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大神殿の森を抜けてすぐの街道を走る1台の馬車。
どこの王侯貴族の馬車かと思わせる豪華な馬車をひくのは見事な黒馬2頭。
猛スピードで移動しているわりには馬車の中への振動は皆無だ。
馬車の中では、優雅に紅茶を楽しむジルとナハト、それにだらりと寝ころぶブラウの姿があった。
この馬車、以前ゲームイベントで1位になった時に手に入れた景品だが、手荷物から馬がセットされた状態で出てきた。
内装も豪華で広さも見た目と違って20畳ほどはある。
中はミニキッチン・トイレ・バスルーム・リビング・ベッドルームに分かれており、ソファ・テーブル・ベッド、その他、茶器や細々とした生活必需品まですべてそろっている。
電化製品はないが、ランプやコンロ、冷蔵庫など設置された魔石に魔力を通すことで使用可能だ。
フカフカの絨毯は踏むのがもったいないような高価そうな品で、ブラウがすっかり気にいりその上で寝ころんではナハトに叱られている。
当初心配していたほど、二人は衝突することなく、特にブラウは世話焼きなナハトのツボを心得ているかのようにうまく立ち回っていた。
「お兄ちゃん、俺も紅茶飲みたいなぁ」
ニコニコしながらねだるブラウに、無言で紅茶を入れてやるナハト。
ジルはその様子を嬉しそうに眺めていた。
子供の体の為か、ジルはとにかくよく寝る。夕食後、風呂からあがるとジルはすぐに眠てしまう。そして、朝までピクリとも起きない。
「二人ともおやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
挨拶をかわしてジルはベッドルームへはいり、しばし二人は無言で対峙していた。
「どういうつもりだ?」
ずっとブラウの態度の変化を気持ち悪く感じながらも我慢していたナハトは不機嫌を隠さず静かに問いかける。
「お兄ちゃん、どうしたの?お顔がこわいよぉ」
おどけるブラウにナハトは顔をしかめた。
「ふざけるな、何を考えている?」
ブラウはフンと鼻をならした。
「お兄ちゃんは疑い深くていやだねぇ」
「お前の兄になったつもりもない」
傲岸に言い放つナハトに、一瞬苛立った視線を送ったブラウはしかし、言いたい言葉を飲み込んだ。
「俺はね、センパイに対して敬意を示しているわけ。さすが長年主様と一緒にいただけはある、と認めているのよ」
一層、警戒を深めた表情のナハトに、ブラウはへらりと笑いかけた。
「だから仲良くしようよ。お兄ちゃん」
それを苛立たし気に一瞥したナハトは馬車から出て行った。
睡眠を必要としないナハトはジルが眠っている間に鍛錬を行う。
それを見送ったブラウはため息と共にソファに寝転がった。
大神殿から一番近い街クノッヘンが見えてきたのはそれから五日後の朝で、なんだかんだいって世話好きなナハトにはジルを守る同じ仲間であるブラウを邪険に扱い続けることは出来なかった。
わかりづらくはあるがナハトに恭順の姿勢を示し続けるブラウの粘り勝ちとも言えるが。
ペット(霊獣)は主の特殊な力を共有し、それを行使でき、眠りを必要とせず二十四時間主を守る。
そのペットの中でもナハトは唯一の人間型で、転移後の生活のほとんどをジルと共にし、その好みをすべて把握し、何も言わなくても常に最適な状態に環境を整えることの出来る存在だ。
ジルのナハトへの依存度は高く、最初はそれに反発する気持ちも沸いたが、今ではそれもしょうがないと認めざるを得ない。
一緒に過ごせば過ごすほど、その圧倒的な強さやジルへの接し方の完璧さを見せつけられ敗北感に苛まれる。
自分はまだ生まれたてでジルとも出会ったばかり、焦らずともこれから先いくらでも逆転のチャンスはあると鼻息を荒くしてみたり、ナハトの強さを目算してため息をついたり、ブラウの内心は騒がしかった。