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「お久しぶりですっ、ジルさん」


 大柄で気のよさそうな青年剣煌大地が話しかけながら、近寄って来る。

 ジルには幻の尻尾がブンブンちぎれそうな勢いで振られているのが見えるようだ。


「こんにちは、大地さん」


 口元を和らげ目を細めたジルの表情一つで大地は容易く舞い上がる。


「お元気そうでっ、お会いできてうれしいです!」

「大地さんもお元気そうで良かったです。この辺で活動されているのですか?」


 相変わらずといったところかしら……。

 穏やかな微笑と柔らかな声音で軽く誘導すれば事細かに現在の生活ぶりを語る高揚した様子の大地をジルは密やかに観察し、背後に控える険しい表情のナハトとブラウはなだめるような視線一つで黙らせた。


「ああ、俺はこの街を拠点に冒険者やってまして……ジルさんはどうしていたのですか? ジルさんの情報は一切入って来なくて心配していたんですよ」

「ああ、大神殿の巫女の役割を頂いて、20年間缶詰でしたので、世情に疎くて……他のプレイヤーのこととか聞かせて貰えるとありがたいです」

「そうでしたか大神殿に……それはまた災難でしたね」


 大地も大神殿のクエストは知っていて、ジルがどういう状態に置かれていたのかは察することができた。


「いいえ、意外と楽しく過ごしていましたので、災難というほどのことはありませんよ」

「20年は長すぎますよ……あ、他のプレイヤーのことでしたね。冒険者ギルドを通せば所在の分かっている方々とはメールでやり取り出来ますよ。ご一緒しましょうか?」

「メールですか……」

「ええ、戦争の時にも数名行方不明者もでていますし、プレイヤーって自分で言うのもなんですが希少な存在で、所在の分かっている方々については所属関係なしでメールでやり取りが可能になっているのです」

「行方不明ですか」


 行方不明者と聞き、顔色の変わるジル。


「俺は今ギルドで仕事をしているので情報は誰よりも持っているつもりです。ひとまず、ギルドに行きませんか。俺の知っている情報はすべて教えますよ」

「ありがとう、お言葉に甘えるわ」


 知り合ってから初めて大地が頼もしく見えたジルだった。




 大地の案内で訪れた世界最大の冒険者ギルドは、高い天井の総大理石造りで、正門から入ってすぐの場所に噴水があり、さまざまな彫刻が飾られ、花咲き乱れる不思議空間だった。


「うわぁ……どうしちゃったんでしょうね。これ……」

「すごいでしょう、ここ以上に洗練された冒険者ギルドはありませんよ」


 ドン引きのジルに、なぜか誇らしげに大地が胸を張り自慢げだ。

 ざわざわと人の気配のする方向とは逆の方向へ案内されると、歴戦の戦士といった感じのがっしりした中年男性が近づいてきた。


「大地さん、お待ちしておりました」


 軽く目礼する男性に大地が鷹揚に頷く。


「さっき、連絡入れたとおり、こちらがプレイヤーのジルさんだよ」

「ジル様、はじめまして。ギルド長のカシームと申します。ここでは何ですので奥へご案内します」


 深々とお辞儀したカシームは見た目の無骨さを裏切る丁寧な口調と洗練された動きでジル達を建物の奥へ案内する。




 通された部屋はどこの貴族の館か、と見まがうほどの豪華な装飾であふれていて、ジルは座り心地の良いソファで、カシームが手慣れた様子で用意したお茶を見事な手際で並べていくのを眺めた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 部屋の主よりも偉そうに振る舞う大地がいち早く飲みほし、ジルもゆっくりとお茶を味わう。

 おいしいお茶に思わず笑みがこぼれる。


「おいしい・・・カシームさんお茶淹れるのお上手なんですね」

「大地さんに鍛えられましたからね」


 カシームが嬉しそうに微笑む。


「俺が鍛えたというより、カシームはもともとおかんスキル高いですよ」

「おかん……」


 ジルの微妙な顔をみて笑うカシーム。


「大地さんは、世界に二人しかいないSSSランク冒険者で、王と同等の権限を持つ方です」

「王と同じですか」


 疑わしげに大地をちらりとみるジル。


「ジルさん、今ひどいこと考えていませんでした?」

「え、気のせいだよ」


 ジルの焦った顔にガックリする大地。


「これでも俺、レベル105で頼れる男なんですよ」


 情けない顔の大地の現在のレベルを聞いて何とも言えない顔つきになるジル。

 ゲーム時、レベルキャップは100で、到達していたのはたろう一人だった。

 プレイヤーはレベル100になると転生し、ワンランク上の存在になる。

 唯一の転生プレイヤーであったたろうの強さは別格だった。

 転移の時は大規模アップデートを控えており、レベルキャップが200に引き上げられると共にレベル100以上のマップお披露目、さらにレベル100から101へ移行するための神化が実装予定で、この世界でも適用されると聞いている。

 自分以外のプレイヤー達は確実に神化を終え化け物級の力を得ているであろう現状は想像していたが、目の前の大地がそれだと思えば自分の最弱っぷりを再認識させられるようでジルはこっそりため息を漏らした。




「ではまずはこちらに転移した二十年前の話からですね……」


 この世界は大きな一つの大陸と大小さまざまな三百以上の島々で構成されている。

 当時大陸には八つの国と二十を超える部族が存在していた。

 種族は大きく分けて人間・ドワーフ・エルフ・餓狼族・竜族・魔族とその他多種多様な亜人がいて、国々や種族間で時たま小さな揉め事はあっても比較的穏やかに大きな戦争などはなく過ごしていた。

 それは大陸すべてが主神ディアナを崇めるカルディラ教で統一されていた為だろう。

 しかし穏やかで平和な世界は、ある時を境に大きく変貌し始める。

 凶悪なモンスターが大量発生し各地に大きな被害を与え始め、それへの対応に追われていたその時、唯一被害のなかったマルスク帝国が突如大軍を率いて隣国エシュタへ侵攻を開始したのだ。

 それは戦いとも言えない一方的な虐殺だった。

 王族はもちろん民も皆殺しにあい、エシュタは血まみれの無人の地となった。、マルスク帝国は全世界にエシュタの惨状を示すと共に他国に無条件降伏を要求した。

 十三人のプレイヤーがこの世界へ召喚されたのはそんな時だった。

 プレイヤー達は世界各地の凶悪なモンスターを一掃し、死んだと思われていたエシュタの姫を旗頭に各国の混合軍と共にマルスク帝国と五年の月日を戦い抜いた。


 そして現在所在が分かっているプレイヤーは


 再建されたエシュタ国でSSSランク冒険者として活動するたろう。


 獣人達を纏め上げ深淵の森で王となったのりたま。


 世界をめぐる旅芸人一座の座長の亜良師匠。


 魔法学園学園長のマリアーヌ。


「そして俺とジルさんの6名です」


 知り合い達のその後の人生は興味深かったがジルは行方不明者のその後が気になった。


「みんな無事なのかしら」

「大丈夫ですよ。そう簡単に死ぬレベルではありません」


 思案顔のジルに大地がしっかり頷いてみせた。


「戦争はゲームと違って血なまぐさいものでしたから、姿を消したくなる気持ちは俺もわかりますよ」

「そう、そうね。私だけ大神殿でのんびりしていたなんて、申し訳ない」

「そんなことはありません。大神殿で二十年も一人で過ごすなんてそれこそ地獄じゃないですか。誰が楽で誰がつらいなんてことありませんよ」


 優しく慰められたジルは目の前のこの男を面倒な奴と冷たくあしらった過去を多少申し訳なく感じながら、親切に与えられる情報ひとつひとつへ丁寧に相槌を打つ。

 ますます気合をいれてあれこれと様々なことを聞かせてくれる男を可愛く感じていた。






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