セクション09:次期副会長
「慎重ぶり、ですか?」
「今の生徒会メンバーは血気盛んな人ばかりだからね。姫にお熱な書記に、足だけは速い会計……」
へーっくし、と女子生徒の誰かが変なくしゃみをしたような気がした。
「フローラだって例外じゃないのは、君も知っての通りだ。そんな生徒会に私がいなくなったら、誰も3人を止められなくなるかもしれない。だからこそ――」
「冷静な人がいいって事ですね。でも、それなら僕以外にもいるでしょう? ましてや僕なんて、足がこんなですし――」
ツルギは動かせない自分の足を叩く。
去年起きた事故によって、ツルギは下半身不随となり、操縦能力を失った。
普通なら、既にここにいる事ができなくなっているはずの身だ。
にも関わらずここにいられるのは、奇跡に近いと言っていいだろう。
「君が今候補生としていられるのは、偶然じゃない。自分の意志と力で得た必然だろう?」
だが。
その考えを、ミステールはあっさりと否定した。
「かつて君は、学園最優秀のパイロット候補生だった。その栄光を事故で失いながらも、WSO候補生として再起できたのは、君がそれだけ強いって事だよ。戦闘の実力だけじゃなくて、心もね」
そうか。
ミステールは最高学年だから、操縦できた時の自分の活躍も知っている。
その事に、今更ながら気付いた。
「君を復学させたファング教官も、それを知ってて君の背中を押してあげただけなんじゃないかなって私は思う。違うかい?」
かつて学園最強の教官として君臨していた女性教官、ファング。
彼女は無理やり自分を学園に連れ戻したような印象があったが、思えば今ここにいるのは、自分は今どうしたいのかを聞かれたからだ。
お前が退学するかどうか迷っていたのは、お前の心のどこかに、飛び続けたいという思いがあったからだ、と。
自分の好きな所へ飛びたければ、意志という名のエンジンを動かして、自力で飛び上がってみせろ、と。
だから自分は、ここにいる。
そう考えると、ミステールの推理は的中していた。
「そうだよ! ツルギは弱くなんかもん!」
「うわっ!?」
突然背後から抱きつき頬をすり寄せてくるストーム。
思わぬ不意打ちに、ツルギは動揺を隠せない。
それを見て少し微笑みながら、ミステールは続ける。
「事実、君は今パートナーからも信頼されているし、ブラストチームのメンバーもまとめられていい成績を出している。操縦能力を失いながらもそれができたっていうのはすごい事じゃないかい?」
「そうだよ、だからもっと堂々としていいんだよ! ね!」
ストームにまで同調されては、反論ができない。
こうなってしまっては、生徒会に入るのを断る方がおかしいと思えてしまう。
だが。
「それに君は、現実的な意味でも性格的な意味でも、フローラとの相性がぴったりだからね」
ミステールの余計な言葉で、一気に冷めてしまった。
「という訳で頼むよ、次期副会長」
最後にミステールは、そんな事を言い残して、ぽんと軽く肩を叩いて去っていった。
そんな彼女に何も言えぬまま、ツルギは視線だけで見送った。
「ねえツルギ? なんで生徒会に入りたがらないの? 入ればいいじゃない」
「……ストームは、僕に副会長になって欲しいのか?」
「もちろん! そうすれば、あたしだって副会長のパートナーとして目立てるって事じゃない!」
「目立ちたがりなんだから……」
ストームとしては、ツルギに副会長になって欲しいらしい。
そこにミミがいる事を忘れているんだろうか。ツルギは思わずにはいられない。
だから、聞いてみる事にした。
「あのな、あそこにはミミがいるんだぞ。僕が副会長になるって事は、僕はミミと――」
「見つけましたよツルギッ!」
だが。
それを言い終わる前に、当のミミの大声が割り込んできた。
驚いて振り返る。
そこには、いつの間にかフライトスーツ姿のミミの姿があった。しかも、怒り心頭とばかりにツルギをにらんでいる。
話し出した途端に現れるとは、まさに噂をすれば影、である。
「ミ、ミミ!? どうしたんだいきなり!?」
「どうしたも何もありません! 私、ツルギには失望しました!」
「は、はあ!?」
ミミはずかずかと詰め寄って来ると、持っていた紫のヘルメットを膝の上にあるツルギのヘルメットへ乱暴に叩きつけた。
だが、ツルギには何の話なのか全く把握できない。
そもそも、ここまでミミを怒らせた事も初めてで、どう対応していいのかもわからない。
「ちょっと! ツルギに何のつもりなの!」
「あなたは黙ってて! これは私達の問題です!」
割り込んできたストームも、ミミは強引に突き飛ばして退けた。
コンクリート舗装の上に尻餅をつくストーム。持っていた青いヘルメットが乾いた音を立てて転がり落ちた。
「や、やったな――っ!」
ストームが戦闘態勢になる。
まずい。
ここでいつものように喧嘩になったら、フロスティ教官に何を言われるかわからない。
すかさず、ツルギは2人の間に割り込む位置へ車いすを動かす。
「あ、あの――まずは用件を先に聞かせてもらえないでしょうか……?」
そして、なぜか敬語になりながらも、ツルギはミミに問うた。
ミミは早速答えた。
「フィンガーから聞きましたよ! ツルギは私の事をウザいと思っていると昨日食堂で話していたと!」
「ええ!?」
その話は、まさにツルギにとって衝撃だった。