セクション08:気分が乗らない
「うーん、今日も日差しがあっていい天気! 絶好のフライト日和だね、ツルギ!」
フライトスーツなどの装備一式を身に着け駐機場へ出るや否や、ストームは両手を上げて大きく伸びをしながら言った。
駐機場には日が射しており、ずらりと並べられた戦闘機達が明るく照らされている。
「……いや、ストーム」
だが、ツルギは気怠そうに指摘する。
「何?」
「思いっきり曇ってるんだけど」
「え?」
ストームが声を裏返した途端、日差しはあっという間に弱まってしまった。
今日の天気は曇り。空は一面灰色だ。
一瞬だが雲の切れ間から日が射した事で、ストームは晴れていると錯覚してしまったらしい。
「今日の天気、ちゃんと聞いてなかったのか?」
「……天気予報だって外れる事あるじゃない! もし晴れてたら最高だなー、ってツルギも思わないの?」
拗ねるようにストームは言う。
「まあ、そうだけどさ――」
はあ、と呆れてため息をつくツルギ。
すると。
「どうしたツルギ? フライト前だってのに元気なさそうじゃねえか」
いつもと変わらぬ陽気さでバズがやってきた。
またからかう気か、と悟ったツルギは、とりあえずその場をごまかそうとした。
「……なんでそう見えるんだ?」
「ほら、今だってツッコミのキレが全然ない!」
問い返すと、にたりと笑いつつ理由を言うバズ。
のっけからごまかしは失敗。
う、と黙り込むしかないツルギをよそに、バズが乱暴にツルギの肩に手を置く。
「せっかく姫さん――いや、華やかな生徒会チームと一緒にフライトできるんだ。もっと楽しんで――」
「兄、さん……?」
どう流そうか迷っていたツルギを助けたのは、バズの背後からした暗い声。
彼の後をついて来た、ラームのものだ。
「あ――い、いや、ジョークだよジョーク! だから本気にするなって!」
ごまかそうとするも、ラームの冷たい視線は変わらない。むしろ、見えないオーラがさらに強まっているようにも見える。
「……行こう」
一安心した所で、ツルギは自分達の乗る機体の元へと向かう。
ちょっと、と少し遅れてストームも続く。
整備士達によってフライトの準備が着々と進められている、F-15Tストライクイーグルの列を右に見ながら進んで行く。
2人からやっと離れられたのも束の間、ストームがツルギの顔を覗き込んだ。
「ツルギ、どうしたの? フライト前になってから様子変だよ?」
「……気のせいだよ。僕は至って普通だ」
ストームにも顔色を見抜かれていた事に少し驚いたが、何とかごまかす。
この原因がストームに関する事でなければ、正直に話す事ができたのだが、今回ばかりは言えない。
下手をすると、この信頼関係を崩しかねない事情なのだから――
「やあ、ツルギ君」
と。
左側から、気さくに声をかけられた。
車いすを動かす手を止めて顔を向けると、そこにはフライトスーツ姿の少女が2人いた。
「ミステール先輩」
「今日も君達とフライトする事ができて、光栄に思うよ」
眼鏡をかけた黒い長髪の少女――ミステールは相変わらずの穏やかな顔で右手を差し出した。
「あ……はい、こちらこそ」
ツルギは気が乗らない状態ではあったが、右手を差し出して握手する。
「あ、あたしもよろしく!」
便乗してストームも右手を差し出した。
こらストーム、とツルギは注意したが、構わないよ、とミステールはあっさり受け入れ、ストームと握手を交わした。
生徒会の副会長、ミステール。
現国防長官の娘にして、ミミの幼馴染だ。最高学年でありながら副会長の地位に重んじ、参謀役として会長のミミを補佐している事から、巷では「姫様を陰で操る人物」「姫様は副会長の傀儡なのではないか」とも囁かれている。
「きっと戦技テスト本番も、このチームで行くだろうね。私にとっては生徒会メンバーとして最後のフライトになるだから、君がいてくれるのは心強い」
戦技テスト本番も、このチームか。
向こうにとってそれはそれでいいのかもしれないが、彼女にとってはそれだけが理由ではないだろう。
その事は、容易に想像がついた。
「私も安心して、君にバトンを渡せるよ」
その予想は的中。
ミステールは、生徒会としての最後のフライトとなる戦技テストを、後継者へのバトンタッチの儀式にしたいと思っているのだ。
そこで、ツルギは聞いてみた。
「あの、ミステール先輩」
「何だい?」
「僕を副会長に指名した、理由を聞かせてくれませんか?」
途端。
ミステールはきょとんとした表情を見せたが、すぐにふふっ、と少しだけ笑った。
「普通の人なら名誉ある生徒会メンバーに指名されたってだけで飛び跳ねて喜ぶんだけどね。君は素直に喜べないって訳か」
「僕はそんな、単純な人間じゃありませんよ」
「単純じゃない、ね。自分は生徒会にふさわしいメンバーじゃない、指名されたからには何か理由があるはず、って慎重に考える。その慎重ぶりがいいんだよ」
ミステールは、まっすぐにツルギを見据えて言う。
眼鏡のレンズが、少しだけ輝いたように見えた。