セクション07:リハーサル
スルーズ空軍航空学園。
それは、スルーズ空軍が民間軍事会社ヘルヴォルの協力で開校した、スルーズ空軍のパイロットなどを養成する専門学校だ。
中高一貫校であるこの学園は、中学生の段階から飛行を含む各種実習を行うのが特徴だ。しかし生徒達は『少年兵・少女兵』ではなくあくまで『実習生』として扱われ、卒業して初めて軍に正式配属されるシステムになっている。そのため生徒達に階級はない。
いくつかある分校の中で、ツルギ達が通っているファインズ分校には、戦闘機パイロットを養成する『戦闘機科』があり、『ファイタータウン』の異名を持っている。
本校の中等部にて過酷な操縦実習を優秀な成績で乗り越えた生徒だけが、この分校で戦闘機を操り戦うために必要な技術全てを学ぶ。
そして、ここでの3年間のクリアできた者だけが、晴れてスルーズ空軍のファイターパイロットとなる事ができるのである――
「それでは、授業を始める。今迫りくる筆記テストに向けて貴様らも死に物狂いで勉強しているだろうが、本日の実習も来たる合同戦技テストに向けたリハーサルのようなものだから、覚悟しておけ」
教壇に立つフロスティが、いつものように授業を始めた。
とはいえ、生徒達の空気はいつもと違う。
何せ、自身の評価に関わる期末テストを間近に控えているのだから。
「知っての通り、今回の期末合同戦技テストでA組が行う科目は、対艦攻撃だ。四方を海で囲まれたこのスルーズでは、海上から迫りくる敵をいかにして阻止するかが、国土防衛の重要な鍵となる。海上での戦いは海軍の仕事だが、航空攻撃は依然として有効であり、空軍でも対艦攻撃は重要なミッションとなっている」
だが、ツルギは例外だった。
頬杖をつきながら、ぼんやりと授業を聞いている。
これが大事な授業なのは、自分でもわかっている。
だが、どうしても考えが別の方向に行ってしまい、フロスティの言葉がまるですり抜けてしまうように頭に入らないのだ。
「とはいえ、現代の軍艦は対空戦闘能力も高い。海軍も保有しているイージス艦のように、強力な対空レーダーを搭載し、弾道ミサイルすら迎撃できるのが当たり前の時代だ。そんな船に肉薄して、爆弾を落とすのは自殺行為に等しい。そこで登場するのが、対艦ミサイルだ」
一方で、隣の席にいるストームはというと、真剣に授業を聞いている。
自分がミミに告白された事がある、という事実を知っても平然と授業を受けられているという事は、彼女の言葉通り気にしていないのだろう。
だが、それが逆に気になってしまう。
どうしてそこまで、平然としていられるのかと。
「では聞こうか。ラーム」
「はい」
フロスティに当てられたラームが席を立つ。
「貴様達が乗るストライクイーグルが使用できる対艦ミサイルは何だ?」
「はい、ハープーンです」
「その通りだ、着席しろ。スルーズ空軍では、アメリカ製のハープーンと、フランス製のエグゾセという2種類の対艦ミサイルを保有している。海軍ともなると、更にイギリス製のシーイーグルも加わる。3種類もあるのはスルーズが兵器供給源を分散してリスクを減らしているからなのだが、その中でストライクイーグルが運用できるのがハープーンという事だ」
ノートを取るべき手が全く動かない。
何やってるんだ。
今は目の前の授業に集中しないと。
そう思えば思うほど、考えが授業から逸れていく。
「今回はリハーサル故、実弾は使用しないが、代わりに動力のない模擬弾を搭載し飛行してもらう。そして実際に模擬発射を行う訳だが、ここでハープーンの誘導方式について――」
原因はそう、ミミとストームの話だ。
あれ以来、ツルギはストームへの気持ちに自信が持てなくなってしまった。
パートナーの事を信頼できなければ、フライトにも支障をきたす。
なのに、自分はストームへの気持ちを信じられない。
もし、彼女がミミの代わりに過ぎないと思っているのだとしたら、それは――
「ツルギ」
「へ――っ!?」
いきなり耳元でフロスティに名を呼ばれ、ツルギはおかしな声を出してしまった。
顔を上げると、そこには呼び名の通り冷たい視線でこちらを見下ろすフロスティの姿が。
「……そんな声を出すとは、余程別の事に浸っていたらしいな」
「と、とんでもないです! じ、自分は、断じてそんな事は――!」
「ならば、そんなに慌てたりしないだろう」
くすくす、と周りから笑い声が漏れ始める。
フロスティには、完全に心ここにあらずな様子が見抜かれていたらしい。
「そういう訳だ、貴様にはペナルティーとして1つ答えてもらおう。ハープーンは発射されるとどのように目標へ飛んでいく?」
「え……」
それしか言葉が出ない。
ハープーン対艦ミサイルの飛行の仕方。
習ったはずなのだが、思い出せない。度忘れしてしまったらしい。
だが、ここで何も答えない訳にはいかない。
えっと、と言いながら何とか思い出そうとするが、全く出てこない。
どうしてこんな時に限って、と思った時。
「何だ、答えられ――」
「はい! それあたし答える!」
隣のストームが、元気よく手を上げた。
フロスティの冷たい目が、ストームに向く。
「何だ、ストーム。貴様がツルギの代わりに答えるつもりか?」
「うん! ハープーンミサイルは発射されたらある程度巡航した後、海面すれすれまで落ちて行って船に命中するの!」
「その飛翔方法は何という?」
「えっと、シースキミング!」
「命中の仕方もいくつかあるが?」
「うん、そのまま当たる方法と、ちょっと上昇して当たるポップアップ! そのまま行くと迎撃されにくくて、ポップアップすると急所に当てやすくなる!」
「……悔しいが正解だ」
何と、ストームはフロスティの問いを全部当ててみせた。
普段はとんちんかんな答えばかりするストームにしては、意外なものだった。
「いいパートナーに恵まれたな、ツルギ」
どこか悔しそうに、ツルギに言い捨て教壇へ戻るフロスティ。
そしてストームは。
「どう? あたしもちゃんと勉強してるでしょ?」
ツルギの耳元で、そっと得意げに自慢した。
「あ、ああ、助かったよ」
とりあえず、それだけ答えておく。
どうやら、共にやっているテスト勉強の成果が出てきているようだ。
まさか、こんな時にもストームに助けられてしまうとは、情けないのかそうでないのかわからない。
とはいえ、これでやっと思考が授業モードに入った。
「さて、具体的な実習内容を説明する。場所は、フリスト諸島のエリアA付近の海上。ここに敵艦がいると想定し、予め指定された発射ポイントへ向かい、そこでミサイルを模擬発射してもらう。だが、それだけではない。戦技テスト本番を想定して、B組のミラージュに護衛を行ってもらう合同実習形式になる。もちろん仮想敵機も出るから覚悟しておけ。なお、本番では空中給油機による空中給油を最初に行うが、向こうのフライトスケジュールの都合で今回は行わない」
プロジェクターで表示された地図を前にして、フロスティが説明を始める。
映し出されたのは、訓練空域があるフリスト諸島。
無人島で構成されたこの島々には、主要な民間航空路もなく、まさに軍事訓練にうってつけのエリアなのだ。ツルギ達にとっては、さながら競技場のような場所である。
「では、この実習の組み合わせだが――まずブラストチーム」
いよいよ実習の組み合わせが発表される。
少しだけ緊張する。
なるべくなら、ミミのいるアイスチームとは飛びたくないとツルギは思っていたが。
「貴様達は、アイスチームと組んでもらう」
告げられたのは、あろう事か期待に反するチーム名だった。