近づけてきた。

 彼女のやりたい事がすぐに理解できたツルギは、

「……ごめん、今はそんな気分じゃないんだ」

 ストームの頭を、左手で強引に離した。

「えー! こうしないとツルギと一心同体になれないじゃなーい!」

 ストームの文句は一切無視。

 ツルギは素早くヘルメットを被って酸素マスクを着け、したくない意志を示す。

 するとあきらめがついたのか、おとなしく前席に入っていった。

「……はあ」

 こんな状態でもパートナーと一心同体なんて事を平気で言えるストームの無神経さが、少し羨ましくなる。

 結局悩みが晴れないまま、駐機場(エプロン)にジェットエンジンの音が響き始めた。

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