セクション05:初めての告白
「フィ、フィンガー!?」
「お、俺の話を聞きに来たのかい? フィンガーちゃん相手なら大歓迎――」
かちゃん、とまた乱暴に食器を置く音。
見れば、ラームがまた冷たい視線をバズに向けていた。
「い――いや、別に、変な意味じゃなくてだな……」
苦笑しつつ肩をすくめたバズであったが。
「色黒筋肉ダルマに用はないわ。用があるのはあんたよ!」
フィンガーの人差し指が、真っ直ぐツルギに向けられた。その爪には、オレンジを基調としたネイルアートが施されている。
ツルギが怯んだ隙を突くかのように、フィンガーはずいっとテーブルに体を乗り出し、問いただしてきた。
「あの姫様を惚れさせたってどういう事なの!? まさか、口説いたの!? よそから来たくせにいい度胸ね!」
「く、口説いたなんて、とんでもない!」
「じゃあ、あの扇子は何なのよ!? あれ姫様へのプレゼントだったんでしょ! 口説く目的以外でプレゼントあげる奴なんているの!?」
「いや、それは――」
フィンガーの一方的な尋問に、ツルギは成す術がない。
「えっ、あの扇子ツルギがあげた物だったの!?」
あろう事か、ストームも食いついてくる始末。
左右から挟まれ、完全に追い詰められた。
この場を誤魔化して乗り切る自信など、ツルギにはなかった。
言い出しっぺのバズも、からかうように視線を向けているだけでこちらに丸投げ状態。援護は期待できそうにない。
「さあ、白状なさい! あんたが姫様をどうやって落としたのかを!」
「わ、わかった。正直に言う……」
遂にツルギは、白状を決意した。
あまり言いたくない事ではあるが、ストームに誤解されたくもないので、やむを得ない。
「け、結論から言うと、ミミに告白されたって言うのは、本当なんだ」
少しうつむきつつ、ツルギは口を開いた。
「中等部にいた時、僕は、ミミとコンビを組んで飛んでいたんだ。その、中等部の飛行実習は他の生徒と1対1のコンビを組んで編隊を作るって奴で」
「へー」
なるほど、とばかりにつぶやくストーム。
「でも、まさかあの時、告白されるなんて思いもしなかったんだ――本当に」
* * *
「あなたの事が好きです。ですから、どうか私とお付き合いしてください、ツルギ」
それは、夕焼けがきれいな日の出来事だった。
思わぬ人物からの告白に、当時3年生だったツルギの頭は真っ白になった。
流れるように風でなびく金髪。
離陸していくホーク練習機の轟音だけが、時間が流れている事を知らせてくれる。
「ミ、ミミ……!?」
ようやく出た言葉は、ただそれだけ。
「そ、その――私達は、いつ死んでもおかしくない身です。ですから、今の内に伝えておこうかと……」
「そ、そうです、か……」
困惑しているのか、うまく話せない。
まるで、初めて会った時に戻ってしまったかのようだ。
無理もない。
男子なら誰もが憧れる、麗しきスルーズ王国の姫。そんな人物から告白されたのだ。
信じられない、と思うのと同時に、嬉しくもあった。
いや、彼女から告白されて喜ばない男子などいるのだろうか。
「こ、こんな僕で、よろしいんです、か……?」
「よ――よろしくなければ、こうして伝えなどしませんっ!」
扇子を広げて火照った顔を隠すミミ。
3年に進級が決まった時、ミミが贈ってくれた贈り物のお返しとして贈ったものだ。
ツルギは、ミミに特別な事をしてはいない。
まあ、初めて会った頃はVIPという事で気遣ってしまう部分もあったが。
同じ編隊で共に飛ぶからには、助け合うのは当たり前。蹴落とすなんて考えられない。
そんな自分を、好きだと思ってくれたなら、これほど嬉しい事はない。
「ぼ、僕でよろしいのなら、喜んで――」
ツルギは目を逸らしつつも、ありのままの気持ちを伝えた。
「ほ、本当ですか?」
「は、はい、よろしく、お願いします」
なぜか、ぺこりと頭を下げていた。
顔を上げると、ミミは扇子を下ろし、嬉しそうに緩めた顔を見せていた。
そして。
「では、こちらこそ」
「――!?」
そっと、ツルギの頬に唇を重ねた。
生まれて初めての、異性との口付け。
一瞬だけであったが、ツルギの体を硬直させるのには充分な威力があった。
「ミミ……」
2人の視線が至近距離で合う。
扇子を閉じたミミは、ゆっくりとツルギの肩に手を回す。
そして、そっと唇でツルギを誘った。
今度はあなたから、と。
気が付けば、ツルギは無意識にそれに応えていた。
ミミの細い体をゆっくりと抱き、目を閉じてその唇に不器用ながらも口付けた。
そんなツルギを受け入れるように、ミミもゆったりとツルギの唇を吸い始める。
互いを抱く力が、自然に強まる。
2人は吹くそよ風に包まれつつ、時間を忘れて初めての恋の感触を味わい合った。
やがて、2人の唇が離れる。
なぜか、それが名残惜しく感じたが、同時に自分がしてしまった事にも気付き、恥ずかしさで思わず目を逸らした。
その時。
ぎゅっ、とその手が握られた。
「……では、行きましょうか」
どこか自信がなさそうな、ミミの声。
見ると、ミミもまた、ツルギから目を逸らしていた。
「え?」
「今日は、もっとツルギと、いたい、です……」
不器用ながらに、自らの思いを紡ぐ。
普段は凛としているそんなミミの仕草が、とても愛おしく感じた。
「……僕も、そうしたい」
だから、ツルギも手を握り返して答えた。
再び、2人の目が合う。
そこでようやく、2人の間に笑みが生まれた。
2人は、手を繋いだまま歩き出す。
ゆっくりと、当時のミミの部屋へと――
* * *
「嘘、でしょ……!?」
先程までの強気ぶりはどこへ行ったのか、信じられないとばかりにフィンガーはつぶやいた。
ラームも食事を忘れて、真剣に聞いている。
「……じゃあ、姫様は『元カノ』だったって事?」
「そういう事になる、のかな……?」
ジュースを一口飲んだストームの問いに、ツルギはそう答えていた。
「いや、違うか。結局付き合えなかったから」
だが、すぐに間違いを正した。
「どういう事?」
「ここで終わったらめでたしめでたしになるんだけどな、この話には続きがあるんだよ」
ラームの疑問に、バズが答えた。
ここで彼が口を開いた事自体が、ある意味に答えになっているのかもしれない。